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一瞬の閃光。豪快な爆破音。吹きあがる炎。飛び散る火の粉。
消えていく熱さ。短い呻き声。衝突音。
眩んだ眼が慣れた頃には、目の前に男はいなかった。


「――ッか、ごほっゲホゲホ、!」


酷くしゃがれた声だ。吸い込む空気が痛い。何度も何度も咳き込んで、息が吸えない。
痛いのも苦しいのも、もういっぱいいっぱいだ。薄い空気の所為でぼうっとした頭が、最後に彼の後姿を捉えてぷつりと切れた。



*     *     *



長い夢を見ていた。
私が生まれていなかったらどうなっていただろうと、そんな世界を漂う夢だ。出久は私の個性を授かって生まれてきて、爆豪とは似たような個性で喧嘩をしながらも無個性を馬鹿にして捩れていった今のような関係性ではなく、二人ともオールマイトを追いかけながら大きくなっていく。死ねばいいなんてひどい言葉を吐き捨てられもせず、そうして、雄英高校に入学して、惨い怪我もしないで、体育祭で二番を取って爆豪の一番を悔しそうに誇らしげに見ていて、そうして隣に誰かを連れ添って生きていくのだ。
グランファは緑谷家とは関係のない別のところで活躍していきながら、ビルボードチャートの十位内入りを果たして、事務所を大きくして、多くのサイドキックと共に救助活動に勤しんでいる。

皆が、幸せそうだった。
私のいなかった世界はきっと、こんなふうに幸せになる未来もあったんだ。
彼の言うとおりだ。私さえいなければ、きっと、もっとうまくいっていたんだ。

――もう、ヒーローは諦めてくれと医者から言われたその日、私はグランファの部屋の前にいた。彼は呆然と天井を見つめていて、その目から零れる幾筋もの涙を、私は見ていた。
傷は痛かっただろう。内臓を捻り潰すような一撃で、とめどない血がワンピースを真っ赤に染めていた。大丈夫だよと笑うグランファのどこが大丈夫なんだと。名前の傷が小さくなり消えていく様を見ながら、ああよかったと笑う顔のどこが良かったなんて言っているのだ。
ヒーローは、嘘ばかりだ。痛いのに痛いと言えない。私の事が憎いだろうに本音も言えない。誰かのために負った傷を勲章だと誇らなければならない。誰かを守って命を落としたら名誉だと称えられる。
そんなの、あんまりだ。
いや、どうだろう。本当に彼らは痛くないのかもしれないし、憎くもないのかもしれないし、勲章だと誇っているのかもしれないし、名誉あることだと笑っているのかもしれない。
勝手に決めつけて勝手に嫌いになって。そのくせ頑張れと応援している矛盾が馬鹿みたいだ。
そのくせ、彼のもとに通うことが楽しかったなんて。

私がいなければ、痛くないよと嘘を吐かせることもなかったのにと、彼と言葉を交わす楽しさが、鉛のように沈んていったのだ。



*     *     *



音がする。雫がゆっくり、一滴ずつ落ちる音。呼吸の音。
左手を撫でた柔らかな温かさ。出久よりも温かくて、陽だまりに似た熱。それがふっと離れて行って、ようやく、瞼が動いた。
白い天井だ。朝の日差しは薄いカーテンに遮られながらも、眩しかった。
吸い込んだ空気は違和感があるが、苦しくはなかった。動く気にもなれない程のだるさが身体をベッドに縫い留めている。眼球をぐるりと目の際を縁取るように動かしても、そこには誰もいなかった。
空調の音ばかりが響いている。それから、窓の外の囀り、誰かの笑い声。そして、足音と、ゴムタイヤのこすれる音。


コン、コン。


ノックの振動に合わせて、ドアが揺れた。間違いなくこの部屋の入室を願っている。言葉を吐き出そうとすると喉が痛んで、ドアの向こうにまで届く声は出なかった。ノックをした誰かも、目を覚ましていないと思ったのか、ゆっくりと中を窺うようにドアが開いた。


「入るよ――っ名前、よかった、目が覚めたんだね…!」


ビニール袋を提げた出久がそこにはいた。それから、彼はドアをスライドさせて、その奥にいる彼を部屋に通した。
――ふいに、先程まで見ていた夢を思い出した。彼は車椅子を使わなくてもどこまでも歩いて行ける。苦手な甘いものを取らなくても困ることはない。朗らかに笑う顔が、痩せこけることもなかっただろう。
込み上げてくるものは、なんといえばよかっただろうか。目の縁からぼろぼろと零れる冷たさが、熱ぼったい頬を冷ましていくようだった。


「名前、無事でよかった」


彼は――炭谷は、車椅子でベッドの脇にまで近寄ると、少しだけ笑って、それから顔を伏せた。


「…すまなかった。君を、二度も危険な目に遭わせてしまった。今回の犯人のことも聞いたが、全て、私のあの日の落ち度だ…すまなかった」


彼は、深く頭を下げていた。
後ろに立っていた出久は口を挟まないと決めたのか、荷物だけサイドテーブルに置いて黙り込んでいる。
乾いた唇が動かすと痛い。何度も口の中で言葉を作っては飲み込む。喉の奥に詰め込んだ言葉の代わりに、涙が溢れてくるのを、止めることはできなかった。


「ち、が、くて、」


彼は少し頭を上げると、細くて小さな瞳で名前を捉え続けている。
口の中が渇いていく。言いたい言葉は、どれだろうか。
見えない箱の中を手探りで探して、掴んだものは全て彼を傷つけてしまう気がした。ここで何かを重ねても、彼はまた無理に笑ってそんなことないよと、そういわせてしまうだけの言葉に過ぎないのではないだろうか。お前の所為だと責められるいわれが彼には毛頭なく、寧ろ何故、彼が全てを背負い込んで謝らなければならないのだろう。救けを呼んだのは名前で、彼を蝕んでいるのも名前だというのに。
声にもならない言葉を磨り潰していれば、出久がぽつりと、話した。


「名前、きっと、ずっと勘違いしてるんだと思うんだ」

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