66.5
ハイツアライアンスは構造上、玄関を背にして左手側の前面がガラス張りのおかげで、よく見える。
「…ああいうの見ると、やっぱ兄妹っていいよなあ」
放課後、インターンから帰ってきた出久、切島、麗日、蛙吹の四人が何かを隠していることは明白だった。ヒーローは往々にして行く先々の事件について緘口令が敷かれる場合が大半だ。全員が分かっているからこそ何も聞かずに、いつも通りの日々を繰り返している。
ただ、蛙吹はまだしも他の三人、とくに出久に関してはすぐ顔に出る。無自覚かどうか知りたくもないが、腹立たしいほどに顔に出る。大方今日のインターンはそれほどに重圧の高いものだったのだろう。
眉間に皺が寄る。仮免の講習を受けている課題点の理解は、しているがこれは別物の苛立ちだ。
上鳴がソファにだるそうに腰かけながら、窓の外の二人を見ていた。へらと笑った似たような顔を浮かべる名前はジャージを着ている。名前も名前で、ここ暫く何かをしているようだった。
「俺姉ちゃん派」
「いやそこはやっぱり妹じゃね」
「上鳴は姉貴に尻敷かれてそうだわ!」
瀬呂と上鳴がくだらない話を始めたので携帯に目を落としていれば、隣に座っていた上鳴が心底面倒くさい話題を振ってくる。
「爆豪は姉ちゃんと妹っぽそうだよなあ。つーか名前ちゃん?」
「ああ゛? ザけんな気色悪ィ」
何が面白くて他人の妹がと考えられるか。第一要らない。
充電のUSBを上鳴に投げつければ、引き下がりながらもまだその話を続けようとしてきた。青筋立って行く爆豪に切島がまあ落ち着けよと、狭苦しいソファだというのに上鳴と爆豪の間に埋まるように腰を下ろす。
「ンでここ来んだよ!」
「けどよ、正直あんな心配されっと、身動き取り辛そうだよな、緑谷」
二人が玄関で話していた内容を、好奇心旺盛な上鳴たちが無視を決め込むはずがない。ドアの隙間から窺うように聞いていたのに気づいてはいたが、わざわざそれを指摘するのも面倒でどうでもよかった。ただ、言葉の節々にオールマイトとの関係を匂わす、いやむしろ言いかけそうになって言葉を濁している場面が多すぎた。これでは自分が何のために秘密にすると約束したのか分からない。不用心すぎる。そういうところがあの双子は緩い。
――恐らく、名前はオールマイト引退のあの戦闘を彼奴に重ねている。だからこそああして不安がるのだろう。
上鳴の放電により充電ゲージが溜まっていく。
「彼奴らは、あんくらいが丁度いーんだろ」
出久は中学三年のヘドロ事件の頃から、オールマイトに目をかけられていたという。入試の直前に個性を譲渡され、肉体が超パワーに耐えられないがためにあの大怪我を繰り返していたそうだ。使うたびに骨が破壊され、指の骨格は歪んでいる。そういうのを、名前はどうせ何も言えずに泣いていたのだろう。爆豪には平手打ちするほどの激情を見せるというのに、双子のこととなると何故か黙り込んで笑うことを選ぶ。
玄関のドアが閉まる音がした。窓の外を見れば、名前が俯きながら帰っていくのが見える。
――また泣いてるんだろう。だからといって、爆豪にできることなど何もない。死ねばいいと嗤ったあの日から、名前は爆豪のことを嫌っている。それでも守ると決めたのは、いつも目の前で救けそびれるからだ。間に合わなくて、あんなふうに顔も知らない他人に指差されるような火傷の痕を残させて、乾いた血を溶かす涙をこぼさせた。シャツにすがりついた手は、たった一人でもあの敵達に囲まれた恐怖と戦っていたからだ。
ガチャリ。
控えめに肩でドアを開けた出久の左手には何かが入ったビニール袋、右手には小袋に入ったシュークリームを持っていた。
「かっちゃん、」
目の際がゆらゆらとしているままの出久は――渋々、といったような顔を浮かべて左手を突き出した。
「……名前が家庭科で作ったから、あげるって」
「うっわそういう学校イベントめっちゃ憧れてた…ッ!」
「わかるぞ上鳴…ッなのに相手は爆豪か…!」
「そりゃ俺らそこまで名前と関わりねーしよ」
「つーかさあずっと思ってたけど、なんで切島は呼び捨てなわけ? いいのか緑谷」
「俺はUSJの後とかわりと最初んときに喋ってたんだよ!」
隣で切島たちがわめいている言葉が左右から飛び交い合う。
うるせえと一蹴したところで黙るような彼らでもなく、声のトーンだけを落としながら続けられる会話の方が余計に腹が立った。
出久は手に持っていた袋をもう一度爆豪の方へ突き付けて、目をそらさずに言った。
「仮免講習、頑張れって」
――守ると決めたところで、仮免には落ちた。それでも出久の個性の話を聞いて、本当に中学の頃は無個性だった――彼奴は出久の個性に関しては一つも嘘を吐いていなかったことを知った。
救けてくれてありがとう、と階段で言われた言葉。ヒーローだねえ、と血まみれの顔で言われた言葉。
ふつふつと脳裏に浮かんでは消えていく。中学三年の春、閑散とした教室。焼け焦げたノートを窓から放ったあの日。
――ヒーローになんかなれるわけがない。
彼女の唇から積み重なる言葉のせいで、あの春の終わりに言われた言葉が、自分の中で思ったよりも気持ちの悪い感触を残していたことに気づいた。
「…緑谷のこの嫌そうな顔、俺初めて見たかも」
「あー」
「まあ、相手が爆豪じゃな。自分の兄妹と幼馴染って、想像したくなくね?」
「お前らさっきっからうるせェんだよ!! つうかんなもんこっちから願い下げだわクソが!!」
好き勝手に話を散らかしていく上鳴たちに、言いようのない苛立ちを覚えてソファから立ち上がる。両手をポケットに突っ込んで出久の隣をがつがつと通り過ぎようとすれば、彼がいきおい腕を掴んだ。
「離せや」
「かっちゃんのことも、同じくらい心配してるんだと思う」
んなもん要らねえ。
吐き出せばよかった。ただ、出久のこちらを見やる目に、何も言えなかった。
「…神野で、名前のこと守ってくれて、ありがとう」
苛々する。似たような顔をしているはずなのに、どこも同じでない表情をして同じことを吐く。
どこも守れてなどいない。頭の傷は縫ったらしい。頭蓋内に溜まった血腫に脳が圧迫されて、もう一度頭部に衝撃を食らっていれば危なかったと家庭訪問に来たオールマイトから聞いた。丸一日以上後ろにいて、敵から大して隙を作ることもできずにオールマイトが救けに来て、あの引退だ。そうして、仮免に落ちた。皮肉かよ。そう吐き捨てようとして、やめた。自分の感情の整理ができないほど、頭は悪くない。
こういう時に限って、上鳴たちは馬鹿騒ぎをやめる。
「…守れてねーだろ」
袋ごと掠めるように受け取って、リビングを後にした。
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