04
隣の部屋からアラームの音が聞こえてくる。毎日同じ時間に大凡三回鳴ったあたりでぴたりと止まるそれに、起きる必要もないのに合わせて目が覚めてしまうようになっていた。双子効果か、などとひとりごちりながら、布団からもぞもぞと這い出る。朝晩はまだ少し肌寒く、体中の血液がどろどろと停滞している感覚がする。部活で揃えて買ったジャージを着て、大あくびを噛みながらドアを開けた。それと同時に、隣のドアも開く。これが双子か、と起きて数分で遺伝子に二度目の感動を覚えた。よくあるといえば、よくあることだが。
「おはよう。でも、名前は寝てていいんだよ?」
「おはよー……なんか、慣れた」
出久のアラームに、と付け足したならば、彼は申し訳なさそうに明日から音量を小さくするだろう。半分夢見心地の脳でもそれぐらいは考えられたので、早起きも三文の徳とだけ返しておいた。
今日で、オールマイトとの特訓から一ヶ月だ。朝は五時に海浜公園に集合してトレーニングをした後帰ってきて学校に行き、夜は二時くらいまで勉強している。一ヶ月にして、出久の雰囲気が変わったことに気づいた。十ヶ月も経った頃にはまるきり変わるのだろうなと、隣で歯を磨く出久を見ながら、ひどく緩慢な動きでしゃこしゃこと泡立ったそれで歯磨きをつづけた。口を漱ぐのは出久からと決まっている。小さい時からそのタイミングが同じだったので、もう覚えていないがいつの間にかそんなルールができていた。
顔も洗って身支度を整えた名前は、炊きあがった炊飯器を開けて湯気の立つご飯を掬い、鮭フレークと梅干のおにぎりを握る。炭水化物を取らないとたんぱく質がエネルギー消費に使われて分解が早くなるだとか、トレーニングが終わったらかすてらを食べるとたんぱく質の分解を抑制するんだとかぶつぶつぶつぶつ呟きながら出久はトレーニング終わり後の間食を準備していた。こういうときの出久は少し気持ち悪いと、名前でも思う。隣で粉末の淹れたコップにお湯を注ぎながら、遠巻きにその光景を見ていた。
「飲む?」
「あ、ありがとう!」
頬を膨らませながらおにぎりを頬張る彼にリスか、と笑えば、開きかけた口を閉じた。食べることが嫌になるような一言ではなかったと思うが、とスープを飲み込んでから出久を見る。口の中のものを無理矢理喉の奥に押し込むと、彼は苦笑いした。
「…お母さん、何か言ってる?」
「いや、雄英受けるんだからこんくらいしないとでしょって言ったら、そっかって。米粒ついてるよ」
「あ、ごめん。…でも、そっかあ。ありがとう、いろいろ」
食べかけたおにぎりを一口で放り込み、熱いだろうにスープをぐいっと飲み込んだ。口の中で鮭ご飯とコーンスープが混ざり合って変な味がしそうだ。コーンの粒がむしゃっと潰れて奥歯に張り付いた。
「よし、行ってきます!」
靴の紐をぎゅっと縛り付けて、立ち上がる。彼が三和土にいる分少し低くなり、これで漸く同じ目線になった。
「いず」
「? なに?」
名前と同じ髪をぽんぽんと叩いた手を上げ、へらりと笑った。
「十分頑張ってるの知ってるよ。だから、また頑張って」
「――うん、行ってくるね」
パタンと閉め切られた扉に背を向けると、丁度母の部屋のドアが開いた。寝起きとは違うような目が、今しがた出ていった出久の姿を追っているようだった。
「おはよう、お母さん」
「おはよう……出久は、相変わらず早いのね」
「うん、頑張ってるからね」
夢を追いかけようと、必死に。それに水を差すことのできる相手など、誰もいない。
やっと温まってきた体で伸びをして、洗面所へと向かおうとした足を、彼女が止めた。問うべきかどうか、考えあぐねている様子だった。その視線から逸らすことなく、彼女を見据えていれば先に折れたのは母だった。ふうと短い息を吐いて、寝癖の残る名前の前髪を柔らかく梳く。三文の徳だったなと、小さく笑った。
「癖っ毛がひどくなくてよかったね」
「うん、流石にあの髪だったら縮毛かけてた。今もひどいけど」
「それ、出久に言ったことあるの?」
ないない、と顔の前で手を振れば、母はやっと笑ってくれた。――写真の中の母は今よりずっと細かった。父は単身で海外にいるのであまり記憶も薄く、女手一つで子供を二人も養ってくれたのだ。しかも第五世代だというのに生まれた子供は無個性だったなど、母の心労も思えば当たり前の変化だ。だからこそ、今こうして心配になってしまうのだろう。
出久が不特定多数の誰かを守りたいと頑張るのなら、名前は目の前の心配性な母の傍にいられたらと、そう思った。
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