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第一試合。Aチームが上鳴、切島、蛙吹、口田、心操。Bチームが円場、塩崎、宍戸、鱗。各自が持ち場に移動している間、誰彼から向けられる視線にジャージの首元に顔を埋めた。自己紹介も何も、心操のような編入希望ではないので見学者ですとでも改めて言えばいいのだろうか。
もごもごと口元を動かしていれば、冬仕様なのか黒い温かそうなコスチュームを身に纏った爆豪が背後からオイと声をかけてきた。


「こんなとこまでアイツの付き添いかよ、あァ?」
「アイツって…心操君? そんなわけない。寧ろ私が我儘を相澤先生に聞いてもらったみたいなもので…」
「ヒーローにならねェってのに、ンでお前は相変わらず個性に拘るんだよ」


目元を覆うマスクのせいで、彼の鋭い眼光がさらに切れを増しているようだ。名前は数度目を瞬かせてから、出久を見やる。彼も、こちらを見ていた。
――何のために、ここまで個性訓練をしてきたのか。こういう場をもらってまで、したかったこと。
ぎゅうと拳を握って、それからパッと力を抜いて笑った。――上手くは、笑えていなかったかもしれないけれど。


「うん。ヒーローにならないから、来たの」
「はァ!? 答えになってねえわクソが!」
「大丈夫。見届ける約束も、覚えてる」
「! 名前、」
「――悠長に歓談してる場合か?」


相澤が溜息を吐きながら爆豪や名前たちを射抜いていて、モニターには配置についたそれぞれの姿が映し出されていた。


「第一試合、スタート!」


ブラドキングの掛け声を皮切りに、全員が動き始めた。
塩崎が一区画で個性であるツルを伸ばし始め、他の三人は配管の陰を縫って進んでいく。
対して蛙吹も保護色を使っているのかモニターにはあまり映っていないが、話をしながら五人で進んでいるようだ。モニターから俯瞰してみると、A組はのほほんとしているように見えてしまう。確実に宍戸たちが距離を詰める中、索敵をしていた口田の鳥は塩崎にしか対応していない。
Aチームが立ち止まった頃、宍戸が一気に奇襲を仕掛けた。獣化した剛腕が切島を薙ぎ、蛙吹を捕らえる。配管に叩きつけられた蛙水の姿に、思わず拳を握った。
――体育祭の頃とは格段に違う戦闘訓練だった。
心操の捕縛布が伸びるより先に壁を張られて身動きが取れなくなる。同時に、上鳴が叩きつけられた。配管が崩れていく。あれは見てくれだけでも何でもない。金属でできた配管だ。あれだけの衝撃に、身体が痛まないはずもないだろうに。
蛙吹の長い舌が円場を捕らえて牢屋まで直行していく。宍戸によって投げ上げられた切島がツルを張り巡らせていた塩崎に捕まり、口田が抱え込まれたそのままに牢屋に投げ込まれた。
たった数分で、二対一。
蛙吹の粘液によって匂いを上書きされた上鳴と心操がBチームのもとに近づいていく。上鳴を捕獲した塩崎のツル。心操の変声機によって連携されないコミュニケーション。心操の捕縛布が絡めた配管が、襲い掛かる宍戸の頭上に殴りかかかった。それでも勢いの止まらない宍戸の剛腕を防いだのは、後方から投げ飛ばされた鱗だった。そのまま二人とも捕縛され、心操加わるAチームの勝利に終わった。


「――反省点を述べよ」


擦り傷やら打ち身やらでボロボロになりながら帰ってきたAチームの面々に、相澤は腕を組みながら五人を睨み下ろした。
本番だったら捕まった時点でぶっ殺されてる。切島が、悔しがりながらそう言った。二人を失ったこと。蛙吹もそう言った。もしかしたら、出久だけでなく切島も蛙吹も、あのナイトアイが亡くなった事件に関係があったのかもしれない。
――捕まったら殺されるなんていう日常が、彼らの中にあるのだろう。
今が冬で良かった。ジャージの襟に口元を埋めて、下唇を噛み締める。
相澤は、こういうことも含めてネジが飛んでるだなんて比喩を言ったのだ。
少しの反省会をした後に、すぐに第二試合の準備がされた。
Aチームが青山、葉隠、常闇、八百万。Bチームが拳藤、黒色、吹出、小森。


「捕縛布全然だめだった」
「心操君」


マスクを外しながら両手を握ったり開いたりを繰り返す心操は、モニターを見上げながら眉根を寄せる。


「…怖くないの?」
「? 何が?」


名前だったら、あんな配管が落ちてくるような場所で捕縛布を冷静に扱えるだろうか。後ろも右も左も逃げ場はなく、正面には自分よりもはるかに身体の大きな宍戸がいる。目の前で仲間が弾き飛ばされて、傷だらけになって。


「…怖くないわけないと思うよ。俺だけじゃなく」


心操はそれだけ言うと、物間に呼ばれて去っていった。
――そんな状況でも、彼らの前に救助者がいれば救けて守らないといけない。神野の時も、オールマイトの後ろには一般人がいた。だから、彼は退けなかった。退けば、その人が死んでしまうから。


「……私だったら、」


逃げられるように。それは、とても保身的だ。他者を慈しまない方法で同時に誰かを見捨てるかもしれない方法。ならば、誰かを救けながら逃げられると思うだろうか。そんなことはできない。彼女はヒーローではないから、そんな芸当ができるのであればそれは出久ともグランファとも変わらない。それができないから、せめて誰かの枷にはならないように逃げるのだろう。一人でも多くの一般市民が逃げ果せることができたなら、ヒーローの背中はそれだけ重荷が減る。そうしたい。それしかできない。
――それしか、できない。
正しいか、正しくないかは分からないけれど。そういう方法だって持っていなければ逃げることだってできないだろう。いつかに来るかもしれない選択肢の話だ。
こんなにいつも、死ぬかもしれないと殺されるかもしれないなんて思いながら生きている人たちにできることなんて、そんなものしかないのかもしれない。


「……緑谷」


第二試合が始まっていた。
モニターは既に戦闘を始める黒色たちを映している。相澤が名前を横目見ながら、隣に並んだ。


「…やめるか」
「……そんなに、ひどい顔してましたか?」
「いや……、ああ、そうだな」


彼は右目の下を撫でていた。


「有難うございます。でも、大丈夫です。やめたく、ないです」


そうか、と相澤は一言だけ呟いて、踵を返した。

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