蘇る薫のいぶせきを

「ギャラドスに外傷は全くありませんし、全くの健康体のようです。…数時間ですぐに戻ってきたので、一体何があったのかと心配しましたが、何かあったんですか?」

「はい、……ありがとうございます、ジョーイさん」

あれから、ちょうど一日が経った。天気予報によると、分厚く重苦しい雪雲に覆われてしまったというチョウジタウン。ヒビキくんの活躍もあり、ロケット団も退散したらしいというのに、どこかあか抜けない。陰鬱さの抜けない空気が漂っていた。

ジョーイさんからの呼び出しを受けて、ギャラドスのボールを受け取る。不可解そうな表情を浮かべているのも当然だろう。でも、弁明をしようという気にはならなかった。足早にカウンターを立ち去って、彼方たちのいるロビーのソファへと戻った。

「…どう、しようか」

私の暗い声が、四人の間にぽつんと響く。千紘は、相変わらずボールから出てくる気配がない。それでどことなく寂しくなってしまっていて、さらにギャラドスのこともあって。正直、どういう顔をしたらいいのか分からなかった。それでも四人は優しくて、包み込むような笑顔で私を素直に労ってくれた。そんな中、不意に私へ問いかけたのは祐月だった。

「…ヒナリさんは、どうしたいですか」

「私は、……もう一度、ギャラドスさんと話さなきゃいけないと、思う」

「でも場所が無いね。湖は雪だし、それにもう、近寄れないし」

理央の冷静な分析に、確かにその通りだと頷いた。ギャラドスは水タイプ、そう長い時間陸地には居られないし、さらに相当に大型のポケモン、しかも何より色違い個体で、町中に存在が知れ渡っているような子だ。そう易々と対面して、話せる場所は思い当たらなかった。皆で、うーんと唸って考えるけれど。

でもこういうとき、真っ先に閃いてくれるのは彼方だ。ぴょこんと立ち上がって、嬉しそうに語る。

「ジム、なら!…確かここのジムリーダーって、ヤナギさんって人だよね。確かジュゴンとかの使い手って書いてあったから、もしかしたらプールみたいなのもあるかも」

「呼んだかな?君」

すぅ、とやってきた突然の冷気。ただ締め切っていたドアが開いて、外の冷たい空気がやってきただけなのだけれど、タイミングがタイミングなだけにぞわりと鳥肌立ってしまった。声の元を振り返ると、そこには背の小さな老人。ロングコートの青と、マフラーと髪の白色が映える、ヤナギさん――このチョウジタウンのジムリーダーが、そこにいる。人の良さそうな、でもどことなく冷静さを持ち合わせたその微笑み方に、やはりこの人は氷タイプの使い手なのだと改めて思う。

「若造のチャンピオンから聞いた。君が、あの赤いギャラドスを捕獲したのだろう。…手持ちにすればよい」

「…でも、ギャラドスさんはどうしたいかを、私はまだ知らないんです、」

「そんなことを考えているのか。トレーナーなら、もっと身勝手で良いものを。強くて珍しいポケモンを、捕まえたいだけ捕まえれば良い。それがポケモントレーナーではないかな?」

ふ、と冷たく嘲笑するヤナギさん。…この人は、本当に、私が本越しに何度も見てきた冬のヤナギなのだろうか。彼方たちは、何も言わない。一体何を思っているんだろう、分からないけれど、ポケモンの彼らからして良い気分はしないだろう。そんな、使い捨ての道具みたいな扱い。

ヤナギさんの言うことは、確かに最もだと思う。それは使役する者に許された権利だ。使役する者なら、どんな善人も悪人も、誰もが持ち得る感情だ。…私だって。だけど、綺麗事だって分かってるけど、私は。

「確かに、トレーナーってそういうものなのかもしれない、…でも、私は違っていたいです。私は、このギャラドスの意思を、…ポケモンの意思を、聞きたい。彼が捕まるのが嫌だって言うならそれでいいし、もし一緒に旅してくれるというのなら、仲間が増えたことを喜びます。…だから、私は、あなたと同じことは思えないです」

ちゃんと言えた。仲間じゃない、私のことをよく知らない人にでも、ちゃんと考えを伝えられた。ヤナギさんは少し怖い。でも怖気づきながらも言えたよ。その小さなことが、自信になって胸を暖かくする。ポケモン相手はともかく、前は人間に自分の思うことを告げるなんて、なかなか上手に出来なかった。人間と話すより、ポケモンと…彼方たちと話すほうが怖くなかった。それを思うと、私は、もしかしたら少し強くなれたんじゃないか、なんて、たぶん、思い上がりなんだろうけれど。

ふと振り返ると、四人はちょっと驚いたような顔をしていた。けどすぐに、にかりと微笑む。よかったね、なんて言われてる気がして、私も照れ臭くて少し俯いて微笑んだ。

ヤナギさんのほうを向き直ると、こちらもいつの間にか小さく笑みをたたえていて、…なんだか、空気が一気に暖かくなる。春みたいだ、と感じた。

「試すような真似をして悪かった。もし君がまともなトレーナーじゃないようなら、そのギャラドスは私が奪い取ろうかと思っていたが、…とんだ妄想だったようだな」

「わ、私も一瞬ヤナギさんの偽者なんじゃないかなって思っちゃいました…」

「ならおあいこだな。…望み通り、ジムを貸してやろう」

どぎまぎするけれど、どこか落ち着く。これが、私よりずっと長く生きてきたひと。ワカバのおばあちゃんにも通じる何かを、私はこの人に感じていた。

ヤナギさんはこつこつと杖をつきながら歩いていく。その背中を、少し距離を開けて私たちも歩く。ギャラドスさん、もう少し待って、だから今は、ゆっくりしていてね。ゆっくり、考えて、考えて。
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