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始業式から早くも週末、出久は朝から電車で一時間程度のところにある事務所でインターンというものを始めるそうだ。山梨での活動よりもさらに仮免許を得ていることで、半人前ヒーローとして活動に参加できる幅が格段に増える。個性は腕を酷使しないように足をメインに据えたシュートスタイルを身に着けているようで、また少しずつ、変わっていた。
週明け、相澤は近頃本職のほうがごたついているようで、当面の間は個性を使用した訓練はできずにいた。
「…っは、ほんと、っはぁ、迷子に、なりそう…!」
心操との自主練習では、状況に適応した身体作りと索敵能力の向上を目的に続けていた。
個性を使用しなければ、基本的に施設使用許可の申請さえ提出するだけで運動場はいつでも開放されている。今日も先週同様、運動場γで端から端までのタイムアタックを既に片手分の往復を終えていた。片道が一キロ強。さらに配管や足場の悪さに常に思考を絶やすことなく、身体強化に最適な環境を作っている。そして、
「緑谷、発見! 速ヤカニ停止セヨ!」
「ま、また私…!」
一往復を十八分以内。それを敷地内に放たれた十機の小型ロボットから見つからずに、だ。足場の太い配管を跨いだところで、前方の階段から奇抜な色のロボットがおりてくる。
「懸垂十回早クシロ」
「しかもまた懸垂…せめて下半身メニューとローテーションしてください…」
「プログラムニ無イタメ申立テ却下スル」
手近な柵にぶら下がり、辛うじて頭が上下する程度の懸垂を十回こなして地面に倒れこんだ。
『――緑谷さん今どこ?』
無線イヤホンから心操の、少しばかり息の上がった声が響く。
「多分…丁度真ん中…」
『あと二分だけど、頑張れ』
「二分…!!」
ふらつく足を叱咤して、腰ほどの高さの配管を飛び越える。着地した先がロボットにやられたトラップゾーンで、緑のスライムに足を取られてそのままコンクリートの地面に滑り込んだ。ぼにょんと奇妙な柔らかさのスライムが後頭部を受け止めて、無情にも心操のあと一分という声が落ちた。
ゴールの待機場に這いつくばるように辿り着くなり、保冷バックからスポーツ飲料の入ったペットボトルを投げて寄越される。開ける気力もなく、仰向けに寝転がった。
「…索敵能力皆無…」
「緑谷さん前半はいいけど、後半になるにつれて顕著だよね」
ということは体力不足が課題ということだ。
――もしもロボットが生身の人間だったなら。緑谷はそういう状況を想定しながら走れよ。
先週の始業式の翌日きりであった相澤との特訓は、この状況に個性使用が許されていた。敵との交戦でみせたように、自分の炎を操ることに加えて安定した出力を出せること。今後の課題の達成目標はそこにあったが、そもそも個性が使えないのでは難しい。もどかしさもありながら、大前提に見つからないように行動するということも大切だ。通常、個性使用は許されていないのだ。
「明後日はグラウンドβだって」
「…すぐ見つかりそう」
地面に座り込みながら喉に水分を流し込む心操は、肩に乗せていた捕縛布を下ろして立ち上がった。
「緑谷さんもさ、なんか、移動サポートのアイテム考えればいいんじゃない?」
「アイテム…?」
「日常生活でも支障なさそうな…て、普通科に創ってくれるかは定かじゃないけど」
捕縛布の扱い方については、あれ以来何も聞いていない。確かに、あの日焦っていた。相澤はヒーローだから常に捕縛布を携帯しているが、名前のような一般市民がそういうわけにはいかないだろう。そういう手間を考えれば、もっと別の何かを活かすべきだとも思えた。だから、もう名前も言わない。心操もとくに気にしていないようだった。
アイテムとなるとサポート科になるが、果たしてヒーロー科でもないのにアイテムという手段を考慮に入れていいものか、曖昧な返事しか出てこなかった。
翌々日、相澤から言付かっているというミッドナイトがグラウンドβにやってきた。
「え、個性使ってもいいんですか?」
「時期的にね、心操君も個性伸ばし頑張らないといけないし、緑谷さんも課題多いでしょう? 心操君のほうは、エクトプラズム先生が見てくれてるわ」
グラウンドβの反対側にいた心操の繋ぎっぱなしの無線から、エクトプラズムと呼ばれた教師の声が入ってくる。なんでも、広範囲多人数に対する個性使用の限界を伸ばしたいそうで、それを可能にする彼の個性は分身だそうだ。ボタンを押して通話を切り、ポケットにしまい込む。
「ミッドナイト先生は…どういった、個性なんですか?」
「あら、知らなかった? 私は肌から睡眠作用のある香りを出すの。女の子の効きは弱いんだけど、緑谷さんにもしもがあれば使わせてもらうわね」
夏休みに入る直前の特訓では、相澤に個性を消された数はそこまで多くない。ただ、二学期からは火力調整と炎のコントロールが課題だ。個性を放出するだけの一学期とはまた異なる。
お願いします、と頭を下げれば、頑張ってねと頭を撫でられた。――同性でも少し、というか大分、目のやり場に困る。体育祭でも感じていたけれど、目の前にすると余計にだ。個性の関係上仕様がないのだろうが。
持ち上げた顔は、何となく締まりのない顔をしていたかもしれない。
――時間は有限だ。相澤の声に、叱られそうな気がした。
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