壇上の幕が下ろされて、体育館から解散していく途中に相澤が出入口付近に立っている姿を見つけた。
近寄るなり、エリと同じ視線になるようしゃがみこんで楽しかったかと微笑んだ。頭を撫でてあげる仕草に、普段の相澤とは想像もつかない光景を垣間見て驚きが声に出ないように口を覆った。これはあとで心操にも伝えておこう。そのまま少しの間だけエリを相澤に任せて、二人から距離を取るようにして通形の袖を掴んで離れた。
「どうしたんだ?」
「あの、通形先輩に、聞きたいことが、あって」
――食堂で出久は、彼は個性を失くしたと言っていた。ずっと当たり前のように隣にいた個性。それを失くして、彼は現在仮ヒーローとして活動ができなくなってしまったために休学中であるとのことだった。
ずっと聞きたかった。個性を失くして、ヒーローとしても致命的になった彼と炭谷は同じだ。そして、個性がないことを望んでいた昔の名前。
ただ、どう言葉を選べば通形は傷つかずに済むだろうか。そもそもこんな話を聞くこと自体が、彼の傷口を抉ってしまうようなものなのだろうとは気づいている。声をかけてから、矢張りなんて酷いことをとも思うと唇がまごついた。
増えていく瞬きに、通形は先程までの緩やかな表情を引き締める。
「……俺の、個性の話かい?」
目を逸らすことなく、通形は名前を見下ろしていた。
周囲の喧騒の一切が耳に入らなくなる。
彼は、名前が言わんとしていることを予測している。そうだというのなら、言葉を選んだ末になかったことにしてしまう方が惨いことだと気づいた。だから、生唾を飲み込んで頷く。
「…個性がなくなって、通形先輩は、ヒーローとして活動できなくて、どう、思ってる、のかと――すみません、こんなことを、聞いて」
どうしても、聞きたかったんです。すみません。
結び続けた視線の先で、通形は微かに笑った。人ごみに背中を押されながら、一歩だけ二人の距離が詰まる。オールマイトのような大きさで、彼はそこに立っていた。
「名前ちゃんさ、そのパーカー脱いで俺の服着てみてよ」
「――え、?」
突然彼は脱ぎ始めて、はい、とジャンパーを差し出した。全くもって行動の理由に意味を見出せなくて、受け取るだけ受け取って顔面に疑問符を張り付けて固まった。通形はそんな反応に大笑いをしてから、ジャンパーを指さした。
「俺のジャンパーを着たら、君は俺になるかい? 俺がそのパーカーを着たら、君になれるかい?」
「い、いいえ…?」
「だろ? 君がどんな服を着て、どんな格好になろうと君は君のままだ。俺はよく、個性の関係で素っ裸になることが多かったけど、それでも俺は通形ミリオで、変わらずルミリオンだ」
――オールマイトが痩せた体躯を世にさらけ出してから、彼を八木と呼ぶことをやめた。八木という姓はオールマイトのようでオールマイトではない別の何者かのように思っていて、痩せた彼を八木と呼ぶことはオールマイトを否定するものだと思っていたからだ。
通形は名前の手に収まっていたジャンパーを取り上げる。彼はそれを胸の前で掲げてみせた。
「
そうだ。どこにも、彼らの隙間に差異などなかった。隙間などなかった。出久がデクという名を受け入れたように、何も、違いなどなかったのだ。
* * *
C組の心霊迷宮は大盛況だった。十一時になる少し前に戻ると朝よりも長い列ができていて、裏口から回ると案内係が既に疲れ切っていた。
柚希にワンコールかけたのち、タイミングを見計らって隠し通路から中に侵入する。真っ暗闇の足元を携帯のライトで照らしながら進んでいくたびに、パフスリーブのワンピースの裾が翻る。あの日も、白いワンピースを着ていたなと、思い出して肩を抱いた。
袖から伸びる腕には全体を包帯で覆っていた。少し焦がして赤いペンキを染みこませた包帯の下に、首よりも酷い痕がある。轟の左半分の顔と同じような皮膚の爛れは、まだ誰にも見せたことはない。一生消えないと言われた。この先、名前はこの火傷痕と記憶と個性と、いろんなものと向き合っていく。目を逸らすことも俯くことも、きっと爆豪は許さないんだろうと、下を向くなと優しくはない声音を思い出した。
「あ、おかえり」
「心操君」
頭から血を流す心操が振り返る。何度も頭から逆さになるからかその目は据わっていた。どうだった、と狭い空間で膝を抱えていた心操は、名前を横目見た。ここが暗くて良かった。頬を両手で挟み込んで気合を入れるふりをしながら、溢れそうになる涙をぬぐう。
――あとでお土産話があるんだと笑った。心操が落ちる手はずの木枠から、廊下を見やる。先程通信があったので、もう少ししたら人も通るだろう。天井から床に飛び降りて、振り仰ぐ。
「それじゃあ、とびっきり、怖い役やってくるね」
ぎゅうと拳を作って、所定の位置に小走りに向かった。真暗の廊下に、口からわずかに吐き出した炎を浮かべた。
ゆらゆらと頼りない明りが揺蕩う。ここから二時間はこのままだ。暗闇はもう怖くはない。
それよりも時折様子を窺うように頭を垂らす心操の方が恐ろしく、思わず無線で頭を出さないでほしいと飛ばしてしまった。怖いから、と付け足した言葉に、イヤホンからクラスメイトの数人の噴き出した声が聞こえてきた。了解、と不満そうな心操の声に、また誰かが笑った。