92.5
轟、飯田、耳郎は配管群から戻ってくると、舞台上で映像を見ていたA組と先程の様子を話し合っていた。
「いや、名前ちゃんが予想以上にすごかった」
「それな。勝手に緑谷の動き想像してたけど、どっちかっつうと心操に似てたな」
上鳴と瀬呂が腕を組んで頷きあっているのを、耳郎が苦い顔をして聞いている。
――敵役だと見立てられた名前を追いかけるヒーロー、という想定だった。個性のコントロールのための訓練をしていたという。確かに、彼女の個性は轟の左手のような炎を溜め込んでいて、あの引退したヒーローがきた授業の日を思い出すに、彼女はこの十五年間ずっとその個性を使わずにいたのだろう。それならば個性制御のための訓練をしなければならないという発想になるのも頷けた。ただ持っているだけで、炎というのは厄介なものだというのは身に染みている。
そうであるならば、逃げる必要などどこにあったのだろう。正面からの交戦は、普通科だから避けられたということだろうか。いや、訓練ならば、真っ向勝負をした方が相澤にとって成果が分かりやすく見えるはずだ。
持っていたペットボトルのキャップを閉めて、腰に手を当てながら話し合う彼らを眺めていた。
隣に並んでいた飯田が、僅かに顔を歪めている。
お互い、言いたいことは分かっていた。
「轟、飯田、耳郎」
後ろからかけられた相澤の声に、少し離れたところにいた耳郎が隣に小走りに寄ってきた。
「一応講評だ。…どうだった」
「…手を抜いたつもりはなかったです。けど、戦いづらかった」
轟の言葉に、目の前でいつものように気だるそうな瞼を瞬きさせた相澤は静かに言葉を続けた。
「これから先、お前たちの前に現れる敵が必ずしも全員、悪意や敵意に満ちているとも限らない。必ず交戦するとも限らない。…轟、お前はどうして左を使わなかった? 右手もあれ以上出せたろう。飯田、お前のレシプロが足場ありきだったとしても、あの曲線的な動きに対応する術は本当になかったか? 耳郎、あの暗闇で指向性のあるスピーカーを何故使わなかった? 時間ギリギリにあいつを捕まえたが、もっと早くから勝負はついていただろうな」
そうだ。轟の左手の威力よりも彼女のそれは劣っていた。いくら炎のコントロールが可能であったとしても、足を止めるには十分だったはずだ。そして、飯田の足場を作るのは、轟の右手の役割だった。
出久が空から降ってきて名前の手を掴んだ瞬間、真っ先に浮かんだ反省点だった。
三人とも、そして後ろで講評を聞いていた上鳴たちも思わず押し黙る他なかった。
「一般人に遅れをとるなよ。優しさも躊躇いもいらん。そんなものをたかが知り合いの家族に感じるなら、今のうちにやめておけ。今後、出くわさない保証なんてない」
相澤の言い分は正しい。
舐めてかかるつもりも手加減をするつもりも意識のどこにもなかったはずだった。ただ振り返って思えば、そういうところなど片手の指以上に挙げられるほどで、無意識のどこかに"普通科にいる緑谷の双子"という思いがあったのだろう。
ただ、腑に落ちない。
「…本当に、これ、ただの個性訓練のテストだったんですか」
「――"ああ、そうだ"。ただの、緑谷名前の個性訓練の延長だったさ」
相澤はそういって、教室に戻るよう促した。
* * *
合同演習が終わったあと、出久は爆豪とオールマイトと共にTDLに来ていた。
突然出現した黒鞭の個性の話をするためであったけれど、フルカウルの状態でまた現れるのかどうかを確認するために爆豪との戦闘を繰り返していた。
彼の両腕は授業の訓練が五分で決着がついたせいなのか、物足りないとばかりにいつも以上に盛大な爆破を続けている。サポートアイテムもなくこの威力を連発でき、且つしなやかな身のこなしと両腕の使い方に、矢張り爆豪はいつまで経っても凄い人なのだと改めて思う。
――名前は、爆豪のことを今はどんなふうに思っているだろう。
あの誘拐事件で、爆豪は誰よりも早く彼女を救い出した。敵連合に捕まった時も、爆豪はずっと、名前を守ってくれていたという。これから先名前に起こりうるあらゆることに、爆豪は無関心にもなれないだろうと思うのは、幼馴染だからという一言で終わるものではないのかもしれないと、そんなふうに最近は思う。
過去のことも、今のことも、これからのことも、この三人の形のない関係性について、名前とも爆豪とも、そういえば話し合ったことはなかった。
「――オイ、クソデク! テメェ余計なこと考えてんのバレバレなんだよ集中しろや!!」
「う、わ!」
爆豪が出久の胸ぐらを掴み、反対の手で爆破をさせると勢いよく天井に向かって投げ飛ばした。空中で素早く身を捩り天井に着地するが、もう既に彼は目の前にまで迫っていた。右手の大振り。ばちばちと弾ける火花に目が眩む。咄嗟に左腕を横にした出久のガラ空きの右脇腹を、爆豪を蹴り抜いた。
体幹が強いなんていうレベルじゃない。足場のない空中で右に傾いた体軸のまま左足を振りぬくなど、しかも爆破の補助なしにだ。
地面に叩きつけられる前に両手両足の四点接地で威力を相殺。振り返り、未だ空中で落ちている爆豪に向かって右腕を振りぬく。――出ない。
一瞬動きの止まった出久は、容赦のない爆破の追撃を喰らった。
「オイどうした、びびってんのかゴラ!!」
「待ってって!! 待って、マジで出ないんだって!!」
「やめー!!! そういうんじゃないから、落ち着きなさイブハッ!!」
オールマイトの吐血によって、爆豪は両手を下ろして地面に降り立った。――考えたこともなかったが、今日の名前を見て彼の個性を考えると、爆破の威力だけであの滞空時間を確保できるのも凄いことなのだなと知る。
新しい個性はどうだろう、とオールマイトにかけられた声に逸れた思考を戻す。この力は、まだ使いこなすには時間がいる。
――確かに、ここまでくるとまるでオールフォーワンのような個性だといった爆豪のどれも否定できない。爆豪が言っていたことは的を得ていて、それでも、この力はオールマイトの力だ。何代もの間、守るために、救けるために、勝つために、培われていたもの。
「――今日は、この辺にしとくか」
爆豪は黒鞭の個性が扱えないと分かった途端に踵を返して既に先を歩いていた。
運動場の出入り口で手を振るオールマイトに頭を下げて、爆豪の背中を追いかける。
――もしも、オールフォーワンや死柄木と決着がついたとしたら。この個性はどうなるのだろう。オールフォーワンから派生した個性は、もうすでに独立したものになるのだろうか。母体の彼が力を失くしたら、ワンフォーオールも消えてしまうのではないだろうか。もし、そうなったとしたら。――名前を守るものは、出久ではなくなる。"無個性の出久"が守りたいと願ったとしても、限界はもっと早くに来るのかもしれない。
「かっちゃん!」
雄英高校の夜は暗い。鬱蒼としていて、風に揺れる葉の重なる音の不穏さに心臓が慄く。
爆豪は歩みを止めることはなく、それでもちらとこちらを一瞥した。
「――かっちゃんは、名前のこと、どう思ってるの?」
「はァ?」
思ってもみなかった言葉だったようで、彼はひどい皺を眉間に寄せて振り返った。
「ンでてめーとそんな話しなきゃなんねーんだよ、気色わりィ」
「かっちゃん」
名前は、いつも出久のことを――あれこれ言いながら爆豪のことも、考えてくれる。ヒーローになっていく出久の重しにはなりたくないからと、あんな風に"大丈夫"を重ねていった名前にできることは、約束を違えないことだ。
何があっても――死なないこと。傷ついたとしても、生きていること。
きっと、出久だけではできない。たった一人では、できないことだ。名前のことも、何かあったらと思うと、見えない他人の悪意を考えると、ひどい恐怖に心臓が震える。
「…お前の個性がそんなんじゃ、いつまで経っても名前がうざってェんだよ」
「……うん」
「てめーはてめーの心配だけしてろや、個性四歳児が!」
爆豪勝己は、嫌な奴だ。傲岸不遜と形容するに相応しく、けれど端々に一番ではない自覚を抱えながら上を目指し続けるようなストイックさを兼ね備えている。選ぶ言葉はいつも粗暴で、暴力的で、おおよそヒーローに向いていない発言も多い。昔からそうだ。ただ、少しずつ形を変えてきていることを、おそらく誰もが分かっている。だから、彼は嫌な奴で――。
「てめーがそんなだから、俺が守り倒してやるわ」
これからもずっと、凄い奴なのだろう。
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