未来はいつも
一言で言えば、でかい二人組み。赤い、派手な髪色に同じく赤い槍を持った男と、茶色の髪にバンダナを巻いた、この時代には珍しい短髪をした男。
俺は思わず零れそうになった苦笑に近いそれを、口元を手で押さえることによって隠した。
まるで二人を取り囲むように浅葱色の四人が揃い、後半組は顔を見合わせながら問いかけた。
「…んで、何だこの状況は?」
青年と呼ぶには幼さが残る少年が二人。その外見こそが、彼らが現状に対して抱く違和感だった。
赤い髪の男が槍を地面に突き刺し、全員を見渡す。すると茶髪の彼が徐に口を開いた。
「武器を捨てなよ、じゃないと死ぬよ?」
「…武器を捨てても、殺すくせに」
ゆらりと、構えた剣先がぶれた。それは"死"という言葉に怯えたわけではなく――。
未だ鼻に衝く血液の臭いが、思考回路を邪魔するのだ。
――ぷつんぷつんと、何かが少しずつ切れていくのを、身体のどこかで感じていた。
「どう考えても、君のほうが分が悪い。その細腕だけじゃあ、高が知れてる」
それは紛れもない正論で、反論する余地も無い。ただここで諦めてしまうのはどうしても――どうしても、耐え難くて。
気持ちが昂ぶって仕方が無い。
俺はこの気持ちが収まる術も知らなければ、一度抜いた刀を鞘に納める素直さも持ち合わせていなかった。
じり、と左足に力がこもる。頭の中では開始早々の絶望論と僅かな希望にすがる打開案とがごちゃまぜになって、最早ショート寸前だった。
「……四対一、ね。あんたのいう高が知れてる餓鬼に対して配分がおかしくない?」
「強がりも行き過ぎると可愛げがないよ」
「強がりかどうか――」
「試してみろって? ならお望み通り…!」
八つ裂きにしてあげるよ。
彼はその口元に笑みを浮かべながら、周りの制止を振り切って刀を構えた。
――今更やっぱりなし、なんて都合のいいこともいえるはずがない。内心項垂れながら、しかし確かに胸の中で疼く気持ちに押し負けた。
こうなったらとまらない、と三人が顔を見合わせたのを視界に入れると、早くも刃が飛んできた。
キィン、キン!
身体がほぼ反射的に動く。勝手に、誰かにまるで糸で操られているようなそんな感覚を覚えながら、それでも彼の攻撃が防げることに純粋に喜んでいた。たとえ与えられた偽物の力でも、こうも動けるものなのかと。
――刀身が交わり甲高い音を響かせ、振り上げた刃を防いでは踏み込んでの繰り返し。彼の刃をしゃがんでよけると、その瞬間袈裟斬りまがいの攻撃をする。
それが、恐らく最大の失敗。
彼は鞘から僅かに抜いた脇差でそれを防ぐと、そのままごく自然な流れで俺の軸足を蹴り払ったのだ。
「っ!」
当然バランスが崩れてよろめき、不自然な状態のままついた右足は体を支えきれずに倒れこんだ。倒れこんだ衝撃で、刀は手の届かないところへと放り出される。完全なる丸腰。
防げるものは、何も無かった。
彼はしてやったりとばかりに笑みを湛え、刀を振り上げた――。
「総司!」
傍観者を決め込んでいた三人が、声を揃えて呼びとめようとした。その時。
耳元で確かに、びゅっと風の音がした。
振り下ろされた刃が厭にゆっくりと、ゆっくりと、近づいてきた。
ズシャッ。
――ああ、もう死ぬのか。などと過ぎった感情は、暫くして疑問へと変化する。
「……痛く、ない…?」
瞑ってしまった両目をうっすらと開けてみると、金色があった。この世界ではありえないような色が、目の前にあるのだ。それはふわりと風に靡かせて、その奥に潜む双眸がぎろりと彼と俺とを睨みつけた。
「軸足蹴るなんざ卑怯じゃねえか」
「…誰、君?」
「……おい、名前。お前相当に阿呆になったのか?」
ポタポタと空から雨が降ってきた。――否、それは雨ではなく、彼の刀を素手で抑えた陽月の手から零れる血だった。それが頬をぬらして、まるで涙のように伝っては落ちる。
悪態吐いてはいるが、下手をしたら五指全て切り落とされてもおかしくない勢いだったはずだ。見るからに指はちゃんとついているが、夥しい程の出血量である。
それに彼も怪訝な顔つきで、目の前の陽月を睨みつけていた。しかし当の本人はお構いなしに俺の腕を掴んで立たせると、声を荒げて一息でまくし立てた。
「体力も無ければ筋力もねえのに行き成り刀振り回して勝てるはずねえだろ過大評価しすぎ甘すぎ馬鹿すぎ何も考えて無さすぎ! それで死ぬかもって目ェ瞑りやがって、大体なあ――」
「すみませんでしたごめんなさい」
両耳を塞いで首をぶんぶんと横に振れば、陽月は前髪を掻きあげて盛大な溜息を吐いた。それからゆっくりと刀から手を離すと、尚更ぼたぼたと血液が零れ落ちる。
――沈黙。
目の前の彼も苦い顔と驚いた顔と呆れた顔が混ざり合って、なんともいえない表情をしていた。頭ごなしにぎゃあぎゃあと言われれば俺も黙っているしかなく、この微妙な雰囲気に更に萎縮する。
すると、陽月が少し呆れたような口調で、
「そこに隠れてる人、そろそろ出てくれば? 居辛いでしょ」
十二の目が陽月に向かい、彼は小路の向こうをただ見つめていた。どこからか、溜息が聞こえてきた気がする。それは一つだったような気もするし、もう少し多かったかもしれない。
「……お前らが遊んでくれるから、俺が出る頃合を見失っちまったじゃねえか」
「わ、土方さん。八つ当たりと責任転嫁は止めて下さいよ」
「誰もしてねえだろうが」
浅葱色の羽織が風に靡き、腰に差す刀をさらす。ふわりと揺れた長い黒髪は、もしかしたら女の人よりも綺麗かもしれない。
小路から出てきた彼の手には、血に塗れた浅葱色の羽織が握られていた。
「…刀を仕舞え」
「えぇ、何でですか? さっさと始末しちゃいましょうよ。どうせ結果が同じなら――」
土方さん、と呼ばれた男は、唇を尖らして不平をもらした彼を一瞥するとゆっくりと自身の獲物に手を伸ばした。それを見た彼は口を閉じ、鞘に納める。また殺気混じりの異様な空気が漂い始め、土方はゆっくりと彼らに歩み寄る。
一息で抜かれた刃は鋭く俺と少年、それに陽月を捉えた。――キィンと甲高い音を鳴らせて抜かれた刀身は、一瞬赤く、穢れて見えた。
「おめえら逃げるなよ。背を向ければ、斬る」
彼と俺達の間には間合い以上の距離がある。それなのにも拘らず、逃げることはおろか目を逸らすことさえ叶わなかった。
――後ろにいた少年の、息が詰まる声が聞こえた。
こくこくと何度も頷いた少年を見ると、彼は渋い顔をした後、
「あれ、いいんですか、土方さん。この子達、さっきの見ちゃったんですよ?」
「チッ…いちいち余計なこと喋るんじゃねえよ。とにかく殺せばいいってもんじゃねえ。…こいつらの処分は、帰ってから決める」
「俺は副長の判断に賛成です。長く留まれば他の人間に見つかるかもしれない」
「動くなら早くしたほうがいーぜ土方さん。ここに来るとき、騒ぎに気付いた連中も多い」
今までだんまりしていた黒髪と赤い髪の彼らも、土方の意見に頷く。それに彼は益々渋い顔をして、「土方さんとか副長とか呼んでんじゃねーよ」と面倒くさそうに言う。その言葉に誰しもが今更だと言い返せば、またもや舌打ちが飛んできた。
「…死体の処理は如何様に? 肉体的な異常は、特に現れてはいないようですが」
「羽織だけは脱がせておいた。…後は、山崎君が何とかしてくれんだろ」
「隊士が斬り殺されてるなんて、僕たちにとっても一大事ですしね」
「ま、後は俺らが黙ってりゃ、世間も勝手に納得してくれるだろうよ」
ちらりと横目に俺たちを見ると、さりげなく圧力をかける。人が死ぬということは、殺されるということは、まるで葉が枯れるのと同じほどにそこにあることなのだろう。
「…ところで、君名前なんだっけ」
「……は?」
「名前だよ、さっき聞いたんだけど忘れちゃった」
君、面白そうだから覚えといてあげるよ。くくくと小さく笑いながら聞いてくるものだから、思わず唇を尖らせた。
「…人に聞くときは自分から名乗ればいいんじゃないですか、しかも二回目」
「あっははは! まあ確かにそうだね。僕は沖田総司。ほら、君は?」
彼、改め沖田は至極楽しそうに、笑っていた。俺は不機嫌さを顔面で表現しながら、二度目の自己紹介をする。名前を伏せろっつったろ、と土方は呆れているが、最早どうでもいいようだ。
だらだらと続くしまりのない空気を一掃したのが、少年の小さな悲鳴だった。少年の右腕を逃げないようにと捕らえた土方は、それぞれに目配せをすると、陽月に赤い髪の男が、俺に沖田、黒髪と短髪の彼らは柄に手を置きながら一歩周りにつく。
逃がしはしない、あからさまなその包囲網に、人知れず溜息が零れ緊張が走った。
後ろ手に拘束された三人は、再び漂う殺伐とした空気に口をつぐむ。
地面に縫い付けられた影が、ゆらりと揺れた。
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