果たしてそれは



じめじめとした空気に汗が頬を伝う。
背中に掻いた汗のせいで張り付くシャツの感覚が心地悪く、カバンから替えのシャツを取り出して着直した。
道具を丁寧にカバンの中に仕舞いこんだ豪が、肩に背負い込みながらそういえばと声を上げた。


「六限サボったんじゃってな」


公園の短い階段を下り、後ろを歩く永倉を見上げる。
東谷かといえば頷いた彼にそうだけどと短い返事をして、自転車の前かごに荷物を詰め込む。
あのあと名字は真面目に教室に帰ったらしいが、そういう気分にもなれずに結局終業まで階段で暇を潰していたのだ。おかげでというのかは知らないが、豪もそれ以上何も言わないことから東谷は変な勘ぐりをしなかったようだ。
東谷が騒げば誇大広告並に話を広げていくのでただの迷惑にしかならない。
ペダルに足をかけて踏み込めば生温かい空気が掻いた汗を冷やす。


「サボりとか、すんのな」
「関係ないだろ、別に」
「まあ、そうじゃけど」


信号機が赤を灯す。ハンドルに寄りかかって待っていれば、セーラー服をなびかせる三人の女子を見た。


「明日はあいつら、来れるって」


一応野球はできそうじゃな、と笑う豪を置いて青に変わった横断歩道を走る。
――どうして今、彼奴の顔が浮かぶんだ。
はあとわけもなく吐いた息を豪に見られて、唇を横一文字に結ぶ。
――つい、だ。
ハンカチの持ち主がやはり名字で、上がらない視線が鬱陶しくて、教室の声がやけにうるさく思えて。それを人はきっと衝動、というのかもしれない。
気づけば腕を掴んでいた。
豪たちとは違う、厚い筋肉の柔らかさのない、まるで青波の腕のようだった。
背を向けて座られた時は安堵のような苦味のような、いいようのない感覚が胃からせり上がってきたけれど、目をそらしたくはなく、ただ結われた髪ばかりを見つめていた。


「…今日はやけに皺が寄っとるな」
「は?」
「ここじゃ、ここ」


前後で走っている最中に背後でここといわれ、思わず振り返る。
その指は眉間を差していた。


「なんじゃ、腹でも下したか?」
「なんでそうなるんだよ」


じゃあほかに何かあるんか。お前でも悩んだりなんてするんじゃなと、冗談に近い軽口で言った豪にまた寄った皺を、ほれと苦笑いで指さされた。
緩めていた漕ぐ足に力を入れる。


「一人っ子なんだってさ、お前と一緒」
「は? 誰が」


その言葉に何も返さず、こめかみを流れた汗を肩口で拭った。
どうだっていいんだ。
通り過ぎる風よりも小さな声が吐き捨てる。
ぼやぼやとした声が重なる。
捨てようと振り上げた腕を、いつも下ろすのは自分の意志などではない何処か違うだれかのものだ。
緩やかな坂を下っていく。
加速していく周りの景色に、追いついていけない気がした。
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