想いの箱の鍵探し

ボールをこつん、と彼に当てる瞬間はすごく怖かった。思えば、私は自分の手でポケモンを捕まえたことはなかったのだ。目を閉じるラプラスくんの額にぶつける。数回ボールは揺れると、ぱちん、と何かがはめ込まれたような音がした。これで、私は彼を捕まえてしまったのだ。嬉しいような、悲しいような。ボールを拾い上げると、それを胸に当てて、そのまま手のひらで包み込んだ。…よろしくね、ラプラスくん。

かくしてラプラスくんと出会い、彼の案内もあってすんなりと洞窟を抜け、ヒワダタウンに到着した私達だけども。その途中で、一つわかったことがある。

「…すごい、俺人間みたい」

「最初は慣れないよね…でもそのうち普通になってくるよ!」

「なんか、お兄さんって感じだね」

肩まである跳ね毛の、アクアマリン…と言ったらいいのか、そんな色の髪に、原型の時の水色を思い起こさせるジャケット、すらりとした鼻に優しそうな瞳。青系統でまとめられた、長身のお洒落な青年がいる。彼もまた、人のかたちになることが出来たのだ。

ポケモンセンターの一室。彼方となら二人用、最悪一人用の部屋で大丈夫だけど、ラプラスくんが仲間に加わったので、三人用の部屋を借りた。普段より広々とした部屋に少しわくわくする。

「ラプラスくんは地上じゃあなかなか動きにくいもんね」

「だな、ちょうど好都合だよ。…ていうか、ヒナリちゃん、俺まだ"ラプラスくん"のままなの?」

ちょっと不満そうなラプラスくんに、私は得意げに笑う。ちゃんとさっき歩きながら考えていたんだ。えっへん。ベッドに座り、足をわざとらしく組むと言った。

「さざなみって書いて、漣!なんてどうかな」

「れん?」

「うん。…ずっと辛いことに耐え忍んで、それで仲間からの信頼にもちゃんと応えて、すごく強いんだなあって思ったの。辛くても、何度も何度もちゃんと立ち向かってく…だから、漣。絶えず打ち寄せ続ける波。…どう?」

私なりに必死に考えたんだけど、どうだろう。彼はしばらく名前を呟き反芻して、そしてようやく微笑んでくれた。

「漣…か。何だか名前負けしちゃいそうで怖いなあ」

「嫌…?」

「ううん、素敵すぎるってこと。ありがとうヒナリちゃん」

ラプラスくん、もとい漣はふわりと花が咲いたように笑ったかと思うと、座っていた私の頭にぽん、と手を置いた。身長おっきいなあ、とか、男の人の手だなあ、とか、そんなことを考えたら恥ずかしくなってきて、顔が急に熱くなる。彼方のスキンシップには多少慣れつつあるけれど、こんなお兄さんからされると、なんだかすごく。

「ヒナリっ!」

「わあっ、」

急に背中にぼふんという衝撃を受けた。彼方が横から私を抱き寄せて、そのままベッドにダイブしたんだ。さっきまでの熱が引きずって、なんだか彼方の何気ない行為にも恥ずかしさを感じてしまう。顔がすごく近かったり、体温だったり。その態勢のまま、彼方は覗き込んでいる漣に言い放った。

「漣、あんまりヒナリに引っ付いたら駄目だよ!」

「引っ付いたら…って彼方お前なあ、自分はどうなんだよ」

「僕?へ、どういうこと?」

漣は苦笑しながら私のもう片方の隣に座った。そのまま私の髪を弄って遊んでいるけど、どういう状況なんだろ、これは。

「だって傍から見てたら、二人ほんとに恋人同士だよ?ポケセンでも手ぇ繋いだりやたら引っ付いてたり、俺がおかしいのかと思って周り見ても全然そんな奴いなかったし」

「そ、そうなの…?」

「あ、ヒナリちゃんは気にしないでいいんだよ」

そう言って漣は私の頭をくしゃりと撫でた。というか、そんな風な意識がここ最近ずっと麻痺してた自分がいることに驚きだ。彼方のことは好きだ。好き…だけど、好きだけども。

「……こ、こいびと、って」

そう呟いた彼方を見て、びっくりした。彼方の頬にどんどん熱が集中して、沸騰していくみたいに真っ赤になっていくのだ。はっ、と目が合った瞬間、彼方はわあ!と声をあげてすごすごと私から引き下がって行く。それからぷいと目を逸らされてしまった。髪から垣間見える耳が真っ赤だ。こんなことはじめて、いつもは目を逸らすなんて絶対しないのに。私もしょうがないので上体を起こして、リベンジ。

「彼方?」

「な、な、何!」

「彼方、こっち向いてくれないの?」

…黙ったままだ。照れてる、のか。なんか可愛らしい。けれどちょっと寂しい。…複雑。そうやってもやもやしていると、背後から陽気な声が聞こえてくる。

「彼方がかまってくれないなら、ヒナリちゃん!…俺のところにおいで?」

最後のところは、わざわざ私の耳元で低く囁いて。突然耳にやってきた生温かい感覚に身を震わせると、漣はウインクを一つ送ってきた。それから、両手を開けて、おいでのポーズ。はだけたシャツの隙間から見える鎖骨の艶やかな様子が不意に目に入って、思わず目を逸らしてしまう。何だかもう何をしたらいいのやら。

「来てくれないの?…じゃあ俺から行っちゃおうかな」

漣が私の肩に手を回し、そのまま抱き寄せ…るかと思ったら。

「漣のへんったい!」

「ちょ、ギブ、ギブ!」

それは叶うことはなかった。いつの間にか漣の後ろに回り込んでいた彼方が漣に卍固めをかけているからだ。悲鳴がものすごく…痛々しい。

「助けてヒナリちゃん!」

「え、えっと、彼方っ、やめたげて!」

「…っ!」

彼方は私の声を聞いた途端に漣を解放し、すたすたと部屋を去ってしまった。追いかけようと立ち上がったのを、漣が止める。

「そっとしておいてあげたほうがいいよ、ヒナリちゃん。あれは…そう、思春期みたいなやつだから」

「し、思春期…?」

「そう。急に女の子を意識しはじめちゃうアレ。だから下手に触ると逆効果なの」

「詳しいね、漣」

「まあ伊達にヒナリちゃん達より年は取ってないからね。というわけで抱きついてもよろしいでしょうか」

「やだ」

「拒絶早っ」

彼について、今日もうひとつ分かったことがある。…意外とノリのよい方でした。
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