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敵の情報が途絶えてから一時間が経過した。
目星い場所を手当たり次第に捜索しながら、一度カイトと合流した工事現場は、事業主が撤退間際の更地であった。逃げも隠れもできないこの場所を選ぶ程、短絡的ではないだろう。周囲を確認して回ったところで、やはり手頃な建物や車は見当たらなかった。
あとは警察と連携しているサイドキックからの情報を待つばかりかと思われたときだった。
携帯の通知音に画面をスワイプすれば、地図上に紫マークの矢印が現れた。確認と同時にカイトが地面を滑空していく。彼女の動きからやや遅れて、無線が入った。
「遅れてすみません。当該敵と思しき人影を探知いたしました」
「ああ、カイトが今向かっている。私たちも移動を開始しよう、カイトからの敵の情報次第で作戦を変更していこう」
敵が単独犯であれば増援は返って被害者に危害を加えられる可能性もある。それに相手の個性もわからない以上、無暗に突撃することは良策ではない。
地図アプリが敵を模したアイコンへの案内モードに自動的に切り替わる。ここからさらに三キロメートルと少し離れた地点だ。周辺ビルの倒壊に伴う資材や廃材を一時保管する広い空き地だった。公園からは直線距離で約六キロメートル離れた場所だ。
途中車を乗り継いでいる事を考えれば、名前の命の危険性はまだ低い。
出発してから折り返し地点で、カイトから一報が入った。
「グランファ。敵は一人だけのよ――ッ二人目です、応戦します!!」
「カイト! あと五分で現着する!」
戦闘音の後、無線が途絶えた。
カイトの個性は接地面上での滑空だ。実体が相手であれば不測な事態は招かないだろう。
走り続けると、視界の脇に二メートル程のガードフェンスが並んでいるのを見つける。それらの奥にはプレハブ倉庫のせり出した屋根が見え、金属の腐食した臭いが鼻をついた。
ガードフェンスの繋ぎ目を強引にこじ開けて侵入すれば、プレハブ倉庫の屋根からカイトが飛び降りてきた。見上げれば、異様に太い血管が浮かぶ丸太のような両腕を生やした男がいる。彼の両腕は伸縮さえも自在のようで、屋根から飛び降りる瞬間、伸びた腕を支えに地面に着地した。
「四肢の筋を自在に動かせる個性のようです。問題ありません! 少女は恐らくプレハブの中にいると思われます」
「あとの二人も向かっている。無茶はするな」
「了解」
倉庫に入ろうとする進路を伸びた腕が阻んでくるが、彼女の痛烈な蹴りがそれを上空に弾いた。正面のガレージは閉ざされている。
大胆な行動を良しとはしないが、施錠されていない入口を探すのも手間だ。適当な大きさの窓を見つけ、右腕を炭素でコーティングする。窓ガラスを殴りつければ、鋭い何かが頭部をめがけ飛んできた。
目視より先に頭蓋全体に炭素コーティングしたおかげでその攻撃は表面を殴りつけるだけで終わり、しゅるしゅると室内に戻っていく。
手早く中へと侵入を試みれば、うず高く積まれた資材が視界を邪魔している。すぐ脇に立てかけられていた木材が、不意に崩れた。物理攻撃は硬化によりある程度無効化できる。全身を硬質化させて先へと進めば、無数の黒い何かが資材の合間を縫って飛んできた。
炭素コーティングに当たる音。同等に硬い物質だ。避けながらもそれらの内一つを掴んでみれば、黒い槍のようなものだった。ぐんと力強く引き戻されるそれに目をやれば、コンテナの上から黒い影が降ってきた。
「チッ硬質化かよ、相性バッチリだなァ」
目の前の男の体から無数のそれらが、グランファ目掛けて降りかかる。槍の雨と形容するにふさわしいそれらは、しかし硬質化された皮膚の前では意味を成さなかった。
「ああ゛あ゛!! 串刺しになれよこのクソッタレ!! 外の女のほうがよかったじゃねェか!!」
振りかぶった拳を、男は地面に槍を突き刺すことで後方に飛んで回避した。
――彼の足元に、蠢く影を見た。まだ夕方の日差しは、彼女の白い服を鮮やかな赤に染め上げていた。
「――ッ!」
コンクリートに広がる赤は多くはない。周囲の木材に飛び散るそれらを見ても、傷が致命的でないことはわかる。
彼女の姿を克明に捉えたことで入る高く早い呼吸音。仰向けになった白い顔に乗る二つの目が、グランファを捉えた。
「――ぐ、らんふぁ」
例えば、カイトがあの場にいたというのなら、あの白いバンに追いつくことができていただろう。けれど、この降りかかる槍を前に彼女の身は引き裂かれることになる。
彼女の個性を羨むことと同時に、グランファの個性が硬質化であることが救いであった。
「――家に帰ろう、名前」
駆けつけようと踏み出した足を遮る黒いそれ。積み上がったコンテナから飛び降りてきた男は、身体の前面から鋭い大小の刺を伸ばして拳を握った。指からも生えているそれの正体は、恐らく体毛だ。うねる髪の一本一本が退路を塞ぎ、正面から向かってくる拳を腕を交差することで防いだ。貫けず、折れた黒い欠片が地面に散らばる。攻撃の手を止めた男の脇腹を蹴り上げ、地面に倒れ込んだところで両腕を後ろで締め上げて確保した。
「……君がどうか、正しい道を歩んでくれることを、祈っているよ」
「――ッッお前らみたいなやつのせいで…!! 俺は、俺はこうなるしかなかったんだよ!!! お前らが、なんもしてねェのにビビッから、だから、望み通りぶち壊してやったんだ!!!」
死んじまえ死んじまえ死んじまえと何度も呟かれる呪詛。それでも、彼の刺はもう向かっては来なかった。
個性を制御できるものがない以上、名前をひとまず安全な場所へ移動させることが優先だ。落ち着いたのか静かになった男をそのままに、倒れている彼女のもとへ駆けつける。ワンピースから覗く足や腕、顔には切り傷が多くあったが、貫かれるような傷はない。
小さな体躯を抱きすくめれば、胸の中で何度も何度も嗚咽を飲み込む音がした。
「遅くなってすまない、名前」
男から少しでも距離をと踏み出した足を絡め取られる。どこに行くんだよと俯いたままの彼の背中から、黒い刺が溢れ出した。
「みんな、死んじまえ」
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