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出久は、高熱と激しい痛みに二日間魘されたのちに目を覚ました。ひたすらに目の前で助けられなかった爆豪の夢を見ながら、どうしてかそこには名前もいた。救けてとも声に出さないで、それでも泣いている姿が目を覚ました後も焼き付いていて離れない。
彼女が夢で現れた理由は、轟が教えてくれた。


「…緑谷の双子も、いなくなったそうだ」


誰もが言い淀み言葉にすることを躊躇っていたようで、全員の視線が轟に向いた。言わないなんて選択はねえだろ、と次いで零した言葉に、芦戸がそうだけどと出久を見やる。
――だから、彼女は泣いていたのだろう。爆豪の後ろで、ずっと、救けても言えないまま。
オールマイトに出会ったことで、出久は変わった。おそらくその先に歩んでいたのだろう道から、大幅にずれて今ここに帰結している。そこに後悔なんてあるはずがなかった。だというのに。彼女が攫われた理由など恐らくひとつだ。緑谷出久の、家族だから。調べれば先の記者のようにあの事件のこともすぐにわかることだろう。何よりヒーローを嫌っていた一面だってある。出久が死柄木の優先殺害リストに入っていたというからには、そんな一端のある名前なんていい的だったのかもしれない。


「まだ今回の件と関りがあるかは分かってねえ。けど、同じ時間にいなくなってるんだ。どう考えたって、爆豪と一緒に、お前の家族もいる」


いる。絶対に、そこにいる。
救けなければいけなかったのにそうできなかった爆豪も、合宿にはいなかった名前も、もう手には届かない場所にいる。二人が同じ場所にいるなんて、わかっているのに。


「――俺と轟、昨日も来ててよ。八百万が話してるとこ聞いたんだ。そしたら、あの時敵に発信機を取り付けたって」


受信デバイスを八百万に創ってもらえれば、それを辿って爆豪たちのもとに救けに行ける。そう言ってのけた切島に、路地裏でともにステインと戦った飯田が焦燥と怒りを含んだ顔でプロと警察に任せるべき案件だと声を荒げた。彼の言い分は正しい。ただのヒーロー科一生徒が何かをしていい枠を大きく超えている。分かる。切島の何もできなかったと押し潰された声も、分かる。
名前は、今もきっと泣いている。


「なァ緑谷!! まだ手は届くんだよ!」


――ヒーローだって、誰だって、死なないわけじゃないんだよ。無茶しないでね。怪我しないでね。
名前の言葉に、いつだってもう無茶はしないからと、返していた。この腕は、あと数回も同じような事態を繰り返せば使い物にならなくなる。
勲章なんかじゃないからね。怪我を厭わないヒーローは嫌いだと笑った名前が、歪な腕を見てそういった。
――同じくらい、そう思う。彼女の首の火傷痕はまだ消えてくれない。肩が出る服はもう着れないねと言った痕は一生ついて回っていく。もう、これ以上負わなくていい傷は負ってほしくない。これは、名前の気持ちと同じだ。
無関係になりたくないと、そういってくれたことが嬉しかった。これは、無関係にはなれないのだと、逆手に取られて笑っている。そうならなおさら、やるべきことは決まっているはずだ。
名前。同じ胎の中で、生まれてからずっと隣にいて、それはこれからだって変わらない。大切な、ただ一人の兄妹。



   *     *     *



どれほどの時間が経っただろうか。あれから何度か名前を呼びかけてはいるが、一向に声が返ってくる様子はなかった。道端に落ちていた障子の腕が頭をよぎる。彼らはそうすることに躊躇がない。後ろで見えない彼女の五体のすべてが満足である保証など、どこにもないのだ。
頑丈な拘束が解けるはずもなく、ましてや交代制で目の前にいる面子が変わろうと必ず黒霧はいる。ワープが使える彼がいれば、逃げ場などどこにもないように思えた。
集合時間にでもなったのか、次第にこの部屋の密度が増していく。全員が揃った頃、徐に死柄木がテレビを点けた。画面には、雄英高校の校長に相澤、そしてブラドキングがスーツを身にまとって並んでいる姿が映し出されていた。謹んでお詫び申し上げます、などと相澤の低い声が流れ、記者の質問が始まった。やけに攻撃的な記者の声が耳に障る。


「それで、考えはまとまったか?」


死柄木はテレビに向けていた姿勢をくるりと反転させて、こちらを射抜く。カウンターに置かれた肘は気だるげで、指の隙間から覗く目は変わらずに歪んでいた。


「…ハッ、結局てめェらは何がしてーんだよ」
「何が、ねえ…」


テレビの音声が沈黙の合間を縫っていく。責め立てられる言動に、死柄木が耐え切れずといった風に笑い始めた。


「おいおい聞いたか? かわいそうに、誰だってミスの一つや二つあるだろ? ヒーローは常に完璧でいろって? 随分堅っ苦しいなァ現代ヒーローってやつは!」


トカゲに似た男は、守るという行為に対価が発生したことで英雄は潰えたのだと言う。どうやらステイン信者のようだった。とうとうと長ったらしく語り始めた死柄木は、テレビの音声に時折嘲笑を含ませる。


「俺たちの戦いは"問い"。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう! 俺たちは勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろ」


詭弁だ。無作為に他人を攻撃しておいて吐ける言葉であるわけがない。
荼毘と呼ばれた継ぎ接ぎの男に拘束を外すよう指示を飛ばし、嫌がった彼は次いでトゥワイスという覆面の男に事を投げた。彼は滅裂な言葉を吐きながら、鍵を受け取って鍵穴を探り始める。


「どうせこいつ暴れるぞ」
「対等に扱わなきゃな。それに、この状況で暴れて勝てるかどうか、分からない男じゃないだろ。雄英生」


ちらりと死柄木の視線が爆豪の背後を見やった。
多対一だけではなく、名前がいることを含めたこの状況、というわけだ。


「強引な手段だったことは謝るよ…けどな、我々は悪事と呼ばれる行為にただいそしむただの暴徒じゃねぇのをわかってくれ」


笑わせる。
がちゃりと、解錠される音。トゥワイスの背後でふらりと死柄木が立ち上がる。一歩一歩と近づいてくる彼。背後にいる名前。


「ここにいる者、事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ…苦しんだ。君ならそれを――」


手が届く射程内に入った。足元のトゥワイスを蹴り飛ばし、死柄木の顔面目掛けて爆破を仕掛ける。後退った足と、顔面の手が吹き飛んだ。


「死柄木!」
「おい名前!」


座面を転がせれば、背を持たれていた名前の身体が倒れこむ。床に頭を打ち付ける寸でに受け止めて、ばりばりとした髪の感触に肌が粟立った。
右側頭部から頬、首筋にかけて流れる赤はすでに固まっている。肩口にまで染まった赤は相当な出血を窺わせ、この薄暗い照明でも分かるほどの青白さに明確な死を連想させた。か細い呼吸は続いている。二度目の呼びかけに、瞼が動いた。


「――ッ黙って聞いてりゃダラッダラとよォ…馬鹿は要約出来ねーから話が長ぇ! 要は「嫌がらせしてぇから仲間になってください」だろォ!?」


掌が熱い。腹の奥からざわりとした熱が這い上がってくる。
――頭を強く打っているのであれば、不用意に抱えることは得策ではない。彼女を床に下ろして、ゆっくりと立ち上がる。立ち込める煙にまかれながら、睨み上げた。


「無駄だよ。俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた。誰に何を言われたって、そこァ絶対に曲がらねえ」


二日前、ほぼ同時にこの場に攫われたとして最悪二日間、最低でも爆豪が目を覚ましてこの一日、彼女はあのままだった。頭の裂傷が見えていた。血は固まっているがなんの手当もされていない。とりあえず、二、三人殺してから退路を確保するかと、腹の底に沈む熱に笑った。

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