背中を煽るはるかぜ

ジョーイさんから受け取ったトレーナーカードとバッジケース。照明の光を反射して、真新しく輝いている。今はまだ赤色の初心者カードだし、からっぽのバッジケースだけど、いつかは青や緑、はたまた黒のカードと八つのバッジの揃ったケースにしてみせるのだ。隣で私と同じように二つのたいせつなものに魅せられている彼方と、ふと目が合う。それだけで笑えてしまう私たちを見て、カウンターの向こう側のジョーイさんも眉を下げて微笑んでいた。

「ところで、二人はやっぱりチャンピオンを目指して旅をするのかしら?」

その言葉に、ふたりで瞳をぱちくり。そういえば、私たちの旅の目的って具体的には何だろう。今思えば私たちの旅なんて、とにかく知らない世界が見たくて、自由になってみたくて、半分飛び出してきてしまったようなものだ。でも、チャンピオンになりたいから、と言われると、どうも首を捻ってしまう。彼方もそれは同じようで、難しそうな顔をしながら私の代わりにジョーイさんに答えてくれた。

「チャンピオンっていうわけじゃないけど、でもふたりでどこか遠いところに旅したかったんだ。誰も見たことないようなところに行きたくて。ね、ヒナリ」

「うん。でもそういえば、最終的な目的地とかはなかった、です」

ジョーイさんが不思議な旅なのね、と呟くのも普通の反応だと思う。大方のトレーナーがポケモンマスターになるのが夢で旅立つ中、私たちだけ好奇心の赴くままに旅をするのだから。でもそれはそれでちょっぴり特別な感じもして、胸が少しだけ跳ねた。

最終的な目的地、かあ。せっかくなのだから、そう簡単に辿り着いてしまっては味気ない。夢のような場所がいい。そんな風に話し出した私たちを見て、ジョーイさんはおもむろにジョウトとカントーの地図を開いてくれた。どこまでも遠くて、高くて、広くて、うつくしい場所。彼方と一緒に指先で地図の上をなぞっていると、ふたつの人差し指は同じところで止まった。ジョウトとカントーのちょうど境目に座する、どこまでも遠くて、高くて、広くて、うつくしい場所。

「シロガネ山!シロガネ山に行こう、ヒナリ!」

「彼方…!うん、絶対行こう、シロガネ山!」

私の手を取って跳ねる彼方の嬉々とした瞳。その中に映る私もまた同じように瞳を輝かせていた。想像しただけで胸が高鳴る、この国で一番高い山の頂上から見た景色は一体どんなものだろう。雲越しに広がる下界だとか、普通よりずっと近い空だとか、私の知らないことばかりがあの頂上にはきっとある。そんな私たちを見て微笑んでいたジョーイさんだったけど、彼女が浮かれていた私たちに現実を教えてくれた。

「でも、そうは言ったってシロガネ山に生息しているポケモンのレベルはとても高いのよ。だからいくら行きたいって言ったって、入山を許されてるのはジョウトのジムを全部巡ってポケモンリーグも制覇して、さらにカントーのジムも倒しきるようなトレーナーよ?あなたたち、」

「じゃあヒナリ、そうしよう!チャンピオンになろ!それでえっと…カントーも巡れるんだよね!」

「そうだね、色んなところに行けるもの…ちょうど都合もいいし、そうしよう!」

「…あなたたち、本当に不思議な旅をするのね」

だって、そうじゃないか。強くならないと行けないのなら、強くなればいい。憧れの世界のためなら何だって出来る。普通は強くなること自体が目的かもしれないけど、どうせ私は普通じゃないのだ。順番が逆でもいいだろう。ジョーイさんは少し呆れているようだ。それでもその瞳は私たちを馬鹿にしたような、というよりも、優しく見守ってくれているようなものだった。それから宿泊施設の手続きを終え、彼方と手を繋いでカウンターを後にしていく時も、彼女はきっと同じ優しさで後ろ姿を見つめてくれていたのだと思う。


*****

外で食べる初めてのご飯はポケモンセンター内の食堂でだった。宿泊施設もあれば食堂もあって、中には温泉までついているところもあるというから、ポケモンセンターの財源は一体どこから出ているのか謎である。とても高級というわけではないけれど、懐かしい味のする定食は私にとってはごちそうだ。でもさすがにまだお金がないからと言って、彼方にはポケモンフーズで我慢してもらった。ほんとうはポケモンフーズのほうがポケモンの身体にはいいのだけど、私と同じものを共有したかったらしい彼方はちょっと不服そうで。炎を畳んでいるせいか少し小さく見える体で、私を下から恨めしそうに見上げていた。

だから扉を閉めた途端、彼方がぼふんとひとの姿になったのを見て、私はちょっと笑ってしまっていた。むすっと頬を膨らませ、拗ねたようにしているのは可愛らしくて良かったのだけど、そのすぐあとに後ろから抱き締められたのは、ちょっと、良くない。振り向くのは勇気がいるから自然と前を向くことになるけれど、そこには簡素な作りの部屋があるだけで。

「やっぱり、こっちのほうがいい」

「…そうなの?」

「だってこの姿ならヒナリとずっと話していられるし、こうやってぎゅってすることもできるもん。いつもされるばっかだから、仕返したかった!」

そんな声が耳元のすぐそばで囁かれて、緊張しないはずがない。そもそも彼方は自分がそれなりの男の子で、私が仮にも年頃の女の子であることを意識していないのだと思う。きっと彼方にとって私は幼馴染でご主人様というだけで、それ以上のものは何も考えていないのだ。私だって幼馴染で、大切な私のポケモンであることには変わりないけれど、この姿形にはまだ慣れない。ふと目線を向けてしまうと、同い年ほどの少年の顔が間近に。けれど、その顔に人間にはない煌々とした赤い瞳を乗せていることが、私の目をそらすのを拒ませていた。

「うん、やっぱりこうしてるほうがヒナリの側って感じがする」

「…あの、でも彼方、」

「うん? なあに?」

ああ、案の定無自覚かあ。分かってはいたけれど。慣れるまでしばらくこの心臓には頑張ってもらわなくちゃならない。そんな私の気苦労を知らない彼方は明日何をしようか、と早速次のことへと進み出しているし。そっと腕を振りほどくと、私は見慣れたジョウトの地図を広げた。
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