背中を煽るはるかぜ

31番道路をずっと道なりに歩いていくと、向こうに何かぼんやりと高い建物が見えてきた。より近付くとそれはさらに鮮明になり、それの正体がようやく分かった。

「マダツボミの塔!」

どれだけ本で眺めたことだろう。ジョウト三大塔の一つであるマダツボミの塔。歴史の時代に作られ、現存する塔ではこの国で最古…だったはず。それだけ古い建物に言い伝えは付き物だが、このマダツボミの塔も例外ではなく、塔の心柱には超巨大マダツボミがいる!…かもしれないという噂が現代に残っている。

そんな知識をぺらぺらと喋り続けると、煌輝くんと瑞芭ちゃんにはひたすら感心された。彼方にとったらいつものことだからもうにこにこと微笑んで頷く一方だ。

そんなこんなをしているうちに、いつの間にかキキョウシティへのゲートを潜り抜けていた。石畳の路に灯篭といったものにあまり思い出はないけれど、それでもこの国に生まれたせいなのか、どこか懐かしさを覚える景色だ。

「すごーい、ヒナリちゃんと彼方くんがめっちゃきらきらしてるー」

「バトルの時もそうだが、二人は何か興味があるものに対する時目が輝くな」

そう言う二人の手には、いつ買ったのだろうか、三色だんごが握られていた。ずるい、と彼方と二人で文句を垂れるが、そんなのお構いなしに瑞芭ちゃんは桃色のお団子を頬張る。煌輝くんなんかむしろ自慢げだ。

「てかヒナリちゃん、ジム挑戦するの?」

「はい、でもとりあえず今日はいいかな」

「じゃあこれから夜まで何をするつもりだ?」

「キキョウシティの観光してみたいなあと思って。こんな素敵な町並みだし」

「はいはい!じゃあ俺ヒナリちゃん案内するよー」

勢いよく手を挙げた煌輝くんを隣で黙っていた彼方が睨む。やっぱり彼方は二人…特に煌輝くんを好んでいるようではなさそうだ。

ちなみに今彼方は人型をとっている。驚いたことに、二人はポケモンが人型になれることを知っていたのだ。彼ら曰く、「なくはないこと」らしい。彼方だけが何か特異体質だとか、そういうのじゃなくてよかったと安心だ。

「私は少し買うものがあるからな。単独行動を取らせてもらってもいいか。…ヒナリへ土産も買ってくる」

お礼を言いたかったのにそんな間もなく踵を返しどこかへ瑞芭ちゃんは歩いて行ってしまった。その歩き姿の美しさからか、何人かが振り返ったりもしていたけどそれすらお構いなしだ。

「じゃあ行こっか、ヒナリちゃん」

煌輝くんが手を差し伸べる。繋ごう、という意味なのだろうか。どうするべきかあたふたしていると、彼方が一歩前に出る。そして、煌輝くんの手をばしんと勢いよくぶっ叩いた。それはもう、爽快な音を立てて。

「やめて、煌輝?」

「…ですよねー」

彼方の貼り付けた笑みが怖い。また私の知らない彼方の一面が見えてしまった気がした。


*****

「疲れたねー、かな…た?」

「ヒナリ」

ポケセンの部屋に帰ってきて、二人でソファに座るなり彼方は私のジャケットの袖を掴んで俯いている。黒が光に透けて、時々エメラルドのような色をする彼方の髪に少し惹かれた。

「どうしたの…?」

その顔を覗き込もうとしたけど、それは叶わなかった。彼方が私の背中に手を乗せて、そのまま抱き寄せたからだ。彼方の心臓の音が聴こえる。そのことに途端に恥ずかしくなって耳まで血が上るのを感じた。

それにしたって、一体どうしたと言うのだろう。時計の針が何回も鳴ったあと、彼方はその重い口を開いた。

「…煌輝とばっかで、ずるい」

「へ?」

「なんか、僕だけ仲間外れみたい」

言ってから、いじけたように彼方は私の肩に頭を埋めた。つまり、彼方はヤキモチをやいているの…かな?確かに、煌輝くんの案内してくれるところはどこも穴場で面白かったし、彼の話もまた興味深いものだった。その時に彼方はずっと隣にいて、同じようにこのキキョウシティを楽しんでいるものだと思ってたのだけど、そんな思いをさせてしまっていたなんて。

「ごめんね、僕我儘言ってる」

「ううん、気付いてあげられなかった私がだめなんだよ。トレーナー失格だね」

「そんなことっ…!」

ないよ、と彼方は顔をがばっと上げて言いかけたみたいだけど、それは途中で止まってしまった。そして今度は背中に回された腕の力を少し強めて、また顔を埋める。

「じゃあ、もうちょっとこのまま、いさせて?」

身体は私より大きいのに、何だか赤ちゃんみたいだ。私が力加減を探るようにそっと彼方のパーカーを掴むと、彼方はまた嬉しそうにより強く抱き締める。えへへ、と笑った吐息が耳を掠めてくすぐったい。

「あのね、ヒナリ。…僕がいなくなった時あったの、覚えてる?」

「…うん、もちろん」

忘れられるはずがなかった。あの時ほど怖くてどうにかなってしまいそうだった時はない。

「あの時、僕、ヒナリと一緒に旅する時の下調べしてたんだ。ヒナリが困らないように。それで、繋がりの洞窟まで一人で行ったんだよ」

「…そうだったの?」

「うん。ごめんね、心配掛けたよね…。でもそこで、一緒に旅してみたいなあって思えるポケモンと出会ったんだ」

それまでのゆっくりとした喋り方から少しトーンを上げて話しだした。余程そのポケモンと気が合うのだろうか。

「そいつね、人間にはちょっと気難しいかもしれないんだけど、」

「人間が苦手…ってこと?」

「まあそんな感じなのかなあ。でもヒナリなら大丈夫だと思うんだ。根はすっごいいい奴なんだよ」

いまいち想像がつかないけど、とても不安だ。人間嫌いのポケモンの声は幾度となく聞いたことはあるけど、彼らと友好関係を築こうだなんて無謀なことのように思うような様子だったと記憶している。根拠のない彼方の自信が不思議で仕方ない。

「繋がりの洞窟に住んでるんだけど、…会ってみてくれない?」

でも、彼方がこれほどまで言うんだ。一体どんなポケモンなんだろうか、興味は引かれた。

赤い瞳と視線がぶつかる。いつもにも増して今日の彼方は甘えん坊みたいだ。その様子に答えるように、私は口元を綻ばせる。

「うん、会ってみたいなあ」

「ヒナリなら大丈夫、大丈夫だよ」

そっと彼方の髪を撫でると、くすぐったそうに微笑む。もう麻痺してしまったのか、恥ずかしさはあまり感じていなかった。そんな風に思っていたせいか、わざとらしい咳払いが聞こえるまで、背後に瑞芭ちゃんがいたことに気づけなかった。

「…失礼」

「み、瑞芭ちゃん?」

ぱっと彼方が手を離したのに一抹の切なさを感じたけど、それどころじゃない。

「えっと…どうかしましたか?」

「お土産…買ってくると言っただろう?」

気恥ずかしそうに差し出したそれを、私も彼方も覗き込む。そして顔を見合わせた。そんな、これって。

「お土産という名の秘密兵器だ」

瑞芭ちゃんは薄紅色の唇をくいと上げた。
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