カーテンの隙間から零れる朝日に薄っすらと瞼を開けた。喉の奥の異物感と側頭部で疼く痛みで目を覚ますことも億劫で、再びきつく目を閉じて布団に包まる。ふわりと、嗅ぎ慣れない匂いが鼻腔を掠めた。
いつもの朝とはどこか違う感覚に頭までかぶり直していた布団を剥いで起き上がれば、目の前にある枕やシーツは全く見覚えのない色をしている。
ベッドには自分一人。けれど、聞こえてくる寝息は他にも誰かいることを主張している。ぎこちない動作で首を右に動かせば、ベッドのすぐ下には薄いパーカーを着た岩泉が猫のように丸まって寝ている。硝子天板の向こうには明らかにもう一人誰かがいて、急速に脳内が冷えていくような気がした。
「ッ! !?」
頭を締め付けるような頭痛とともに、昨晩の出来事がじわじわと蘇ってくる。
――初めて会ったサークルの先輩の友達に酒を飲まされて、潰される危機を感じたのだ。岩泉はバイトで連絡が取れるはずがないことは知っていて、女子に助けを求めるわけにもいかず、考えあぐねた結果菅原を思い浮かべた。まだ出逢って日も浅すぎる仲ではあったけれどどうにも一人では脱出できそうにない雰囲気に、藁にも縋る思いで連絡をしたのだ。三十分としないうちに駆け付けてくれた彼は、しかも空気を呼んで声をかけてくれた上に、自宅まで帰れそうにない名前を負ぶってここまで連れてきてくれた。ということは、必然的にここは菅原の家ということになるのだが、それではどうして岩泉がこんなところにいるのだろうか。
「――…ん、」
テーブルの向こうで放り出されている腕が動いた。のっそりとした緩慢な動きで起き上がった菅原は、相変わらずベッドの上で布団が肩にかかった状態で動けずにいた名前を見ると、泣き黒子のある柔らかい瞳を細めて笑った。
「おー名字、おはよ」
寝起き特有の掠れた声に、なんとも言葉を返すことができずに固まる。そんな彼女に首を傾げた菅原は、水でも飲むかと立ち上がってキッチンへと動き始めた。
コップに水を張って部屋に戻ってきた彼は、名前にそれを差し出して足元にいる岩泉の肩を叩く。
「おーい起きろー岩泉ー」
「……な、んで、はじめがここに」
「ん? いやなんか名字を運んだ後に電話がかかってきて、そしたら迎えに行くっていうから。まあ名字も完全に寝落ちてたし、泊ってけば、みたいな?」
二度ほど肩を叩いても、岩泉はまだ起きたくないのだと言わんばかりに寝返りを打った。彼は寝起きが良いほうではないので、そんな姿を見たのは久しぶりだ――なんて耽っている場合ではない。
「す、スガさん、昨日はほんと、ごめんなさッ――!」
謝ろうと下げた頭に、とんと軽い衝撃が走る。上目に見上げれば、彼の手刀が脳天を叩いたようだった。
「はい謝らない。昨日散々聞いた」
「あ、う……あ、ありがとう、ございます」
「よろしい。水飲んで、シャワー使うなら使っていいぞー」
こいつは放っておくかと、岩泉の足元でくしゃくしゃになっていたタオルケットを肩にまでかけ直して、彼は短い廊下の左手にある扉を開けていなくなった。
キッチンのある廊下と部屋とを仕切る曇りガラスの扉は開け放たれたままで、奥から水の出す音が聞こえる。名前はこの奇妙な空気感ごと飲み込むように水を喉に流し込んで、彼が戻ってくるまでの間、岩泉の寝顔を意味もなく見下ろしていた。
それから暫くもしないうちにハッと目を覚ました岩泉は、起き抜けに早々名前を睨みつけて、溜息を吐いた。
「くそ普通に寝ちまった…」
「因みに寝たのは岩泉の方が早かった」
「お前が無駄に快眠できる曲とか探し始めるからだろ」
「ぶくく…効果抜群だったなァ」
タオルケットを剥ぎながら正面に座る菅原とそんな軽口のやりとりをしている二人は楽し気で、いつの間にか仲良くなっていたようだ。青城と烏野は何度か練習でも公式でも試合を重ねている相手なので、名前が知らないだけで接点はいくつかあったのかもしれない。
――いつの日かのあの二人の背中を見ているようで、胸の裏側に焼けた感覚を覚えた。きっと、昨日飲んだ酒の所為だ。
布団を畳みながらそんな光景を眺めていれば、テーブルの上にあった携帯が二回、震えた。誰かからのメッセージの受信を報せるそれに、三人の目が向く。たまたま画面を上に向けていたので、ポップアップ上に名前があがったのが見えた。
「っ」
心の中では平常心を装いながら、携帯を取り上げた。握りしめたそれからは、もう通知音は響かない。
岩泉がこちらを見上げて何か言葉を継がれる前に遮らなければと、焦った声が上ずった。
「わ、たし今日一限あったんだった! もうすぐ八時じゃん遅刻する、はじめ、二人乗りして帰ろ!」
「名前、おま――」
「スガさん本当にありがとう! また今度お礼させてね」
カバンを抱えて岩泉の腕を掴み上げれば、彼は眉根を寄せながらも吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。
「じゃまたな菅原。やるときは連絡くれよ」
「おー、二人とも気を付けて帰れよ」
また学校でとありがとうを玄関先で伝えれば、菅原は道端でこけんなよと笑っていた。