03
見慣れた家並みが続いていく。もうすぐ家だと思えば今日一日がひどく長かったように感じて、どっと足先まで重くなった。隣を歩く出久も同じようで、その表情は諦観や期待がぐちゃぐちゃになって、無理矢理晴れた顔をさせているようにも見えた。
「デク!」
これ以上ないほど苦渋飲み干したような、喉の奥から焦げるような声がした。名前はもう、振り返ることもしたくはなかった。彼の吐き出す言葉の一つ一つが、悔しかった。
半身を翻す出久を見上げる。彼の瞳に映る爆豪勝己という人は、どんな様をしているのだろう。
「てめぇに救けを求めてなんかねぇぞ……! 救けられてもねえ! 一人でやれたんだ! 無個性の出来損ないが見下すんじゃねえぞ……!!」
どうして、個性がないといけないのだろう。どうして、役に立つような強い個性でなければいけないのだろう。個性がなければ、人として出来損ないなどと、誰が決めたのだろう。
名前の握りしめた拳を解くように、出久の手が重なった。
クソナードが、と捨てていった彼はそれだけを言うためについてきたようだ。タフネス、と出久の口から溢れた言葉を笑うには、あんまりにひどい。
「……何かできたわけでも、変わったわけでもない。でも、よかったよ」
爆豪の去った背中を見ていた。出久の瞳に映る彼は、どうしようもないほどやはり凄い人だった。
呼びかけた名前を飲み込んだ。
ヒーローには、ならない。彼は、ここで諦めたのだ。これが出久にとって二度目の挫折になる。焦がれていた背中を、追うことをやめた。
――帰ろう。うわ言のように、掠れた声がぽつりと落ちた。
「私が来た!!」
「ぅわ!」
閑静な住宅街に突然響いた声に二人とも肩を跳ねあがらせ、声のした方を振り返った。曲がり角から突然現れたらしい彼――オールマイトは、名前の姿を映すとはっとした顔をする。その表情の意味に気づいたらしい出久が、彼女とオールマイトとの間をきょろきょろしながら、彼の傍まで歩み寄った。
「僕の双子の妹なんです。一緒にいると、やっぱり、だめですか?」
「うむむ、あまり人には見せたくない所だが、そうもいかなくなりそうだからな」
置いてけぼりをされた彼女の前までオールマイトは歩み寄ると、シュウウと忽然と蒸気に身を包まれ始めた。視界を遮るそれが晴れると、現れたのはやせ細った男の姿だった。オールマイトらしさの影もなく、落ちくぼんだ眼窩の奥のぎらついた瞳だけが存在を主張していた。
「五年前に敵の襲撃を受けて以来、あの姿は長くはもたなくなってしまってね」
「……そう、なんですか。辛かったですね、」
ぴらとめくったシャツの下に隠されていたのは大手術の痕跡だ。平和の象徴と、そのイメージを守るために無理をしている。切り取られた部分で、彼は大怪我をして後遺症と闘って生きている。――だから、ヒーローは嫌いだ。
思わずしかめっ面になってしまったのか、出久が眉眉間をトントンと叩いた。
「……思っていた反応と違ったね」
「え、だって目の前で変わったんですから…それに、どんな姿でも、オールマイトですよ」
彼にとってどの反応が正しいのか図りかねるが、疑うべくもないのだから仕様がない。苦笑いを浮かべた出久とオールマイトは顔を見合わせ、そうして彼は笑みを一つ零した。
「ありがとう、少女よ」
いえ、と疑問符を浮かべながらも笑い返す。オールマイトは咳払いを一つして、本題の話を始めた。
「少年。礼と訂正……そして提案をしに来たんだ」
オールマイトは出久に向き直り、先程の事件の話をした。どのヒーローも出久の勇気を褒める人はおらず、あまつさえ彼は子供なのだからと叱られた。あの場の誰もが手をこまねいていた状況で飛び出した、たった一人だというのに。それでも、彼の個性を知っていればより、その叱責は大きくなっただろう。蛮勇であったと。
飛び出しながらも考えてはいたはずだ。出久の視線が自身の膝に落ちる
――トップヒーローは皆、あの時の彼のように、考えるより先に体が動いていたという。
「――君は、ヒーローになれる」
蹲って泣き出す出久の涙が、夕焼けに染まってまるで赤い涙のようだった。どれだけ必死に勉強をしようと、誰よりもヒーローを願っていても、どれだけ、ヒーローの素質があったとしても。彼にはたった一つ、個性だけが足りなかった。
それがないから悔しくて喉を振るわせて哭いているのに、なんて酷い言葉を吐くのだろう。真意をはかり損ねて、鋭くなってしまった両目を諭すようにオールマイトは朗らかに笑った。
「君なら私の"力"、受け継ぐに値する!」
「ちから……?」
惚けた顔をした二人に向かって彼はとうとうと自身の個性の話を始めた。曰く、個性を譲渡する個性というものを脈々と引き継いできたもので、それを今回は出久に引き継いでもらいたいという話だった。ワンフォーオールと冠された名は確かに、自己犠牲で成り立つ出久を表しているようだった。
「"無個性"で只のヒーロー好きな君は、あの場の誰よりもヒーローだった!」
じわじわと、驚きで泣き止んでいた彼の目が再び震え、こぼれないようにと袖口で拭い去った。出久の返事など、聞かなくても決まっている。ヒーローになることができるチャンスが、目の前に用意されているのだから。
「お願いします!」
「即答。そう来てくれると思ったぜ」
立ち上がった彼は、何もできない無個性ではない。まだ震える瞳に泣き虫だねと思わず笑えば、不安を残す視線を受けた。言わずともわかる。お腹の中からずっと、一緒だったのだから。
「――私、絶対雄英に行くよ。見届けるから」
「……うん」
「ヒーロー、頑張れ」
仰々しい個性など、彼女には必要ない。先程までの悲壮感もなくなった笑顔を向けられれば、名前の胸中で思う気持ちなど、とても伝えられるわけがなかった。彼の求めていた答えは別にあったのだろうが、そんなものは、こんな気持ちは、伝わらないままでいいのだ。
――ヒーローになれるよ。そう、ずっと願っていた言葉。なりたいと願う声を知りながら、一度も、そうだねと返してあげられたことはなかった。よれてしまったスカートを握りしめながら、沈みこむ夕焼けの眩しさに目を当てられないと熱くなる目尻を隠しながら、笑った。
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