背中を煽るはるかぜ
32番道路の長い桟橋を渡る。間近にある海に少し胸が高鳴るけれど、そればかりしていられない。度々釣り人さん達とバトルをしようと言われるのを丁重に断り、煌輝くんに上手いことパスしなければならないからだ。相性で困ったとき、という理由が今こそ活きている。
「わしのポケモン採れたてのピチピチ!バトルせんか、お嬢ちゃん!」
「いやあの、ごめんなさ」
「はいはーい、代わりに俺とバトルしようよおにーさん!」
…この会話を何度繰り返したことか。
そのせいですっかり彼方も欲求不満になっているものかと思ったら、とんだ見当違いだったみたいだ。キキョウジム戦が自信に繋がったらしい。マグマラシの姿で、とてとてと上機嫌で私達の前を歩いている。時々振り返ってはえへへと笑いかけてくるのが、いちいち可愛らしい。
『ヒナリっ、ポケモンセンターあったよ!』
桟橋の先の草むらを越えると景色は変わり、岩山が目立っていたのがだんだん木々が深まってきた。それに隠れるようにひっそりと、赤い屋根が見えてくる。
ふと、彼方の駆け足が止まった。かわりに煌輝くんと瑞芭ちゃんの二人が前に出る。
「遅いぞ!どれだけ待ったと思っている!」
「そんなこと言ってー。寂しかったんでしょ、悠焔くーん」
「茶化すな阿呆が!この私が寂しいなど下等な感情を持つなどあり得ん!」
「あはは、下等ってかー!悠焔ほんとお前言葉遣いが笑えるわー」
「煌輝、めんどくさいから黙っておけ」
なんか、やかましくなったなあ。
困ったように眉を下げる彼方と目が合った。
*****
しばらく後、ポケモンセンターのとある一室。テーブルを挟んで、ずらりと並ぶ煌輝くん、瑞芭ちゃん、ーー悠焔さん?の三人を前に、私は少し萎縮してしまっていた。それに加えて人のかたちで隣に座る彼方の警戒心が異常で、余計に緊張する。
改めて見るときらきらした人達だ。にへらと笑う煌輝くん、ふんと腕を組む瑞芭ちゃん、それから、赤銅色の長い髪をはらりと払い、不服げな表情を浮かべている男の人。切れ長の紅い目にキッと睨まれて私が怯える一方、彼方がそれに対抗してより一層睨みを利かすから、はらはらしっぱなしだ。
「この女か?例のトレーナーというのは」
「ああ。ヒナリ、という。…ヒナリ、こいつは悠焔と言って、まあ…腐れ縁みたいな奴だな」
「ふん、こいつらと一度でも縁を持ってしまったことが間違いだったな!で、貴様は。人間ではないだろう」
「彼方。ヒナリのポケモンだよ、種族はマグマラシ」
彼方がきっぱりと告げた。敵意が剥き出しのとげとげしい声だ。そんな彼方の様子に何を思ったのか、悠焔さんは腕を組んでにやりと微笑む。
正直ものすごく怖い。だけど誰も喋ろうとしないこの空気に耐えかねて、私が口を開いた。
「えっと…あの、ここで、瑞芭ちゃんと煌輝くんと、お別れ…になっちゃうんですよね…?」
「そうだな、…楽しかったぞ」
「嫌だよーヒナリちゃん!悠焔はうるさいし瑞芭はつれないしあんな生活に戻るのやーだー!」
「誰がうるさいだ!お前が、煌輝がまず何かやらかすから私が構ってやっているんだろうが!感謝しろ!」
「…黙れ、と言っても聞かないか」
瑞芭ちゃんががくりと肩を落とした。この二人を手懐けるのは大変だろうなあ。というか、そろそろお別れで寂しいはずなのに、なんか色々はちゃめちゃすぎてどうしたらいいのか分からない。
しょうがないから、常識人の瑞芭ちゃんのほうにこそっと寄って話し掛けることにした。
「あの、ほんとにありがとう、ございました。おかげで少し強くなれた気がします…精神的にも」
「いや。また何か困ったら呼ぶといい。すぐに駆けつけるからな」
「これから三人はどうするんですか…?」
「大変だが…また三人で旅をするんだろうな。ほら、なんだかんだ腐れ縁だし、一緒にいるのが心地いい。…のか?」
そう聞かれても、答えられる訳がない。
適当にあははと笑っていると、ついに安全圏かと思われた私達の間にも嵐がやってきた。
「おい何をこそこそと話している!」
「話に混ぜてもらえないから悠焔クン嫉妬してるんだよーきゃー女々しいーきゃー」
「黙れ煌輝!それからずっと大人しくしているそこのマグマラシ、」
「彼方、だよ。悠焔サマ」
「貴様、なかなか生意気な面構えだな、気に入ったぞ」
「…あり、がと」
あれよあれよと言う間に話が進む。よく分からないけど、悠焔さんは彼方を気に入ったらしい。怪しむような視線を向けていた彼方だったけれど、次の瞬間、悠焔さんの言葉に面を食らったように目をまんまるにさせていた。
「そうだ、私とバトルしろ。貴様の炎、この私に見せてみろ」
…ほんとに、理解不能な人たちだ。
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