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相澤とブラドキング、オールマイトが出久の個性の暴走を止めるために配管を潜る背中を見送った。
それからやや暫く見ていたがどうやら暴走は先程の一度きりで収まったようで、麗日の個性により無重力となった出久は心操の捕縛布を掴んで彼の懐まで一気に詰め寄った。心操はその瞬間に頭上の配管に捕縛布を巻き付けて叩き落そうとしたが、再び現れた黒い何かによって出久に降りかかることはなかった。かと思うと、それはすぐに四散した。


「…オールマイトの力、じゃない…ね」
「オールマイトもあいつに譲渡したってことは、歴代継承者の個性も一緒に受け継がれてんじゃねぇのか」


ワンフォーオールの詳しいことは名前もよく知らない。爆豪の仮説が正しければ、もしかしたら超パワーというシンプルなワンフォーオールがうまく扱えるようになってきたことで、歴代の個性を扱えるようになりはじめているのかもしれない。それはそれでオールマイトがあんな個性を使っているところなど見たこともないけれど、そんなことは名前よりも彼の方が分かっていることだろう。
最初の頃のような個性を使うことで大怪我に繋がるような事態ではないにしろ、思わず目を伏せる。


「…オイ、もう泣く気かよ」
「…泣かないし」


扱おうとしていたということは、不安要素ばかりのものではないはずだ。
爆豪の憎まれ口に顔を上げてから、もう飛び出さないからと依然と掴まれている腕に視線を落とした。彼は乱雑にばっと手を離すと、すぐにポケットに手を突っ込んで眉間に深い皺を刻んだ。


「――とにかく、ヒーローでもなんでもねぇお前に出来ることなんかひとつもねェんだよ! 分かったか雑魚!」
「雑魚……うん。勝己君も、お茶子ちゃんも、心操君も、いずの隣にいてくれる人がいるって分かった」
「ハッ暴走しようが何しようが俺ァクソデクなんざ置いてくけどな」
「置いてけないよ、勝己君は」


どーいう意味だオイ、なんて低い唸り声で反論しているが、爆豪が一番、出久のすぐ近くにいてくれるのだろう。この二人はいがみ合って反発しあって、だというのにいつも背中を追いかけ合っている。そういう場所に名前はいないけれど、そういう場所に二人がいるなら、この不安は少しでも滲んでくれる気もするのだ。
爆豪からモニターに視線を移すと、相澤たちが止めに入る様子もなく戦闘が続行されていた。
出久から逃げる心操は乱戦している芦戸たちのもとに向かっていて、どうやらその場の混乱に乗じて洗脳をかけようと目論んでいるようだった。しかし麗日も同じように考えていたようで、柳と小大の背後に忍び寄っていた。彼女が攻撃に出たのとほぼ同時に、出久が心操の捕縛布を掴んで引き寄せていた。
組み伏せられた心操に、ダウンした柳、芦戸にノックアウトさせられた庄田、身動きの取れない小大に、Aチームの勝利が決まった。

ぞろぞろと芦戸を先頭に戻ってきたAチームとBチームを前に並ばせると、最後の講評が始まった。


「えーとりあえず緑谷。何なんだおまえ」


相澤が正面に立つ出久に指をさしながら問いただす。
生まれ持った個性は大抵一つだ。轟のように複数を併せ持つというタイプは珍しいうえに、この年齢でもうひとつが発現するという事態も逸脱しすぎている。
当然かけられた猜疑に、出久は目を伏せながら両手を掲げた。


「僕にも…まだハッキリ分からないです。力が溢れて抑えられなかった」


信じていたものに牙を剥かれたようで恐かった。
でも、と出久は顔を上げて、心操の洗脳のおかげで恐いものではないのだと気づいたのだと笑った。麗日と心操の顔を交互に見やって二人とも有難うと話す彼は、何となく黒いものの正体が分かってはいるようだ。
隣に立っていた爆豪が相変わらず胡乱な眼差しを出久とオールマイトに向けていた。


「――俺は、緑谷と戦って、勝ちたかったから止めました。偶々そうなっただけで、俺は自分の事だけで精一杯でした」


捕縛布を握りしめながら、心操がぽつりと呟いた。
相澤の足音のない大股な一歩。前触れもなく心操の首に巻きつく捕縛布を強く引き絞った。


「ここにいる皆、誰かを救えるヒーローになる為の訓練を日々積んでるんだ。――人の為に。その思いばかり先行しても人は救えない。自分一人でどうにかする力が無ければ、他人なんて守れない」


その点で言えば、お前の動きは十分及第点だった。
ヒーロー科に対して誰よりも対抗心を燃やしていて、それでも自分の個性に劣等感を抱いていて、真っ直ぐに"ヒーローらしく"進むことのできない個性に折り合いをつけながら彼は相澤の許で訓練を重ねた。無駄なことに時間は割かないと最初に言った相澤の言葉に時折自信を無くしかけながらも、心操は自分の力と個性だけでここまでやってきたのだ。


「心操は二年からヒーロー科に入ってくる。おまえら中途に張り合われてんじゃないぞ」


彼も、ヒーローになっていく。捕縛布で擦り切れた皮膚よりももっと鋭く鈍い痕を抱えながら。
誰かを救えるヒーローに。

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