昼休みを挟んだ午後の部は、全生徒が参加するレクリエーションだった。何故かA組の女子はチアガールの服装をしていたけれど、楽しそうにボンボンを振っていたのでヒーロー科はサービス精神が常人とは桁外れなのかもしれない。
借り物競走で名前が引いた紙には"赤いもの"とあり、思わずスタジアムを見渡してしまった。――この後の個人戦に残っていたメンバーの何人かはレクリエーションに参加していない。彼もそうなのだろう。どこにも、赤と白の髪は見当たらなかった。いや、見つけたところで声などかけられようもないのだが。
紙を握りしめて、他に赤いものを探して走り始めた。
フレイムヒーローエンデヴァーは、オールマイトに次いで不動の二位であった。ここ十数年間、この二人だけはずっと変わっていない。オールマイトを越えたいという二位に座した当初の頃の抱負を掲げ続ける"ヒーローの人"であったので、彼が結婚をするという話が浮上した日にはそれはもうメディアが大騒ぎしたそうだ。名前が生まれる数年前の話になるのでリアルタイムでは勿論知らないが、彼に纏わる記事を漁れば皆一様に記事の内容は同じであった。ということはつまりは、エンデヴァーが詳細をメディアに向けて発信していないということだ。公にはならなかった配偶者の存在を詳らかにしたいというメディア側の思惑に対し、当時のエンデヴァー事務所が出した声明はプライベートなことなので、という一言で終始している。彼自身がメディア露出をしない性質だったので、結婚報道の熱はすぐに冷めたようだった。それから数年経って暫くすると、結婚に関してある一つの記事が出された。
現在はその記事が載っていた雑誌含めて廃されていて――直接的な因果関係は知らない――引用された文言だけがネットの海で漂っていたのを名前が見つけたのが高校に入る前のことだ。
――正直、全くの嘘だと心の底から否定をすることができなかった。けれど九割形は誇張されて曲解された事実があるのだろうと思う程度で、まさか流石にそんな非道いことをと思った。思いながらも、名前が好きなのはエンデヴァーというその人であって、"轟炎司"という人間ではなかったのも大きかったのだろう。この線引きはとても曖昧でそれでいて明確な違いが存在している。
それが、名前の頭の中で沸き起こっていたエンデヴァーのファンであるということに対する思考だった。
目の前で繰り広げられている突き刺さるような冷たい風の応酬に、そんなことを思い出して考えてしまうほどには、あの廃盤になったバックナンバーを気にしている。
緑谷対轟の戦闘は、あまりに熾烈を極めていた。緑谷の個性は高校生だというのに発現したてのような不安定さを抱えていて、事前に授業で見ていた個性の具合から察するに、おそらくは早々にミッドナイトから強制退場になるであろうという予測を皆で立てていた。轟の個性に対抗するには緑谷の身体がもたないだろうという満場一致の意見だった。そうだというのに、大概が予想をした緑谷の惨状ではあったのだが、様相が異なっていた。彼の右手の指は全滅している。超パワーという個性からして、指の破裂かと想像しているが、兎にも角にも皮膚が爛れてどう足掻いても骨でも見えそうだという様がモニターに垂れ流しにされている。それでも、緑谷は轟に背を向けなかった。彼らの会話の一端も分からないが、轟に説得のような、必死に声をかけている風には見えた。
「緑谷君の個性やばすぎじゃない…ミッドナイト止めないのなんで?」
「本人が動いてるからじゃねえの、にしたってグロいことになってるけど」
騒然としている観客席とは裏腹に、名前の心臓は冷えていた。
右手の氷ばかりを多用するせいか、身体の温度が極端に下がって霜が降り始めてきたのだろう。轟の動きが鈍くなっている。
――左手を、何故使わないのだろうと考えていた。
彼の個性は、右と左で完結する。補い合える。だというのに、何故だろうと。
それは、名前の中にあったたかが噂で捻じ曲げられた事実としていた一つの問題を肯定するには有り余るものだった。
"あのエンデヴァーの結婚は、個性婚だった。"
エンデヴァーが相反する個性を持つ相手を選び、滾っていく熱を逃すことができないという最大のデメリットを解決するための子ども。
――轟は、模擬訓練の授業中は常に左を氷で覆っていた。申請したコスチュームの内容は体温を上げるためのもの。体育祭で一度も使われない熱。仮令、こんなにも肉体に支障をきたしていたとしても。
「――君の、力じゃないか」
ぱき、と音がした。
「ちょ、名字…!? 椅子凍ってる!!」
「っ」
赤茶の髪が視界の端で揺れる。彼は慌てたように立ち上がって、名前の肩を叩こうとして敵わなかった。
身体が冷えていく。ぱきぱきと周辺の空気が凍りついていくのが分かる。
「ごめ、ん、びっくりし、て――!?」
「うわ、今度はあっつ!?」
観客席まで迫り来る炎が立ち上った。名前の周囲にあった冷えた空気など一気に熱に奪われ、椅子を凍らせていたそれらがシュウ、と液体から昇華される音を漏らす。
頬をジリジリと焼く炎に、名前の身体は許容温度をゆうに飛び越えた。ぐるぐると回る脳に、思考もぐちゃぐちゃにかき混ぜられてそのまま後ろに倒れ込む。
――身体が溶けそうだ。彼の熱はあんまりに熱すぎる。エンデヴァーと同じ、名前には途方もないほどの熱だった。
猛々しいほどの豪炎