未来はいつも
赤色が空を染め上げる。沈みかかった夕日が、瓦を、白い壁を、人も葉も土も全てを橙色に変えてしまった。あとは静かな闇が近づき覆うのみの街道では、家路を急ぐ人々の姿が目立つ。
そんな中、少し異質な雰囲気を纏う二人がいた。少年ともとれるようなあどけなさが残る彼は、きょろきょろとあたりを見渡しながら声をあげた。
「ここがかの有名な……!」
紺鼠色の着流しを身に着ける彼は、その腰に一本の刀を差していた。
「餓鬼じゃねぇんだから騒ぐなよ」
「いや京都ははしゃぐ」
通りすがりの人々は、彼らを一瞥してはいそいそと先を急ぐ。それは、彼ら二人が帯刀をしていること、内一人の髪が異様であることのせいだろう。それらをとくに気にした風でもなく、彼らは会話を続けた。
「定刻まで余裕がある。日が暮れるまでは隠れたほうがいいな」
「うん、その髪も目立つし」
彼は明るい髪色の青年を横目見ながら笑うと、青年はばつが悪そうに目を逸らした。それから彼が上を指差し「待機ね」と呟き、頷き返して目を閉じる。
――ふわりと傍に植わってある柳が揺れた。もうそこに、二人の姿はなかった。
太陽が家並みに沈む。
彼の白い頬を朱色に染めていた夕日は、先刻逃げるようにいなくなってしまった。代わりに足元を照らすべく昇った月は、ただ静かに町並みを夜の色へと変えていく。活気に満ちていた町に人はとうに失せ、恐ろしいほど静まり返っていた。
「…ねえ陽月」
「ん?」
屋根の上で冷たい風に着物を揺らしながら、彼は空を仰いでいる。
「春とさ、何を約束したの?」
「……」
陽月は小さくたじろぐと、僅かに息をつめて、そして吐いた。世界はあまりにも静かで、時の流れさえも呑み込んでしまう。
――さくりと、葉を踏む音が聞こえたような気がした。
「春が戻るまで、俺が生き続けること」
ざああと柳の揺れる音がして、吐き出した息は白かった。
「……あいつも、必死だったんだ。俺より先に逝くのが、怖くて」
彼はどこか遠い場所を見ていた。もう、手も届かないような、遠い場所を。
「…陽月は、どうしたいの? 春は永遠を願って、」
「名前、永遠なんてもの存在しない。絶対に、不変は望めない。どんなものでも、終わりがくる」
それが世の理ってやつだ。彼は瞼を下ろし、膝の上で拳をつくる。
俺は言葉を紡ごうとして口を開き、
「――あ!? おい、待ちやがれ小僧!」
聞こえたその声に耳を澄ませた。
「――どうして、この世界を選んだの」
「…さあ、飛んだ時に、お前の記憶が混じったのかも」
「…昔に借りたゲームだったんだけど、しかもちゃんと覚えてない」
「偶然の中の必然ってやつだ」
陽月はあしらうようにそう言い放つと、すでに鍔に指をかけている俺を見た。
「…名前、殺すのは重いぞ」
「…どのみち、殺されてしまうよ」
「…ただの忠告だよ、これは」
視界の端で、小路に迷い込む一人の少年の姿を捉えた。陽月は俺の背をぽんと押すと「用があったら名前を呼んで。小声でもすっ飛んでく」と一言残し、一つ分の屋根を跨いで去っていく。俺はほふく前進を心がけながら進み、屋根からひょっこりと顔を出した。
そのとき、家屋同士の小さな隙間に隠れる背を見つけた。
それからしばらくした後、
「ぎゃああああああっ!?」
静寂を破る、耳をつんざくような絶叫が木霊する。
「な、何……!?」
少し高い声が悲鳴に混じって聞こえた。俺は真上からそれらを眺めながら、いかにして降りるかを考えていた。馬鹿正直にそのまま着地を試みれば、間違いなく抜刀までにタイムロスが生じる。相手は羅刹だ、どれだけの素早さで攻撃を仕掛けられるか予想もつかない。
そこまで考えたとき、赤い何かが舞った。
月光に照らされる白刃の閃き。 翻る、浅葱色のダンダラ模様が入った羽織。
血に塗れる、狂気。
「ひ、ひひひ……」
「た、助け――」
命乞いをして後ずさる浪士を、彼らは何の躊躇いもなく刀を振り上げた。
「うぎゃあああああああっ!?」
「ひゃはははははははは!!」
辺りに赤い粘着質な液体が飛び散った。 響く断末魔と狂ったような甲高い哄笑。
ただ、殺しを求めて刀を振るう。 血を求めて四肢を切刻む。
耳をつんざく絶叫が次第に弱弱しく消えていくことで、彼の死を表していた。
少年はあまりの惨劇にか、その場にへたり込んでしまっていた。 はたから見ても少年が震え、おびえているのがよくわかる。
彼らはもう動かなくなった浪士を何度も何度も、斬って刺して突いて裂いた。其の身の肉が弾けて鮮血が溢れ出す。 唯彼らは口元には笑みを湛え、血に塗れた刀を振るい続けた。
これを人は狂人というのか。 いや、最早人と呼べるような精神をしていない。
噎せ返るような血の臭いが充満している。俺は不快感を顔面に露にし、僅かな声を聞取った。
「……逃げなきゃ」
震える足に叱咤して立ち上がろうとする少年は、運が無かったとした言いようが無かった。
ガタガタガタッ。
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