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無個性だと嗤っていた。個性もないくせにヒーローになりたいのだとばかり話す出久は気に食わなかった。それを応援している名前も気に食わなかった。個性のない人間がヒーローになどなれるわけがない。この凶悪で強大で異形の個性が蔓延る中で、ただの人間が立ち向かえるはずがない。だからこそ、出久のそれは憧れだけであって実現可能な夢であれるはずがない。現実になるはずがない。馬鹿馬鹿しい。鬱陶しい。それなのに。
オールマイトのような個性を引っ提げて、出久は雄英高校に入学してきた。あまつさえ、出久は自分と同じクラスだった。
――無個性ではなかった。嘘を吐かれていた。無個性だと嗤っていた爆豪自身を嗤っていた。
出久に個性があると分かった瞬間、名前にもあるのだろうとなんとなく思った。
USJ事件の後も、体育祭の後に聞いた普通科の言葉にも、名前は無個性だと言ってばかりだったが、それでも、彼らは双子なのだ。二卵性といえど、片方だけが個性を持ち得ているなんてとんだ嘘っぱちじゃないか。
だからこそ、今更無個性じゃなかったのだと宣っていたところで、どうでもよかった。
個性があるならそれよりも上に行って潰すだけだ。邪魔をするなら、打ちのめすだけだ。
どうでもいい。今更、どんな個性があろうと、心底どうでもいい。
――どうでもいい。
家に帰るなり怒鳴る母の声を無視して二階に上がる。自室にカバンを放り投げて、ベッドの上に寝転がった。
苛々する。すべてにだ。うまくいかない全てに苛々する。職場体験を経て爆豪の動きを真似る出久に腹が立った。同時に、なんの成長もしていない自分に苛立った。
――窓から飛び降りろと嗤った日を思い出す。弾かれた頬に、泣きそうな顔に、言葉が詰まった。無個性の雑魚が目の前をうろつくことが苛立たしかった。それでも、努力を重ねていることは知っていた。所詮はモブ雑魚の努力だと思ってはいたが、敵にたった一人立ち向かってきた出久を、嗤っていいのか分からなくなった。
爆豪の汗腺から発されるニトロの分泌物は甘い匂いがする。名前たちの父親が火を噴く個性なのは昔に聞いたことがあった。あの時に手をあげた彼女の懸命な呼吸から、そんな同類の匂いがしたのは、やはり気のせいではなかったのだろう。
思考が止まらない。どうでもいいのだと何度も、何度も何度も吐き捨てているのに、ごちゃごちゃと散らかった頭の中が煩わしい。

――炭谷の話を聞いて、ひとつ、思い出したことがあった。体育祭の午後の部が始まった後、スタジアムの一階で名前は新聞記者を名乗る男と話していた。彼女は、それに怯えていた。知り合いかと言えば全くだと言った割に、彼女は妙に得心のつくような表情をしていたのだ。
恐らく、炭谷が救けた子供は名前だ。幼少期の個性の暴走などよくある話で、慣れない環境で小学校の教室が大騒ぎだなんて珍しくもない。ただ、彼女の場合は抑え込んでいた。だからこそ、六年前のその瞬間に解れたのだ。
もしかしたら、体育祭の時の記者はそれを知っていたのかもしれない。いや、ただの憶測の域を出ないが、あの時胸ポケットに仕舞い込んだスナップは新聞記事のように見えたのを覚えている。
ヒーローを崇拝する信者も、珍しい話ではない。ヒーローが何かしらの障害を負った場合に行き過ぎた信者による被害者への誹謗中傷を避けるため、普通は重い守秘義務が課せられると先日のヒーロー情報学でも習ったばかりだ。炭谷の今日の話は、緑谷の発言がなければ特定は免れたはずだ。先走った彼奴に責任がある。それに、現に、信者による被害者特定が行われ、制裁などと宣って起こった事件も少なからず存在している。
――ぴくりと眉が動く。あの記者の言動は聞き取れなかったが、もしも仮に彼がグランファの信者だったとして、被害者を特定できていたとして、グランファの事件の話を引き合いに出していたとしたら。記者の男の真意が図れるまでは、名前は要監督対象になるはずだ。
最近A組に放課後顔を出すようになっていたのは知っていた。切島と上鳴もそんな話をしていたと思う。クソほど興味もなかった。ただ、泣き腫らした顔をマスクで隠していたのに気づいてしまった。腫れているのが目元だというのに、口元を隠したところで余計に視線が目に集まるだけだ。
――仮定の話だ。大体、こんなにも思考を巡らすほどの義理もない。それでも、知らないふりはできなかった。
新規メッセージを知らせる音が鳴った。
爆豪はベッドから身を起こして、携帯を掴んで部屋を出ていった。



*     *     *



埃っぽいかびた臭いが鼻を衝く。空気はひどく冷えていて、コンクリートらしき地面は体温を奪っていくようだった。
視界は暗い。目に何か布のようなものが巻かれていて、僅かな隙間から覗く光が弱いことから、今が夜も近いことを知った。


「ああ、起きたか」


少し離れた前方から、男の声がした。金属製の何かに腰を掛けていたのか、男の身動ぎする音は甲高い。声の反響からして、この場所が少し開けたような、もしくは天井の高い空間であることを認識する。
心臓の音が速い。その音で鼓膜が破れそうな気さえする。落ち着け。目が見えなくても、分かる情報を集めて、そして――。


「今日久しぶりに、彼に会ったようだね」


唇が震えて、声が出なかった。


「彼は衰えても尚、斯様に素晴らしいというのに……。君は相も変わらず、態度を改めない」


静かな怒り。この声は、聴いた覚えがあった。


「少しだけ、私と話そう。ゆっくりと、ね」

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