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雄英高校の緑化地区に植わる木々も色を変え、枯葉を踏みしめる季節がやってきた。ヒーロー科はインターンの継続が困難となり、出久をはじめインターンに出向していた彼らは毎週放課後は補習に明け暮れているそうだ。
あれから、日々は落ち着きを取り戻しつつある。死穢八斎會と繋がっていたと考えられる死柄木率いる敵連合はすっかりと鳴りを潜めたようだ。時折ネットニュースに続報が上がることもあるが、それほど大きな事件はなく、依然消息を断っているという文末が定型文となっていた。


「石炭をば早積み果てつ――」


隣で近代の文学を朗読するクラスメイトの声に、微睡んでいた意識が起こされる。
急遽入れ替わった代理のセメントスが席の隙間を縫って歩いている。近代文学となると、古典と違って朗読の時間が多くなるのだ。昼食後の五限目に、これはなかなかハードな授業だった。睡魔との格闘の成果は今のところ五分五分といったところだ。
あくびをかみ殺して、筋肉痛の絶えない腕を後ろに回して伸ばした。今日の放課後はホームルームの後に久し振りに相澤との特訓だった。
シャーペンを握り直して、朗読の声に合わせて文章を辿った。

――来月には文化祭が始まる。例年であれば親類縁者後輩先輩誰でも入校ができ、開催期間も二日間とあったのだが、今年はUSJを皮切りに様々なことが起き過ぎた。という言い方をしてしまうと爆豪同様に渦中の人であった名前だのに他人事のようになってしまうが、事実そういう事態も含めて、妥協案として関係者以外の立ち入り禁止と一日のみの開催、そして誤報であったとしても警報アラームが作動したらすぐさま撤収するということになった。今年は自粛になるかと思った、なんてひそひそと囁かれる言葉の端々に文化祭への期待とそうなった原因であるヒーロー科への不満がこぼれていた。全寮制に切り替わるにあたって親と揉めた人も少なくはない。しかも、外出の際は都度外出許可を申請しなければならないのだ。この七面倒な事態にわざわざ騒ぎ立てるほどの事でもないにしろ、言いようのない靄を皆抱えている。


「――それでは、C組の出し物は心霊迷宮ってことで、明日のホームルームは役割分担とかしていきたいと思います。結構大掛かりになりそうなので、寮に戻ってからまた話詰めていこう」


委員長の彼の言葉で解散となったホームルームに、沸き立つ声が弾ける。高校の文化祭といえば中学校の比ではなく、しかも雄英高校という環境もあって自由でいてそれでいて生徒自身のモチベーションのの高さゆえに上等の完成度が求められる。各自解散の時間になってもまだ出し物の話を続けている副委員長の席に近づけば、周りを囲んでいた三人の女子とともに振り向かれた。


「ごめんなさい、今日この後用事があって、話し合いに参加できなくて…。役割は埋まらなかったところにいれてもらえると。明日からちゃんと準備参加するね」
「――名前ちゃんって、心操君と付き合ってるの?」
「んえ?」


――心操がヒーロー科への編入届を提出していることはクラス全員が知っている。彼がこのクラスで誰よりも努力をしていることを知っていて、だからこそ、そこについて回る名前は異様だった。今までもそんな目線に気づいてはいたがそれは正当なものだと思っていて、それでも直接何かを言われたわけではないので黙っていた。


「つ、付き合ってない! そういうんじゃ全然!」
「なんかいつも一緒にやってるよね。――名前ちゃん、無個性なのに」


ガツン。振り抜いたバットに頭を殴られた。
彼女たちの言葉に、棘があるわけではない。純粋な疑問をぶつけられているだけだ。ただ少しの猜疑と不満を伴って。
ヒーロー科に編入するわけでもなく、個性があるわけでもなく、そうだというのに心操の特訓に付き合っている名前。
――無個性なのに。久し振りに言われた言葉に、あの頃とは違う衝撃が頭を揺さぶる。無個性だと言ってしまったあの五月の日から、クラスの中での名前のステータスはレアな無個性だ。弁解することもなく、そのままにしていた。無個性ではなかったのだと言うことで、まるで無個性であることが悪いものになってしまうような気がした。
――このままでは、心操にも迷惑が掛かってしまう。正しい努力を積み重ねる彼のもとに、"無個性の緑谷名前"がいることは、彼にとっての弊害になりうるのではないだろうか。思考が逸っていった瞬間、緑谷さんと入り口の方から声が弾けた。


「…俺先行ってる?」
「あ、い、今行く」


へらと、笑った。


「――ごめん、私、今やんなきゃいけないことがあって」
「……まあ、ヒーロー科だもんね、兄妹」


その言葉は、どう受け止めればよかっただろう。
ヒーロー科を目指す心操にとっては情報共有は大切だというものか、お騒がせヒーロー科だから許されるという意味なのか図りかねた。皮肉のような言葉遣いだったような気も、反対に妥当性のある納得した声音だった気もした。
――夏休みの騒動。攫われたのはA組の爆豪勝己と、恐らく緑谷名前だろう。そんな話はいまだに食堂や廊下で漂っている。
片割れがヒーロー科で、"あの火傷痕の子"。C組の中で誰も何も言わないのは、名前を被害者だと思っているからなのか、C組の腫れ物なのか、無色透明の、けれど明確な違和感が夏休み明けから残っている。


「…簡単な大工仕事とかできるから裏方でもいいし、お化け役も大丈夫」


ぎゅと握った拳を胸の前に掲げる。夜間に合ったら参加するねとそのまま投げかけて、心操の待つドアに駆け寄る。ジャージその他の一切を置いてきたことを指摘されて机に戻り、逃げるように廊下に出た。



恒例となった運動場γへの道のりは適度なランニングコースになっていた。


「…なんかあった?」


心操は走りつつ器用に捕縛布を首に巻き付けていて、横目でこちらを見やりながらそう言った。


「…クラスじゃ無個性になってるから、心操君と何してるの? って」


個性持ち同士の特訓であればまだ合点もつくのだろうが、片や無個性では確かに恋人か何かのカテゴリに当てはめるしかなくなったのだろう。想像はついたけれど、それをわざわざ心操に言う必要性というか、何となく憚れて簡潔に一文にまとめたらこうなった。案の定隈のひどい目をきょろきょろとさせて、解決しなかったのか疑問符を浮かべながら返事が返ってくる。


「個性関係あった? …それで、なんて返したの?」
「……今やんなきゃいけないことがって。――個性のこと、話したほうがいいのかな」


戸籍上の個性登録は七月の初めに申請が通った。出久が四月ごろに登録した個性とのギャップがあまりに大きく、行政機関でちょっとした審議になったそうだ。それはさておき、戸籍上も親しい人、自分自身の認識も、晴れて火を吹く個性となっていた。ただ、それを公にはしていない。知っているのは生徒ではA組と心操だけ。個性不明なのと無個性なのでは大きな差がある。それは、今までで思い知っている。
心操は眉根を寄せながら、「しなきゃいけないってことはないだろ」と唇を尖らせて言った。

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