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テレビの音が、聞こえた。キャスターの忙しない声がやけに耳障りで、足先がひどく重たく気持ちの悪い感覚に苛立つ。苛立って、はっとした。


「おはよう、爆豪勝己君」
「…ッてめぇらは…!」


薄暗くじめじめとした室内に、USJで見た敵、死柄木弔を中心に男が三人。カウンター側に女一人と靄モブ、反対の壁に凭れる男が二人。手足の自由は利かず、上体も椅子に縫い留められた最悪の状況で目を覚ました。
スチールチェアに腰かける死柄木はカウンターに肘をつきながら、こちらを伺うような目を向けている。顔面に張り付いた大きな手の指の隙間から覗く赤の瞳が気色が悪い。


「気分はどうだ」
「最悪に決まってんだろォがよォ…!!」
「相変わらず威勢がいいな」


くっと笑った彼の背中にあるテレビに視線を映す。左上に映る時間は朝の十時。あれから何日が経ったか分からないが、テレビで放送されている声から二日前というワードを拾い上げる。おそらく、あの合宿で起こったことはテレビで取り沙汰されるほどの混乱を招いたようだった。ヒーロー育成校が敵に、それも一度だけでなく何度も襲撃をされ、あまつさえ爆豪が今ここにいる。世間の話題の格好の的だろう。
状況を探る目が気に食わなかったのか、黒霧と名を呼んだあと、その男はリモコンを操作して画面を暗くした。一気に音がなくなった室内は異様な空気を醸し出していて、生唾を飲み込む。


「まあそんなにぎらつくなよ」


カウンターに置いてあるグラスの中で、氷が音を立てて溶けた。
――あれだけ暴れまわった挙句、収穫は爆豪一人だけ。当初の狙いも爆豪ただ一人だったようで、現在置かされているこの状況から考えるに、恐らくは殺すかどうかを判断している時ではないのだろう。見定めたいのは使えるかどうか、というところだ。大半の個性が割れていない以上、こちらの手足の自由もない間は迂闊に言葉を重ねない方がいい。舌の上で溜まった罵詈雑言を一旦飲み下して、何が目的だと努めて冷静を装った。


「いいなァそういう気概。じゃあ早速だが、ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」
「――寝言は寝て死ね!」


思わず飲み下せなかった一言があふれ出した。苛立ちはすでに最高潮で、今すぐにでも爆破させたい両手が疼いている。


「おいおい随分生意気なクソガキだな! いいなお前!」


黒のマスクに覆われた男は右手で親指を立てておきながら、左手は真逆のジャスチャーをしていた。継ぎ接ぎの男がむかつくガキだとかボヤついてはいるが、手を出してはこない。つまりはやはり、そういうことらしい。


「答えを急かすのはよくないよな。ゆっくり考えておいてくれよ」


まあ、ゆっくり考えている間に一人死ぬかもだけど。
そういって、死柄木は爆豪の足元を指さした。上半身を固定されながらもできる限り左に体側を捩って椅子の後ろを見やれば、足が見えた。白い足だ。相反する赤い靴が目に飛び込んでくる。それしか分からない。ただ、彼らの言い分からすれば知っている顔の奴のはずだ。A組かB組か。肉付きからして男ではない。女子の数は多くはないが思い出せるほど彼女たちに興味を向けた試しがない。ただ、赤い靴だけが、やけに記憶の隅で攫われる直前目の前で別れた奴を思い起こさせた。
床に放り出された足はぴくりとも動かない。上半身を椅子にもたれているのか、これ以上は身体が動かずに顔を伺うことすらかなわなかった。


「おい!」


返事はない。気を失っているのか、もしくは死柄木の挑発通りの容体なのか、分からない。前方に顔を戻すと、ただ癇に障る笑みを浮かべている死柄木がいるばかりで、無性に腹が立った。


「後ろにいんのは誰なんだよ」
「そいつも一緒にスカウトしてたけど、ちょっと前に決裂したから俺たちには死んでたってどうでもいい。そうさせない賢明な判断ってやつを、期待してるよ」


それだけ言い残すと、靄モブ――黒霧と仮面の男を残して全員がいなくなった。
二人の雑談が時折挟まれる以外は無音ばかりだ。しかも本当に下さらない雑談すぎてクソほど役に立たない。それらしい話の一つでもしてくれればいいものを、と始終思考を張り巡らせていた。
後ろにいる誰かは変わらずうめき声を少しも上げない。おそらく雄英高校の生徒で、女で、爆豪の知る誰か。彼らにスカウトされたということは、戦力だけではなく社会やヒーローに対する何かを抱えているはずだ。爆豪がここに呼ばれた理由など知りたくもないが、オールマイトを殺す目的を掲げている以上は何かが彼らのお眼鏡にかなったというわけだ。爆豪はオールマイトに憧れている。それ以外はいらないのだ。まったくもって何故スカウトできると考えられたのか理解できない。
音のない空間が耐え難かったのか、仮面の男はテレビを点けた。チャンネルをいくつか変えながら、最終的にワイドショーに落ち着く。テロップに名門ヒーロー育成校の醜態と流れていた。


「向こうは何か動いたのか?」
「いえ、今のところは」
「合宿に関係ないところでもう一人いなくなってるなんて、まあ拍車をかけて話題にもなるよな」


せせら笑うような声に、赤い靴が目に浮かんだ。
昔から、彼奴らは気持ちが悪いほどに好きなものが酷似していた。食べ物も、飲み物も、持ち物の雰囲気も、――色も。


『――今回の襲撃は平和の象徴オールマイトが教鞭をとっていた、ヒーロー科の強化合宿の最中ということで、生徒に多数の重軽症者を出した上、ヒーロー科の生徒一人が現在も行方不明のままです』
『同時期に同じく別の雄英高校の生徒も現在足取りがつかめていないままとなっていますが、やはり関係があるのでしょうか』
『よもや雄英高校の生徒というだけでこのような敵犯罪の標的にされるなんて』
『雄英生を無差別にとは言い難いのでは。現に行方不明となっているかの生徒も、ヒーロー科に兄妹がいるではありませんか。やはり雄英高校ヒーロー科に固執していることに変わりはないでしょう――』


――ヒーロー科ではないもう一人の誰か。身体をひねる。赤い靴しか、見えないのだ。


「名前!」


賢明な判断ってやつを。
死柄木の声が、耳にへばりついている。

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