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第二試合は気を失う直前の八百万の創造のおかげで一時戦況が一変したが、小森の肺を侵す菌類の攻撃に全員が戦闘不能に陥った。
その戦闘は器物の破壊が多く、運動場γの倒壊が著しいために一旦の小休憩を挟むこととなった。
「緑谷さん」
「ミッドナイト先生」
教師陣での話し合いが終わったのか、彼女は相も変わらず身体のラインを包み隠さずにやってきた。
ミッドナイトとは片手で数えるほどの訓練で世話になったきりで、面と向かって話をするのも随分久しぶりのような気がする。
彼女は薄く微笑みながら腰に手を当て、名前の隣に並んだ。
「相澤君から聞いたけど、文化祭前に喉を痛めたそうね、大丈夫?」
「はい。有難うございます。火力の調整をすれば今のところ問題なさそうです」
良かったわ、とこぼした彼女はちらりとモニターに目を向けてから、再び名前を見下ろした。
「……緑谷さんは、こういう授業を見るのは初めてね」
襟元に隠れながら吐いた息は白い。
頷いた名前の伏せた目に、ミッドナイトは「大丈夫?」と声をかけた。
「……ミッドナイト先生の個性なら、敵もヒーローも傷つかないでいられますか?」
「……私や心操君のような精神に作用するような個性は珍しいし、私の目の届かない所で起きたものは、どうしても避けられないわ。それに、あらかじめ対応されていれば戦闘になる。完全無傷っていうのは、難しいでしょうね」
心操の個性は誰も傷つかないで済むものだと思っていた。
第一試合を見て思う。ヒーローは常に個性が知られている不利な状況から始まる。その個性が精神に作用するものだとして、対応策を準じられるならば相応の戦闘下において発揮させられるよう、状況を作っていかなければならない。それまでの間は、少なからず肉弾戦も避けられないということだ。
――誰も傷つかない個性だねと言った。その背景に、傷を負わない"無傷"のヒーローを思い描いていた。
答えなど、本当は分かりきっていた。心操にその理想を重ねた。けれど、どうしたって矢張り現実にはなりえない。そうでありたい理想と現実は常に浅くも深くも隙間はあって、炭谷が思い描いていたものが仮令実現不可能な綺麗事であったとしても――それは、願っていてもいいものではないだろうか。
怪我をしないでね。そうかけ続ける言葉が、その理想を重たくさせてしまうことがあったとしても。
舞台の奥でオールマイトと爆豪と話し合っている出久の後姿を見やる。
傷は痛い。誰かを救おうとしてできた傷も痛い。誰かを傷つけることも痛い。敵も、ヒーローも、誰だって傷は痛むものだ。
それでも、痛くないふりをして追いやって置き去りにして。
――ヒーロー番組は、綺麗なところばかりを映している。ヒーローが傷ついて血を零してもう立ち上がることもできなくなったシーンなど、誰も見向きもしない。大衆がヒーローに求めているのは神野でのオールマイトのような、九州でのエンデヴァーのような、どれほどの傷を負おうと立ち上がる姿だ。困難に立ち向かい打ち勝つ姿だ。
そのコスチュームの下に刻まれた傷跡の数も深さも、傷を厭わないヒーローは忘れてしまうし誰も知らない。
――誰も、知らない。
ミッドナイトの気を遣うような細い声に顔を上げる。ばちんと頬を挟み込んで、笑った。
「先生、私――」
ブラドキングの集合を呼びかける一際大きな声が響いた。
ステージの移動も終えて始まった第三試合はAチームが轟、尾白、障子、飯田。Bチームが角取、回原、骨抜、鉄哲だった。
開始早々に制圧能力の高い轟の一撃を骨抜が柔化させることで戦況は熾烈を極めた。名前よりも上回る轟の熱量に巻かれながら、鉄哲が捨て身の攻防を続ける。回原が投獄されたあたりでAチームがBチームを責め立てていくが、骨抜によって足場を柔らかくされることによりAチームの攻撃の手が止まった。主力であった轟の頭部に配管が直撃することで彼は意識を失い、救援に駆け付けた飯田を雪崩れのように倒れ掛かるタンクが襲う。周辺一帯とともに固まらせられた飯田は間一髪で轟を放り出すも彼は一向に目を開けず、飯田、轟、鉄哲、骨抜の四人が戦闘続行不能に陥った。
主戦力がダウンしたことにより状況は停滞。角取が最後に尾白を投獄させると、スピードや戦闘能力で障子に勝てないと踏むなり素早く意識のない轟、鉄哲、骨抜をはるか上空に連れ去って、戦線を離脱した。
時間切れとなって保健室へ搬送される四人を見送る。飯田を除く三人は、最後まで目を覚ますことはなかった。
続く第四セット。Aチームは爆豪、砂籐、瀬呂、耳郎。Bチームが凡戸、泡瀬、鎌切、取蔭。
四人セットで行動していたAチームに取蔭の身体のパーツが四方から襲い掛かるも、瀬呂がテープでバリケードを張ることで凌いだ。しかし、それを待ち構えていた凡戸の個性が上から吹きかかる。自分自身で作ってしまった搦め手に、爆豪の爆破が接着剤の絡みつくテープごと吹き飛ばした。遮蔽物のなくなった視界に、機を窺って潜んでいた鎌切が索敵係の耳郎に向かって刃の生えた腕を振った。
――刹那。耳郎と鎌切の間に入り込んだ爆豪が、彼女の背中を足蹴にしながらその切っ先を爆破で退けた。
「あっれぇ僕の目が変なのかなァ、彼、耳郎さんを庇ったように見えたなァ」
「庇ってたな! 足蹴で!」
「物間! 大丈夫だ! あいつは意外とそういう奴だ!」
物間のやけに芝居がかった科白に、切島と上鳴が笑った。
「キャラを変えたっていうのか!?」
「――うんまァ、身を挺すようなわかりやしーのは、確かに初めて見るかもな!」
一旦退散したBチームを追いかける爆豪たちの声が、モニターから漏れる。
『決めてんだよ俺ァ! 勝負は必ず完全勝利! ヨン-ゼロ無傷! これが本当に強ぇ奴の"勝利"だろ!』
――"無傷"。
爆豪が配管の間に潜んでいた泡瀬に溶接されたところを砂籐が破壊、爆豪はそのまま頭上を跳ね上がり、耳郎と瀬呂が泡瀬を捕獲。その先にいた凡戸に追いついた爆豪は取蔭の妨害を物ともせずに爆破すると、後ろにいた砂籐が彼を捕らえた。瀬呂のテープで二人とも身動きの取れない状況にされると、三人はポケットから手りゅう弾を取り出す。それは会敵するより前に爆豪が渡していたサポートアイテムだった。
手りゅう弾を瀬呂のテープで取蔭のパーツに張り付ける。彼女のパーツが元の身体に帰ろうとするルートを辿る爆破音が連続する。そうして隠れていた取蔭の位置を把握した後、爆豪が鎌切を投げ飛ばしてから彼女を見つけると鋭い閃光がモニター一面にひらめいた。次いで鳴り響いた豪快な爆破音を最後に、戦闘は終了した。
わずか五分足らずの戦闘。Aチームは、全員無傷だった。
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