背中を煽るはるかぜ

バトルしろ。突然の誘いに彼方は「…うん、いいよ」と笑顔で乗っかってしまった。何を考えているのかがさっぱり分からない。そのことを彼方に伝えてみると、

「多分、あいつからすごい学べることがあるような気がするんだ」

…やっぱりよく分からない。

そして今、ポケセンの外に設けられたバトルフィールドに私達は立っているわけだ。

向こう岸には腕組みをした悠焔さん。余裕の笑みを浮かべている。そしておもむろに腰のモンスターボールを投げた。

「ポニータ、行け」

『承知です、悠焔さま』

かつん、と蹄の音を鳴らして地に降り立ったポニータは、至って普通のポニータのように見える。強いて言うなら、口調から少し忠誠心の強さが垣間見えるくらいだ。

彼方はすでにスタンバイ済み。いつでも大丈夫、というように私を見て微笑む。それはいつもの動作だけれど、今日は何か違う気がした。絶対に勝つ!というよりは、余裕があるというか、落ち着き払っているというか。

「では、そろそろいいか」

『瑞芭さまが審判だなんて貴重だと思いなさいよー!』

若干面倒臭そうに瑞芭ちゃんが声を上げた。その足元には彼女のマリルちゃん。それから座り込んでぼーっとしてる煌輝くんと、ぴーくんことピカチュウ。

何とも微妙なギャラリーのテンションの中、試合は始まった。

「では、試合開始」

「かえんほうしゃ」

「あなをほるで逃げて!」

「追え」

追え?
彼方は私の指示通り、地面に穴を掘り火炎から逃げる。しかしポニータは、言葉通り"追った"のだ。彼方と同じように、彼方の掘った穴にそのまま潜り込んでしまった。

「そのままかえんほうしゃだ」

「彼方来て!」

『う、わあ!』

ギリギリセーフ、彼方が穴から飛び出した直後にそこから炎が飛び出してくる。あともう少し遅れていたら大ダメージを食らっていたことだろう。

彼方の言うことがなんとなく分かった気がした。あのポニータ、炎の燃え盛る度合いが普通よりずっと激しい。同じ炎タイプの彼方であっても大怪我を食らいそうなくらいだ。バトルが始まる前は至って普通の炎だったから、戦闘時になると気合が入るのかな?

「ポニータ、来い」

「かえんぐるまで迎え撃って!」

「お前もだ、ポニータ。かえんぐるま」

火炎を纏いながら穴から飛び出してきたポニータと、同じく火炎を纏った彼方とが衝突する。これなら私は勝てる自信があった。彼方のパワーは並大抵のポケモンには負けない。

だから、きっとあのポニータは並大抵ではなかったのだ。

始めこそ力は均衡していたーーむしろ、彼方のほうが押しているくらいだった。だけどとある瞬間から急にポニータの力が強まっていく。そして焦ったのも束の間、彼方はどんどん劣勢になっていき、ついにはフィールドの端まで吹き飛ばされてしまった。

「彼方!」

「試合終了…、勝者は悠焔、だな」

負けてしまった。ごくあっさりと。そんなことを思ったのは一瞬で、すぐに慌てて彼方のもとに駆け寄る。

「かなた、かなた、」

『えへへ…負けちゃった』

「ごめんね、力を引き出してあげられなかった」

『ううん、出来る限りは尽くしたんだから。それにね、ヒナリ!悠焔サマとやらはやっぱり強いや、すごかった!』

ぼろぼろの彼方を見ると、負けてしまったのかという自覚が湧いてきて涙腺が緩みそうになるのに、彼方自身はなぜかいつになくきらきらと嬉しそうだ。

『ヒナリ、泣かないで、僕また強くなれたんだよ、シロガネ山に近づいたんだよ?』

そう言って小首をかしげる彼方にはっとした。そうだ、私達の原動力は、遠くに行くこと。それは即ち、自由をこの手に掴むこと。

「おい、小娘」

不意に影が差したかと思うと、悠焔さんが背後に立っていた。やはり怖い。背筋が凍る。

「な、なんでしょうか…」

「そいつのパワーは褒めてやろう。ただ、炎の威力としてはまだまだだ」

彼方の表情がぱぁっと輝く。得意を褒められたのが余程嬉しかったらしい。

「それと、常に全力では相手に手の内を晒し続けているようなものだ。切り札は最後までとっておくもの。そのパワーにしろ、炎技以外の攻撃にしろ、な」

というか、これはアドバイス?そんな優しいことするような人なの?訝しげにその顔を覗き込むと、またぎろりと睨まれた。怖い。

「あーあ、なんかこういうの見てるとさ、俺たちも戦いたくなるよね、瑞芭?」

「ああ、そうだな。…やるか、煌輝」

ずっとフィールドの端にいた二人がすくっと立ち上がる。その瞳は戦闘欲でぎらぎらと眩しかった。バトルが始まる前のだるそうな様子は何だったのか。なんだかんだ言って、彼らもまたバトルが好きなんだなあ、 そう思うと、大人びていると思っていた瑞芭ちゃんも身近に感じることができた。

*****

さっきの私と悠焔さんと同じように、バトルフィールドに立つ煌輝くんと瑞芭ちゃん。彼方は傷薬で回復したあと、人のかたちになり私の隣にちょこんと体育座りをして、二人の様子を目を輝かせながら観察していた。

「ではやるぞ。バトル開始!」

「マリル、みずでっぽう」

「でんこうせっかで逃げろー!あははー」

『煌輝さまー真面目に!真面目にお願いしますよー!』

悠焔さんの合図で始まったバトルは、マリルちゃんの先攻で始まった。でんこうせっかでかわされた水が地面を濡らして、まるで雨が降ったみたいだ。

『ふざけてんじゃないわよー!あんのピカチュウ全部交わしやがって…絶対殺す!』

「落ち着けマリル。まるくなるだ」

『はーい瑞芭さま!』

あっちもあっちで個性が強い。ジャージのポケットに手を突っ込んだまま、冷静に指示を告げる瑞芭ちゃんと、やたらその瑞芭ちゃん大好きなマリルちゃん。ころんと丸くなった姿はすごく愛らしいのだが。

「ころがる!」

「おー、ひっかかったー!ぴーくん、地面に尻尾当てるとさ、振動わかるでしょ?水かかっちゃってるし余計通じやすいと思うんだけど」

『あーそういや。まあ、できますよ』

「それでマリルちゃんの来る方向とか見るより早くわかるよねー。というわけで頑張ってかわしてねー」

『結局俺に丸投げですかい煌輝さま!』

そうは言いつつもマリルちゃんの転がってくるのを確実に交わしてるぴーくんもやはり、相当の実力があるんだろう。

だけどその完璧な回避は瑞芭ちゃんの指示で崩れてしまう。

「マリル、尻尾を狙え」

「あ、しまったー」

攻撃を交わす時のレーダーとなっていたぴーくんの尻尾に、空中からやってきたマリルちゃんが激突した。『いってぇ!』というぴーくんの叫びを聞いて瑞芭ちゃんはにやっとする。

「そのままれいとうビームで足を固めろ」

『任せてください瑞芭さま!』

あっという間にぴーくんの下半身は氷漬け。これでぴーくん自慢のスピードは封じられてしまった。煌輝くんの表情をちらっと見るとどうしよっかなーとばかりにまた笑っている。

『ふふふ、これでもう逃げられないわよ!たぁっくさん虐めてあげるわ!覚悟なさい!』

『マリルちゃんそれどこの女王さまごっこ!』

「…ハイドロポンプ」

「ぴーくん10万ボルトで押し勝てー」

マリルちゃんの発した激しい水圧とぴーくんの電圧がぶつかる。相性的にはぴーくんが圧倒的有利。だけどマリルちゃんの水圧の強さがそれを勝ったらしい。互角の力で張り合っている。

『ねえ、そろそろ辛いって思ってるんじゃないの?無理しなくていいのよ?』

『僕は大丈夫だけど、額にしわ寄っちゃってるよ、…まーりりん?』

ぴーくんの得意げな口調はまるで彼の主人である煌輝くんにそっくりだ。まりりん、…マリルちゃんのこと?よくわからないけど、煌輝くんが腹を抱えて笑っている。そして急に、マリルちゃんが雄叫びを上げた。

『気持ち悪いあだ名で呼ぶんじゃないわよー!』

しばらくの間一直線上に均衡していた二つの力がついに齟齬を生む。マリルちゃんの力が少し上方にずれたのだ。その結果、二匹とも互いの攻撃をまともに食らってしまった。

土煙が収まった後、フィールドにはびしょ濡れのぴーくんとぴりぴりと僅かな電気を纏っているマリルちゃん…まりりん?

「両者戦闘不能、…引き分けだな」

くだらないとばかりに悠焔さんはそう吐き捨てた。
ALICE+