15
昼休憩も終わり、全生徒参加のレクリエーションを始める前に最終種目の内容発表のため生徒は再びフィールド内に集まっていた。――A組の女子だけが、異様に張り切った服装をして集まっていたが、恐らく誰それの策謀があったに違いない。麗日がポンポンを両手に酷く微妙な顔をしていた。
「最終種目は……進出四チーム、総勢十六名からなるトーナメント形式! 一対一のガチバトルだ!」
中央に集められた四チーム内でなにやらごたつきはあったようだが、くじ引きによりその組み合わせは決められた。スクリーンに映し出されたトーナメント表の、一番左のブロックに、出久の名前を見つける。そして――そのすぐ隣に、心操の名前も。
そうならなければいいと、考え過ぎるのもやはりフラグにしかならないようで。見事なまでに内容から組み合わせまで再現されてしまえば、何も言葉は出てこなかった。
友人たちもこの複雑な心境を察して本選について振っては来なかったが、おかげでサボタージュするつもりでしかなかったレクリエーションにずるずると引き摺られて行くことになってしまった。
――いくら名前が気にかけたところで今の出久は本選の事で精一杯で、ゆくゆくはその先のヒーローのことで頭は占められている。無理無茶を、しないはずがない。今でさえ凄んだ顔をしているというのに。
(やっぱり、お母さんと一緒に残ればよかったなあ)
出久のように、いや、出久が母に似たのか定かではないが、泣き虫なのは知っている。きっとこの家系は涙腺が緩いのだ。不安げな母の顔など、容易に想像できた。
怪我だけは、どうかしませんように。
痛い思いは、どうか、しませんように。
彼の個性からして、そんな願いなど到底かなうはずもないのだけれど。
「名前ちゃん、借り物リレーおもしろそうだね!」
「大玉転がしとかベタって感じ。一緒に転がされてそうだよね」
まるで首根っこを掴まれるような形でフィールドに残されていれば、レクリエーションが順次表示されていく。
「借り物リレーって変なのあったりするのかな…」
「漫画である好きな人ーとか? あったらまじウケる。絶対名前引いて」
「え、校長……?」
確かにかわいい、なんて賛同する笑い声に、考え過ぎる思考回路をせきとめる。いくら気をもんでも、なににもならないのだ。
そうして、靄のかかる胸中を振り払うようにレクリエーションに全力をかけることとなった。
* * *
トーナメントのための会場準備も終え、見渡せば生徒用も、外部用の観客席もすべてが埋まっていた。
午後の競技こそが雄英の毎年恒例のメイン種目になっている。ヒーロー事務所の関係者の目も当然本選のほうが鋭くはなっているのだろう。そういった人たちの目に留まれば、最短でヒーローを目指せるのだそうだ。
一回戦、出久と心操の名前がスクリーンに映し出される。プレゼントマイクの掛け声とともにフィールドに上がる二人の顔は険しい。
ルールの説明をしている声に紛れて、心操がなにか話しているのが見えた。淡々と話している彼の顔に比べて、出久の表情が歪んでいくのが分かる。
スタートと切られた掛け声。それと同時に、踏み出した出久はまるで責めるような勢いであったというのに。その踏み出した姿勢のまま、出久の動きは完全に停止した。
「緑谷完全停止!? アホ面でびくともしねえ! 心操の個性か!?」
「ああ緑谷!! 折角忠告したってのに!!」
隣のブロックにはA組の面々が座っており、先頭列にいた誰かがそう声を上げていた。
――相手の動きを制する個性なのだとしたら、このままでは場外決定だ。予想に反さず、出久はくるりと身体を反転させると迷いもなくフィールドの外へと向かって歩いていく。
騎馬戦の時も、恐らくはタイムアップ寸前に相手の動きを止めてハチマキを奪い取ったのだろう。だからこその、あの余裕だったのだ。
「心操君の個性えげつな」
「洗脳みたいな感じ? すごい、めっちゃ強い個性だねー」
C組からは驚嘆と困惑の声が混ざりあっているが、こんなにもヒーローとして理想的な個性もないのだろうと思う。――彼のような個性があれば、もう誰も、傷つかなくて済むのだ。
もう少しで場外だというところで、突然出久の周囲に突風が吹き荒れた。とくに左手を中心に渦巻いた風圧は観客席にまで届き、そして、彼の歩みは止まった。
どうやら洗脳が解けたようで、焦ったような顔で叫ぶ心操の言葉に一切反応を見せることなく、出久は彼との間合いを狭めていく。心操は胸倉をつかまれ押し出さんとする出久の頬を、殴りつけた。それでも押し出そうとする姿勢に変わりない出久へと突き出した右手をとられる。いきおい背負われ投げられた心操の足は、白線を越えた。
「二回戦進出、緑谷出久!!」
いつの間にかスカートを握りしめていた両手は湿っていた。
お手洗いにと席を立てば、ついていこうかと心配する声が降る。そうされてしまうほどには、表情は曇っていたのかもしれない。ひとりで行けるよと、そういった顔は笑えていただろうか。
煩い心臓をなだめるように歩き回っていれば、試合を終えた心操が遠くに見えた。それは彼も気づいたようで、一瞬、踏み出した足を止めた。気まずげにそらされた視線の意味は分かる。名前はそのまま足音を続けて、彼の前で立ち止まった。
「お疲れ様、心操君」
「……うん」
ありがとうと呟いた言葉は、随分歯切れが悪かった。
――言わなくてもいいことなのかもしれない。自分の一言が、もしかしたらより塩を塗ることになるかもしれない。彼の今までの苦悩など一つも知らないというのに、それでも、こんな顔をされてしまえば、言わないわけにはいかないような気がしたのだ。少なくとも名前自身、彼を責めるような気持ちなど微塵もないのだから。
「――私、心操君の個性こそ、ヒーローに向いてるって本当に思うよ」
「無理しなくていいよ――」
「してない」
思いのほか強い口調で遮った声に、弾かれるように彼は顔を上げた。噛みあわなかった視線が漸く交わって、少しだけ笑う。
――優しい人だ。試合中の激しさとは似つかない揺らいだ双眸が、彼の胸中を表しているようだった。
「……誰も、傷つかなくて済むんだよ。心操君の個性があれば、敵も、ヒーローも、誰も、痛い思いなんてしないでいい。それって、派手な個性なんかよりずっと優しくて、」
私は、そういうほうが好きだなあ。
最後のは余計だったな、なんて口が滑った後に気づいた。心操は面食らったような顔のまま表情一つ動かさないで、彼女を見ている。
かたや双子の片割れはあんな強個性を持っていて、世間的にもヒーロー向きなそれなのだ。彼の中で、名前のヒーロー観は一般的なものと相違ないと、思われていたのかもしれない。世の中の大多数が、そんな考え方といっても過言ではないのだろうけれど。
数拍の間の後、後方からの足音でやっと目元を動かした彼は、項に手を置いて宙を見た。
「……そんなふうに、言われたのは初めてだ」
どんなギミックがあるのかはしらないが、相手をどうこうできるという個性は怖がられても仕方がないのだろう。先程よりも幾分和らいだ表情が、なんだか酷く新鮮だった。
宙を見ていた視線がゆっくりと下ろされ、もう一度視線を合わせると彼は何かを言いかけて、口を閉じた。一瞬の思案を挟んだ後、神妙な面持ちというのだろうか、いつも重だるそうな目が、何かを求めている。
「……一つ、聞いてもいいかな」
「うん?」
「緑谷さんって、」
言葉が途切れる。音を吐き出そうとした唇は半開きのまま、空気だけが抜けた。まるで、転がりそびれた言葉を飲み込むようにすぐに口を閉じてから、薄く笑った。そういえば、彼は意外とよく笑う人だった。
「ごめん、やっぱり何でもない」
「え、なに、めっちゃ気になる」
「……まあ、そのうちまた言うよ」
それじゃまたあとで、なんて軽く手を上げて、通り過ぎて行った心操はまっすぐに席に戻って行ったようだった。取り残された名前はといえば、浮かべた疑問符を釈然としないまま収めるしかなかった。
籠った歓声が聞こえる。二試合目が始まったのか終わったのか、ここにいてはよくは分からない。
トーナメントが終わるまでは出久の様子は見に行かないとは決めていたので、いつの間にか収まった心臓の音に耳を傾けながら、彼女も席に戻ることにした。
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