想いの箱の鍵探し
肺が痛い。走ることなんて滅多にないから、すぐに息が切れ切れだ。それでも何とか逃げ切れているのは、パチリスくんの的確な案内のおかげ。地理を全て覚えた、というのは本当らしい。その上一番逃げ切れる可能性が高い道を即座に割り出しているようだ。大通りを走ったかと思ったら、暗くひと気のない路地をすり抜けたり。時には積まれたダンボールを飛び越えながら、 一匹と一人は駆けていく。
『おねーさん、こっち!』
「う、うん…!」
『へばったら駄目だよ!僕あんな奴に捕まるの絶対やだ!』
なら私まで逃げる必要はないのでは?と思わないこともないけど、もうあの人には私がパチリスくんのトレーナーだと思われちゃったみたいだし、もうしょうがないらしい。だけれど、やっぱり走り続けるのは辛い。
「パチリスくん、これ、どこに向かってるの…?」
『地上!だけど多分地上への階段のあたりにあいつのポケモンが待ち伏せてるだろうから、うまくそれを退けなきゃ出れない』
「じゃあっ、それを倒せば…!」
『…はあ。僕はね、参謀なの』
参謀?…急に話が繋がらなくて首を傾げていると、パチリスくんははあと溜息をついて苛々したように言った。
『つーまーりー、僕は頭いいから、作戦考えたりサポートしたりするのは得意!その分、攻撃に決定打はあんまりないってこと!アタッカーじゃないってこと!…わかる、おねーさん!』
「ご、ごめんなさい…」
まくし立てるようにそう言ったパチリスくんに、いつのまにか口からそんな言葉が漏れていた。そうしながらも走り続けて、角を曲がろうとした時だった。どん、とぶつかる。パチリスくんが小声で、しまったと言うのが聞こえた。見上げるとそこには、さっきの男性だ。これは、まずいんじゃないだろうか。
「さっきはよくもやってくれたなあ…!きっちり落とし前つけてもらいましょか!」
「え、ええ!?」
『おねーさん!』
じりじりと壁際に追いやられ、顔の真横にどん、と勢いよく手を付かれた。もう片方の手はパチリスくんの尻尾をがっちり握っている。絶体絶命の四文字が脳裏で点滅するけれど、それでもどうにか、どうにか打開しなくちゃ、何か策は…!
「ヒナリ!」
「ヒナリちゃん!」
…幻覚だ、と思った。こんな時に、二人の声が聞こえるはずがない。だって今彼らはポケセンでぐっすり眠っているはずなんだ。なのに、なんでいるんだろう。
「ちっ、連れがいたんか…!このお嬢ちゃん、俺の服汚してくれてな、代わりにこのパチリス貰おうかと思っとったんやけど、逃げるんよ」
「そんなのどうでもいいよ。ねえ、離して。ヒナリを、離して、…離せよ!」
瞬間、空気が慄く。ずっと一緒で、人懐こくて素直な相棒だと思っていた彼方が、怒鳴った。聞いたこともないくらい、怒りをそのままに現わせた声に、私の心臓は跳ね上がる。
男性はそれまでの態度から一気に変わり、急に怯えた表情を露わにした。それほど、彼方の声が全身全霊の怒りを感じさせるもの、ということだ。その一瞬の隙をついて、パチリスくんはするりと男性の手から巧妙に逃げ切り、漣の後ろに隠れる。
「くそ、なんやねんこのガキ…!」
捨て台詞を吐いて、男性は私のそばから離れて、そのまま地下街の中へ消えていく。なんとか…なったのかな。その瞬間緊張が解けたのか、足に力が入らなくなってその場に座り込もうとしたのを、彼方が支えてくれた。
「ヒナリっ!」
「彼方、」
赤い目をさらに真っ赤にして、彼方は私に抱きついた。あたたかいなあ。久々に感じたあったかさは、とても心地がよかった。炎が氷を溶かしていくみたい。彼方のパーカーを掴む手に力を込めて、私は目の前の彼の胸に顔を埋めた。
「ヒナリ、ヒナリのばか、ばかばか」
「…彼方」
「ヒナリは僕の大事なご主人で、それに何より、愛しくってたまらない女の子なんだよ…!だからおねがい、僕に守らせて、ずっとそばにいさせて」
彼方はそう泣きじゃくった。涙で濡れた真っ赤な瞳が、私の心を優しく包んでいった。
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