背中を煽るはるかぜ

バトルが始まったのは不意のことだった。パウワウのみずでっぽうが飛んでくるのを、彼方は持ち前の反射神経でひょいと交わす。

「彼方っ、えんまく!」

彼方は小さく頷いて相手に向かって黒い煙を撒き散らす。これで視界が悪くなって攻撃が当たりにくくなったと思ったのもつかの間だった。

「パウワウ、こごえるかぜ」

『了解です、マスター』

えんまく、とはよく考えると一つ一つは小さな埃やスス。それをこごえるかぜで水分と共に冷やせば、それらは固体となり落ちてしまう。おかげで二匹の視界は良好になってしまった。

「ではこちらから…デルビル、かみつく」

『おう、よっ!』

「かえんぐるまで走って!」

噛み付きに襲ってきたデルビルをすんでのところでかえんぐるまで交わす。デルビルが彼方の姿を捉えられず彷徨っている間に次の手段を考えなければならない。デルビルの特性、もらいびは炎タイプの技を無効にし、パウワウの特性、あついしぼうは半減する。つまり彼方の炎技は相手にほぼ効かない。

汗が一筋流れた。決定打は皆無。自分達が負けるという推測しかできない。なのに一体何をしろと言うのか。

「気付いたみたいだね。君に勝ち筋はない」

キリノさんは笑う。さすがの彼方も疲れが出てきたのか動きがゆっくりになり、その隙を突かれデルビルの突進を受け、地面に転がった。

「彼方!」

『へへ、だいじょう、ぶ』

そうは言うものの、その足取りはおぼつかなく、一方的にダメージが蓄積しているのは明らかだった。

でも、これに負けてしまったら、私の夢はまた夢に戻ってしまう。

「ではそろそろ、終わりにしよう。…パウワウ、みずのはどう」

パウワウは小さく微笑んで、ふらふらと立ち上がる彼方に焦点を合わせると、その体よりもずっと大きな水のリングを吐き出す。

「彼方っ、彼方!」

そう叫んだ時ーー光が私のすぐ側を駆け抜けた。

『…うあっ!』

「パウワウ!」

悲鳴を上げるパウワウ。どういうことだ、と戸惑う間もなく、今度は水流が走り抜けた。それはデルビルに命中し、デルビルは呻き声を上げ、その場に竦んでしまう。

光も水も威力は抜群で、パウワウとデルビルの二匹は呆気なく戦闘不能となってしまった。

『ごめんなさいマスター、役に立てなくて』

『次のバトルは絶対、絶対負けねえから…』

『だから見捨てないでマスター、』

「…お疲れ、二匹とも」

キリノさんがボールに戻す直前、彼らはそう言っていた。キリノさんとの間に何があったのかは分からないけれど、その言葉には何か重みがあって、どこか一筋縄ではいかない関係を容易に想像できた。

私も彼方をそっと小声で呼ぶと抱き上げ、突然の来訪者を見つめる。

「…勝負に口出しをしてすまないな、だがこんな無残なバトルを見てられなかった」

「ほんとそれな!あついしぼうにもらいびってもう可哀想だって!絶望しかないって顔してたしあの女の子!」

「…五月蝿い煌輝」

「そんなんなら、瑞芭は愛想が足りない!折角女の子なのに」

「ふん、悪かったな」

私とキリノさんの間にまるで仲裁するかのように立った、旅のトレーナーらしき少女と少年。その足元には、どこか誇らしげなマリルとピカチュウがいる。この二匹が、さっきの攻撃を…?

「…人のバトルを邪魔しないでもらいたい」

露骨に不快感を現しながらキリノさんは言う。だが少年のほうが胡散臭い笑みを浮かべて言い返した。

「えー、でも2対1ってズルいよなー。しかも問答無用でいきなり攻撃仕掛けるし、まずこの戦い自体が『バトル』とはお世辞にも言えないんじゃない?」

『いけいけ煌輝さまー!今くらいしか煌輝さまが輝ける時なんてないんですからー! 』

「うん、ぴーくんもそう思うよねー。ボールに戻ってていいよー」

『あ、ちょっと煌輝さまひど』

少年は貼り付けた笑顔のままピカチュウをボールに戻す。そして黙ってしまったキリノさんに向かって、今度は少女のほうが一歩前に出た。

「とにかく理由は何だか知らないが、そんな無茶苦茶な戦いまでして勝とうとするのは、トレーナーの風上にも置けぬと思うのだが」

「…俺は、」

「あれこれ御託を並べるより、単刀直入に言ったほうが早そうだな」


いなくなれ。

彼女は視線と言葉で、キリノさんを凍らせたかのように固まらせてしまったのだ。そしてその氷が足元から溶けるにつれて、彼は足をゆっくりと動かし30番道路のほうへ消えていった。

『さーっすが瑞芭さまぁ!絶対零度の眼差しってあのことよねー。あの男すっかり怯えちゃっていいザマ!』

「マリル、そんなに褒めるようなものではない。…お前もボールに戻れ」

『本音を言えばもっと瑞芭さまのお側にいたいけど…瑞芭さまの命令ですもの!』

少女がお転婆なマリルをボールに仕舞うと、その不思議な二人は私のほうを向いて微笑んだ。

「はじめましてお嬢さん!」

「…、怪我はないか?」

私と彼方は、きょとんと首を傾けることしかできなかった。
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