未来はいつも
目を覚ませば、俺は知らない部屋にいた。外のほうから小鳥のさえずりが聞こえる。目覚ましの不快な音もない、穏やかな朝だと思いながらもう一度眠りにつこうとしてふと我に返った。
――そういえば、知らない部屋にいる。
書院造の和室は畳の匂いがほのかに香り、俺に冷静になれと促した。
そうだ、俺は――。
「っ、いッ!?」
起き上がろうとして力を入れた体の節々が悲鳴をあげた。まるで激しい運動をしたあとのような、筋肉痛みたいな鈍い痛み。うあともう一度唸りを上げて、布団も何もない畳に倒れこむ。両手は後ろ手に拘束されたままぐるぐる巻きにされているため、その姿勢自体力が入って痛い。
「あんだけ刀振り回してりゃ、そりゃあ筋肉痛ぐらいなるわな。しかもそれが自分の意思じゃないときた」
だから無茶すんなって言ったんだ。
右隣から飛んできた小言に首を捻れば、そこにはあくびを一つする陽月の姿があった。彼は首を左右に捻ってからぐるりとまわし、「雑魚寝はつらいなあ」なんて一人ごちる。それから暫くして、もう一つのいもむしがもぞもぞと動き始めた。
「……ん…?」
「あ、おはよー」
彷徨う黒の瞳がゆっくりと俺を捉え、それから周りを見渡すように一周した後、ほんの少しだけ、唇を噛み締めた。
「…あなたは……、」
「俺は名前」
少年はゆっくりと起き上がり、それに合わせて俺も酷く緩慢な動作で上体を持ち上げた。それから少年は頭を凭れ、
「助けていただいて、有難うございました。私は、雪村千鶴と言います」
「千鶴ちゃんね、俺はただの通りすがりですから。この人は陽月。…兄。みたいな」
繋がった視線の先で、彼は酷く驚いたような目をしていた。千鶴は情報を咀嚼してから、えと体を乗り出す。それに俺と陽月は笑いながら、「だって女の子でしょ」と目を細めた。
「……私、そんなに分かりやすいでしょうか…」
「可愛いもん、そりゃね」
「ッ! そ、そんなことないですよ! 名前くんの方が可愛いです!」
「名前君って言ってるのに、かわいいなんだ?」
けらけらと肩を震わせて笑えば、彼女は迷わず頷いた。俺はまた笑って、適当に話を受け流す。お世辞をつらつらと並べ立てるのも、られるのも苦手だ。
俺は本題に戻ろうとして、口を開きかける。
すると、障子に人間の影が差した。
「ああ、目が覚めたかい。廊下まで楽しそうな声が聞こえたから、何事かと思ったよ」
温和そうな顔をした、決して若いとはいえない男が障子の向こう側に立っていた。腰に差してある刀を見なければ、農家でもしていそうな雰囲気である。彼は俺達三人を見渡してから、
「今朝から幹部連中で、あんたらについて話し合ってるんだが……。あんたらが何を見たのか、確かめておきたいってことになってね。ちょっと来てくれるかい?」
彼は優しく、しかし拒否権などありはしない"お願い"をした。それに一瞬にして強張った千鶴の表情に、彼はゆるりと微笑んで「心配しなくても大丈夫さ。なりは怖いが、気のいい奴等だよ」と明るく言う。千鶴は生返事を返すと、目を伏せる。そこには顔いっぱいに不安が張り付いていた。
俺達は彼――その後丁寧に自己紹介をしてくれた――改め井上に移動を促され、重たい足取りで部屋を後にする。軋む廊下を歩きながら、俺は小さく溜息を吐いた。
目の前を歩く陽月の手には、厚く巻かれた包帯が主張している。まぶたに色濃く焼きついてしまった赤の残像を、吐き出した息と共に消えてなくなったらどれだけこの心は軽くなるだろうか。
そう思えば、人を殺した事実ごと都合よく消してしまうことだと嗤うもう一人の自分がいた。背負える覚悟もないくせに、あのとき腰に差した刀の重さも、握った刀の感触も。
まだ俺は、第三者でいれると心のどこかで思い込んでいた。自分で望んだわがままであるはずなのに。
今はない、腰に差す刀の重さは。
きっとこれから引きずりながら、歩いていくのだろう。
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