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周りは凄惨な状況で、オールマイトはボロボロの体躯を引きずって、それでも、腕を高々と突き上げた。こうして、長い夜が明けた。
興奮冷めやらぬ周囲の群れに押し合いされながらも、駅前はようやく流れを作り始めていた。
未だに画面を見上げている爆豪は、モニターに映る救助活動に当たるヒーローたちを見ているわけではないのだろう。
そろりと見やってしまえば、彼は瞬きを一つした後、声を落とした。


「――今、動く」
「爆豪、行こうぜ。名前も、すぐ連れてかねえと」
「ああ」


切島の声に漸くモニターから目を離して、流れに従って進み始めた。そうは言っても大して動けるような状況でもなく、意識は自然とモニターのほうを向いていた。
どうやらメイデンに収容されているようで、横目にぼんやりとその様子を見ていた。すると、画面の端に映っていたオールマイトがふいにこちらにむけて指をさした。


『――次は、君だ』


――それは、まだ見ぬ敵への警鐘だったのかもしれない。
活動限界を超えて戦いきったオールマイトの個性は、出久に授けられている。その事実を知っているからなのか、出久が、次の平和の象徴になるべきだと、そう聞こえてしまった。


「……いず、」


爆豪の肩口に額を埋める。
貴方がいれば、貴方がいないと、貴方だから。そう言われるのは誉なのだろう。出久の家族である以上、彼がこれから向き合っていかなければならないものと無関係ではいたくない。たった一人で背負ってほしくはない。どんな命も、傷も、思いも。けれど、オールマイトのようになっていくというのなら、いつかそんな関係性にも限界は来てしまうのだろうか。名前には背負えないものばかりが増えていって、こうやって画面越しに見ているだけに、なってしまわないだろうか。及びもしない程遠くに行ってしまったら。
――痛い。涙が止まらない。苦しくて、息が詰まる。
それは、爆豪も同じなのだろうか。彼もヒーローになっていったら、同じように傷を負っても平気な顔をして生きていくのだろうか。弱音は吐かない人だ。二人とも、そういう人だ。そんなの、いつか限界がきてしまう。



   *     *     *



そうして、爆豪は警察に、名前は病院に、出久達は帰路に着いた。彼女は処置と検査を終えたら実家に近い病院に搬送されるようで、今は結果も含めて待つばかりだった。
お昼頃に家に着くなり、母は何も深くは聞かなかった。名前のことは早朝に電話があったようで、以前の入院セットを引っ張り出していた。


「…オールマイト、大変だったみたいね」
「…うん。名前は、病院の方は電話で何か言ってた?」
「頭の傷を縫うのと、あとMRIとかして中の様子を見ないとって。検査結果は夕方頃に連絡があるから、それまでは待っててって」


――女の子なのに、最近怪我ばっかりね。
母の苦笑いがこぼれて、カバンに服を詰めていた手を止めた。


「……出久、名前のこと、守ってあげてね」


頷いた。
それ以外、言葉は継げなかったのだ。

自室のベッドに沈むなり、夜通しの緊張感が抜けたのか眠るつもりはなかったというのにいつの間にかすっかり寝入ってしまっていた。
手に握りしめていた携帯が震えていて、画面にはオールマイトの名前が映し出されていた。
一気に目が覚めて通話ボタンを押すと、彼は海浜公園に来てくれと告げるなり通話を切ってしまった。怒って、いるのだろう。勝手なことをしたと思っている。褒められるものではなく、褒められたいとも思っていない。携帯をポケットに突っ込んで、玄関を飛び出した。
寝起きの身体はいつもより重だるく、肩で息を切らしながら浜辺へと降りれば、そこにはアームレストをつけたオールマイトの姿があった。


「遅いよもー…――Texas smash!」
「ぐへ!」


出会い頭に左ストレートが頬を弾いた。今までで一番、弱弱しかった。


「君ってやつは、本当に言われた事を守らない!! 全て無に帰るところだったんだぞ」


だらりと垂れた腕には包帯が巻かれていて、痛々しかった。彼はそんな両手を眺めながら、事実上の引退だと告げた。マッスルフォームも数回拳を突き出しただけで、血を吐いて元の姿に戻ってしまう。
そうだというのに、彼の鋭い眼光が浜辺に座り込む出久を見下ろした。


「何度言われても飛び出して行ってしまうし! 何度言っても身体を壊し続けるし! だから今回…」


失望されるかもしれない。けれど、どんなことでも、オールマイトに言われたことは間違いではなかった。
ぎゅうと目を瞑ってしまえば、ふわりと、頭を抱えられた。


「――君が初めて怪我せず窮地を脱したこと、すごく嬉しい。これから私は君の育成に専念していく。この調子で、頑張ろうな」
「オール、マイト…っは、い…」


頷いた声が、少しだけ、迷っていた。
オールマイトはそれに気が付いて、言い淀んだ後に眉根を寄せた。


「…名前君のこと、学校にも連絡が来てね。手術が終わり次第こちらの病院に移るそうだ。血腫は取り除けば問題なく、一週間もしないで家に帰って来られると聞いたよ」


――なんと、言えばいいのだろう。
名前が攫われた真意のほどは分からない。けれど、理由の一つに出久が双子にいたことは、全くの無関係であるはずはない。


「……名前に、合宿に行く前に言われたんです。無関係でいたくないって。あの個性があってもヒーローになるわけじゃないから、そういう力にはなれないけど、できることを頑張るって。あんなにヒーローとか個性のこととか、色々あった名前がそう言ってくれたのが嬉しかった。でも、」


無関係ではないから、こういう事態になったのだとしたら、それはなんていう皮肉なのだろう。
続ける言葉を探して、息が漏れる。
でも、なんだろう。こうなるのなら、やはり無関係でいてくれた方がよかったのだろうか。いや、そんなものはできるはずもない。関わり合いを断つことなど無理だ。
オールマイトは膝に手を当てて立ち上がると、静かに波打つ海を見た。


「…ヒーローを続けているとね、思うときがある。誰かからも憎まれないことはあり得ないだろう。もしかしたら、その悪意が自分でない者に向けられてしまうかもしれないと」


今の君と同じかもしれないな。
そういって彼は苦く微笑むと、海を背にこちらに向き直す。


「その者も含めて救けるのだと言葉で言ってしまうことは簡単だ。…現実は難しい。だが、そうしなければならない。可能性に気付いているのならば、尚の事。……幸いなことに、彼女の個性は強い。個性訓練、もっと自衛の面を伸ばせるように話し合ってもいいのかもしれないな」


あくまでこれは彼女に頼った結果論になってしまうけどな。
――手の届かないところにいる者は救えない。オールマイトは以前そう言っていた。今回のように、名前がどこにいるのかも分からないような状態になったとき、彼女を守ることができるのは彼女自身だけだ。それは、方法の一つとして確かにある。


「君が思っていることは、私が聞いて考えても恐らく解決しないだろう。よく話をしてほしい。折角の兄妹だ」


鈍い痛みが、腹の奥から胸の裏側まで這いずっていた。

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