ドン、ドンと空砲の音が鳴り響く。今日は体育祭の日に誂え向きの晴天だった。
特設スタジアムには既に開場を待っている一般観客が長蛇の列を為していて、入り口前の通りに屋台が立ち並び始めていた。他学科よりもサポートアイテムの調整のために一足早く会場内への入場が許されているので、自身で作ったアイテムの詰まった紙袋を提げてそんな賑やかな通りを横目見ながら中に入っていく。歩いていると制服と異なりジャージは全学科が共通の仕様になっているためか、彼らの期待のこもる視線の多くが集まってきた。ただ、どう見てもヒーロー科ではないことくらい分かってしまう。何とは敢えて言わないが、雰囲気も然りとだけ言っておく。お目当てのヒーロー科でないと分かると途端に視線が逸らされることが何となく腹が立つ――いや、立ちはしないが面白くはない。気持ちはとても分かるけれど。

広いメインスタジアムに散らばりながら、各自一つ二つといったアイテムを身につけて調整を始めた。名前も紙袋からたった一つのアイテムを取り出す。何度も何度も改良を重ねて、ようやく形になったのだ。体育祭にこの姿が映る日を心待ちにしていた。
バックパックのように背負うタイプのアイテム。身体の動きを阻害しないようできるだけ薄く、軽くを心がけた。ゆくゆくはこれを身につけるベストのような形にしたいのだが、まだそれが難しく今年中にはなんとか形になるまでには漕ぎ着けたい。
電源スイッチを入れる。ファンの回る音、背面が冷えていく感覚に、はあと人心地についたように息を吐いた。
名字名前には夢がある。これは、その夢のためには不必要なものを積んでいるけれど、名前の個性では障害物の一つでさえ容易に飛び越えることの助けにもならないので、この機能は名前にとって必要なものだ。まずは誰彼の目にこれが留まらなければ夢など遠い。
バックのように肩に通るベルトにあるボタンを押しながら最後の動作確認を終える。問題はない。あとは、試験内容との相性だ。
アイテムを足元に下ろし、頑張ろうねと心の中で呟きながら筐体を撫でる。ネイビーとオレンジのラインに、自分で入れたにも関わらず背筋が伸びるような気持ちになった。





「群がれマスメディア! 今年もお前らが大好きな青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディアァユゥレディ!?」


プレゼントマイクの放送がスタジアム一帯に響き渡る。彼の個性からしてこれは肉声なのだろうか。出場するクラスが控えている通路ではまだその姿を目視することができないので図りかねるが、隣に解説係がつくとしたら大惨事だろう。なんて、緊張している胸を落ち着かせるようにくだらないことを思考する。これが終わったらノートの図面を完成させよう。そういえばあそこの配線は無駄に抵抗値を上げるだけだから変更して――。頭の中を電気回路で埋め尽くす。心臓が落ち着いていくのを感じて、女子らしくない思考に少しだけ気落ちする。


「名前、置いていきますよ!」
「え、ええ、明ちゃん待って!」


気がついたら前進していたクラスメイトに出遅れるようにメインスタジアムに躍り出る。
見上げれば、ほぼ埋め尽くされている観客席が広がっていた。あちらこちらから沸き起こる歓声に、ここがテレビの中ではないことを漸く自覚した。


「…っ頑張ろうね、明ちゃん!」
「そうですね…できるだけでっかい企業に見てもらいましょう!」


こういうところが彼女の凄いところだと思う。発目は自分が作ったものに揺るがない自信がある。簡単で、それでいて実はとても勇気のいるものだ。
選手宣誓で「俺が一位になる」なんて言ってのけた爆豪勝己も、同じだけやはり自信があって凄い人だ。周りのブーイングを物ともしない強靭な精神力もある意味羨ましい。
――彼も、きっとエンデヴァーの個性と氷の個性を持って生まれてきたからには、そういう気概に溢れている人なのだろう。


「さて運命の第一種目!! 今年は――コレ!」


登壇したミッドナイトが指さした先には、障害物競走と表示されたモニターがある。ひくりと、喉が引き攣った。
ここを乗り越えたらとも思う。想像上の誰かを羨ましがることほど無意味なものはないと思いながら、自分はとてもじゃないけれど、と諦める思考が消えない。どんな個性があったら、エンデヴァーのように堂々としていられるだろう。彼にも弱点だってあることくらい、よく分かっている。それでも、頭の中のエンデヴァーはいつだって強い。あんなふうになりたい。強く揺るがない人に――。


「さあさあ位置につきまくりなさい!!」


スタジアムから外周に抜ける出口を塞いでいたゲートが開かれる。頭上で明滅する赤に、周りの誰もが息を呑んだ。


「スタート!!」
「うっ、せま…!!」


狭すぎるスタートゲートで、誰彼を押し合い圧し合いしながら進む強さが欲しい。知らぬ男子の背中と腹に挟まれながら細いゲートから飛び出すなり、肩ベルトのボタンを押した。この密集地帯を早く抜けない限りは前に進めない。
背負っていたアイテムから真下に向かって圧縮された冷気ガスが噴射される。吸い込むと一瞬は苦しいだろうが全くもって人畜無害なガスだ。バッと前方にいた男子生徒の頭上から更に三十センチほど高く飛び上がると、太陽をキラキラと反射させる氷が足元を閃いていった。再びボタンを押して前方への推進力を得ながら最前列をみやると、赤と白の髪が揺れていた。


「轟焦凍君! 一番だ!」


大勢の生徒を一気に足止めをする広範囲な氷は、炎熱より優しいながらも容赦のない一撃だったろう。
身動きの取れない生徒の頭上を数人飛び越えてから、氷上に着地する。滑りかけたのはいうまでもないが、それを差し引いてもなんともタイミングが良かった。ガス噴射が遅ければ後ろの彼等と巻き添えだ。


(二回の噴射で滞空時間一分未満、距離は三メートル強ってとこか…意外と跳んだなあ)


頭の中で試算よりも上回る結果に満足しながら、いやいやと頭を振って気を張り直す。まだ始まったばかりだ。
ルートに沿って走っていると、突然大きな影が落ちてきた。


「第一関門、ロボ・インフェルノ!!」


入試の時の、と目の前を走っていた金髪の男子生徒――確かA組の上鳴だったと思う――が叫んでいたので、ヒーロー科の入試はあんな大きさのロボットと戦ったのだそうだ。なんとも製作者泣かせの入試である。あれ一体にどれだけの労力が――いや、天下の雄英高校にはこの大きさでさえお手の物ということか。恐るべし。
どうやってこの所狭しと並ぶロボットを躱そうかと立ち止まって算段していると、ひんやりとした空気が漂った。どうやら轟がいの一番にロボを凍らせて通過したようだった。
ガシャンと不安定な態勢で凍らせたロボットが忽ち崩れ落ちた。氷の破片が、まるでスターダストのように降っている。
――右手、ばかりだ。氷の方が融通が効きそうな障害物だとも思う。けれどなんとなく左手は使わないのだろうかと、そう思ってしまったのはエンデヴァーのファンだったからなのかもしれない。いや――あの話を、確信してしまったからなのかもしれない。だとしたら、自信なんていう生優しい自立がそこにあるのだろうか。
彼の背中に最早追いつけないほどの遅れをとりながら、ロボットの隙間を縫っては走りを繰り返し、第二関門の綱渡りを終えそうなところで、第一着の放送が入った。

揺るがない自信を想像した