想いの箱の鍵探し

翌日になっても彼方の様子はおかしいままだった。おはようと声をかけても、いつもなら満面の笑みで返してくれるのに、今日は俯きがちに一言、「…おはよう」だけだ。こっそり見てみれば、漣とは普通にーーテンションは低いもののーー会話がなりたっている。男の子ってこういうものなの?こんなところで家に引きこもっていた障害が出てくるとは想定外だった。

食堂で朝食を囲む。…微妙な空気だ。漣に視線で助けを求めると、苦笑いで返されてしまった。どうしろと言うんだ、この状況。

「…あれ、ヒナリ?」

不意に名前を呼ばれた気がして振り返ると、そこには見慣れた少年がいる。少し身長が伸びたような気もするけど、あれはヒビキくんだ!

「ヒビキくん!」

「久しぶり、身体はよくなったの?」

「うん、もう平気ってお医者さんが。…ヒビキくん、その子がパートナー?」

「そうだよ、ヒノアラシ。ほら、挨拶して」

ヒビキくんの腕の中から恥ずかしそうに顔だけを出して、ヒノアラシくんはぼそぼそと小さな声で『こん、にちは』と呟く。か、かわいい。というか、彼方の人懐こさに慣れてしまってるから大人しそうに見えるけど、本来ヒノアラシはこのくらい臆病だと言われている。なんだか新鮮だ。

「…そういえば、彼方は?」

いやあの、すぐそこで俯いてる男の子なんですけどね。でもそれを伝えることは出来ない。

「え、えっと、今ジョーイさんに預けてて」

「なるほど、こいつに紹介したかったんだけどな。…まあいいや。話は変わるんだけど、ヒナリ」

「ヒナリちゃん、ちょっと席外してるね?」

漣が小声で私に囁いた。彼のジャケットの裾をぎゅっと掴んでいる彼方と、一瞬目が合う。あ、と思ったのも束の間、すぐにまた目を逸らされてしまった。…また真っ赤だ。何か、男同士の話し合いだろうか。

「ごめんね、何だったヒビキくん」

「いいよ。…あのさ、この街にヤドンの井戸ってあるの、知ってる?」

「ああ、うん。ここに来る時前を通ってきたよ」

彼が話しだしたのは、ちょっと怖い話だった。
何でも今そこに、あの悪名高いロケット団がいるらしい。そこでヤドンの尻尾を乱獲して、売りさばいているだとか。ロケット団て、でも三年前、例の英雄…"レッド"じゃないかと言われている男の子に、壊滅させられたはずだ。そう言うと、ヒビキくんもそこまでは知らないらしい。

「でも、"レッド"に出来たんなら、僕だって」

その言葉の意味は、つまり。

「ロケット団と戦う…ってこと?」

「うん」

そんな危ないよ、と言おうとした矢先に、目に入ってしまった。彼の目が。ここではないどこか遠く、きっとそれは"レッド"を見つめているんだろう。強く、でも盲目的なその瞳を見れば、止めるのも憚ってしまう。なんで彼が、そこまでの使命感を帯びているのか。

「大丈夫…なの?」

「うん。僕のヒノアラシ、強いから」

ね、と微笑まれたヒノアラシくんは、ちょっと自信なさげににこっとした。大丈夫…かなあ。

「じゃあ、僕はそろそろ行くね」

「私も、行こうか?」

「いや、いいよ。僕でも男らしくしてたいとは思うからね、かっこつけさせてよ」

「そっか…。危なくなったら引き返してね?」

「大丈夫だよ!」

ヒビキくんは、そう言うと今まで通りの笑顔で去って行く。かっこつけたい、て。彼方といいヒビキくんといい、やっぱり男の子って、よくわかんない。





*****
「ねえ漣ー…女の子って何、ほんとわかんない。てか何で僕こんな緊張しちゃってるの」

「うん、俺もわかんない」

項垂れている彼方の頭をぽんぽんと叩く。ポケセンのロビーのソファで、俺はただひたすら取り止めもなく彼方の話を聞いていた。

ヒナリちゃんがヒビキという少年と話し出した時、彼方がひどく表情を歪めたのを見て、俺は察した。ああ、こいつ嫉妬してるのか。ここにいても彼方のためにならなさそうだし、そっと連れ出して、現在に至る。

「だってヒビキは何年か前から友達で、僕もよく一緒に遊んだりしたんだよ?それなのに何でこんな嫌な気持ちになるの?…わかんないよ」

「おうおう、なら素直にヒナリちゃんに飛びつけばいいじゃないか、今までそうしてたんだろ?」

「でも…、なんか恥ずかしくて」

「じゃあこの前あんだけべったりだったのは何だったんだよ」

「だってそれは!…わかんない」

「面倒くさいなお前」

この堂々巡りだ。いくら俺がまあ、洞窟内で兄貴分として慕われてたとはいえ、いい加減溜息が出る。まだ二人の仲間に加わって少ししか経っていないのに、なんでこんなに俺が気を回しているんだろうとふと思うけども、まあ二人とも独特というか、不思議ちゃんなのは分かってきたし、もうしょうがないのかもしれない。

「ていうかね、今まで自分がしてきたことが恥ずかしいの。抱きついたり手ぇ繋いだり一緒にごろごろしたり、煌輝に嫉妬したーって言ってぎゅってしたり…今思い起こしたら、いい匂いだったなあとか、柔らかったよなあとか考えてたらなんかもう」

「その煌輝ってのは知らないけど…、ほんとバカップルだな。キスとかは?」

「ききき、きす、…って!ああもうそういうこと言うと今度ヒナリの顔見た時唇気になっちゃうじゃんかあ!」

「…ごめん」

また顔を真っ赤にして頭を抱える彼方。ほんとに典型的な思春期すぎる。しかも彼方は純粋だから、余計たちが悪い。えろい方向には行かない…というか、そんな発想がないからだ。別に俺が教えてやらんこともないが、こいつの場合そんなことしたら一生ヒナリちゃん見れなくなりそうだからやめとく。

「しょうがねえなあ…、ほらもう、俺の胸で泣きな?なんてな」

「うん…」

まじかよ。冗談で手を広げたつもりが本当にすっぽりと腕の中に収まりにきた。そういう趣味はないんだけどなあ。

「れーんー…」

しょうがなく腕を回し背中をぽんぽん叩いてやると、彼方が俺のシャツに込める力が強くなった。ちょっとでも可愛いとか思った俺の馬鹿、俺はヒナリちゃんに一目惚れしたんだ。でも彼方をよく見ると、実は可愛い顔してるんだよなあ。目とかおっきいし、今若干潤んでて余計きらきらして見える…って、だから何で男にときめくんだ阿呆。

「れ、漣…?」

はっ、と気付いた時にはもう遅い。目の前には呆然としたヒナリちゃんがいる。そしてヒナリちゃんの登場に緊張した彼方が、俺のシャツを握る手にさらに力を込めた。可愛いとか通り越して苦しいわお前!てか余計に誤解が広がってるよねこれ!

「ご、ごめんね、私知らなくて…引いてないからね、ほんと」

「いや違うよヒナリちゃん、誤解だよ!」

「大丈夫、あの、偏見とかしないから」

「彼方てめえええ!」

俺の旅と恋、一体どうなることやら。
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