想いの箱の鍵探し
翌朝、ポケセンの一室。パチリスくんを取り囲むように、私達三人が座る。彼方は私の隣に座っているけれど、…大丈夫なのかな。まあとりあえず、今は話さなければならない。
「で、目的はなんなの?」
漣は笑顔だけれど、その声には怒気が含まれている。なのにそんなの知ったことじゃないというように、パチリスくんは気だるげに答えた。
『目的?…とりあえず美容室かな』
「は?」
『だってあんだけ追いかけ回されて、なんか汚い路地裏とか走らなきゃ駄目だったんだもん。気持ち悪くてしょうがない!』
まさにぽかん、だ。それだけ…と言ったらパチリスくんに怒られそうだけど、つまり私は美容室に行くための財布だった、ということか。もっと話を聞けば、彼はシンオウの出身らしい。野生で育っていたけれど例の"お嬢様"にゲットされ、それ以来彼女の元で愛情を注がれていたが、一方的な重すぎる愛に耐えかね、彼女のジョウト旅行の際に脱走。追っ手から逃げ続け、汚れてきたところに出会ったのが私らしい。
というか、最初ここで話した時とパチリスくんの印象が変わりすぎていた。最初は愛くるしくて天使のような子だなあと思っていたのが、今やそんな様子は消え失せて、ちょっと捻くれ者というか、意地悪そうというか。それでもやっぱり見た目の可愛らしさに変わりはない。くりくりの瞳に大きな尻尾、溺愛したくなる気持ちもよく分かる。
「それだけのために、ヒナリを連れ出したの?…なんでヒナリなの?」
『だっておねーさん、いかにもぼーっとした女の子ーって感じだし、馬鹿そうだし?』
「ばか…うん…」
否定はできないけど、それがまた悲しい。心の急所を突かれたみたいだ。今にも掴みかかりそうな彼方を、漣がまあまあと宥めている。
『おねーさんほんと馬鹿だよね。普通行かないよ、あんな夜中に突然現れたポケモンにほいほいついてくなんて』
「…そうだよね」
「でも、俺達のヒナリちゃんを危険に晒したのは事実だよね?」
そう漣が言うと、パチリスくんは決まり悪そうに頷く。それからその大きな尻尾に包まって顔を隠してしまった。こっそり覗かせる視線には不服さが混じっている。
「ねえ、悪いことしたなって思ってる?」
彼方がパチリスくんを自分の膝の上に乗せた。そしてパチリスくんと無理やり目線を合わせて、諭すような口調で言う。いつになく、有無を言わせない彼方の様子に少しどきりとした。
『……』
「ねーえ?」
『あーもう、思ってるに決まってるじゃん!でもあんなことになっちゃうとは流石の僕でも想定外!』
ヤケになったようにパチリスくんはそう言ってぷいとそっぽを向く。黄色い頬をぷくっと膨らませて、狙っているのかと思うほど可愛い。それにも構わず彼方は笑顔で続けた。
「悪いことしたら、どうしなきゃいけないか知ってる?」
『さっきから馬鹿にしたみたいな口調なんなのそれ!もうー、分かったよ!』
パチリスくんはわざとらしく息をつくと、彼方の膝の上から私の膝の上に飛び乗った。そして、ぶっきらぼうに告げた。
『…ごめんなさい、おねーさん』
「いいよ。だって行くって決めたのは私だもん。それに、元はと言えばぼーっと歩いてた私が悪いんだから。…あと、楽しかったし!」
「ふーん…俺達は楽しくなかったよな。ねえ彼方」
「たまたま目が覚めたらヒナリいなくて、頑張って匂い辿ってあそこまで行ったらああなってて。楽しいなんて思える訳ないよ」
「…ほんとに、ごめんなさい」
彼方と漣の総攻撃に、私は返す言葉がなかった。しょぼんとしている私に、ねえねえとパチリスくんが私のジャケットを引っ張る。
『ねえおねーさん。あの二人、マグマラシとラプラスだよね?』
「うん、そうだよ」
『ふーん。ポケモンって人型になれるんだー、僕もなれたりするの?』
「さあ…?なろう、って思ったらなれるかもよ?」
「こう、人間になるぞーって思って、勢いよくえいっ、みたいな」
確か瑞芭ちゃんとその事について話した時、個体によって違っていて、いわば才能のようなもののせいで出来るのか、はたまたトレーナーへの思いが募ると出来るのか、それとも両方なのか…様々な考察が出来ると、彼女が語っていたのを覚えている。
『へえ、じゃあ僕もやってみよっかな。えいっ』
可愛らしい掛け声の後、パチリスくんの姿が消える。そして気がついたとき、私は座っていたソファの背もたれに手首を縫い付けられていたーー白いマフラーを巻き、不敵な笑みを浮かべる少年によって。彼方より随分と幼い、本当に少年という言葉が似合う男の子だ。澄み切った水色をした瞳が私を捉える。それは一瞬のうちに完成した状態で、困惑するよりもびっくりのほうが勝っている私の代わりに、彼方と漣が慌てふためいていた。
「ヒナリっ!?」
「ちょ、何やってんの!」
「わあ、ほんとに出来ちゃった。ねえおねーさん、僕のご主人様になってよ」
そう言ってまた顔を近寄せる。毛先だけ水色に染まった彼の髪が頬に触れて、微かなくすぐったさを感じさせた。
「で、でも、お嬢様は?」
「あんな自由のない生活絶対無理!外で色んなもの見てたほうが楽しいもん!それに、僕おねーさん気に入っちゃったし。好きな子のそばにいたいのは当たり前でしょ?」
す、好き?パチリスくんは優しく私の頬を撫でると目を細める。その水色の瞳には、少年とは思えない艶かしさが含まれていて、私はただ呆然と彼を見上げていた。視界の奥で、彼方がわなわなとしている。そしてそれを必死に宥める漣。
でもそれはともかく、一緒に旅がしたい…ってことだよね。私達の旅の目的は、遥か彼方、シロガネ山の頂上に行くことで自由の証明をすること、だけど。この子も私と同じで、不自由からの脱却をこなしたばかりのようだ。そんな、似たような境遇の子と旅してみるのは、面白そうだし、分かり合えそうだ。
「ねえ、…ヒナリ?」
耳元で囁かれてぞくりと鳥肌が立つ。この歳の少年の声にしては低い、まとわりつく艶っぽい声だ。そして名前、覚えてくれてたのか。
でも、このまま流される訳にはいかない。ちゃんとはっきり答えを出さなきゃ。私は思い切って、彼の額に私の石頭をぶつけた。
「いったあ!何すんの!」
「いいよ、パチリスくん」
「…いいの?」
「その代わり、いつかちゃんと、前のトレーナー…お嬢様にケリつけるって約束できるなら!」
だって、他のトレーナーから逃げてきたって、なんか完全に私の仲間になるって感じがしない。仲間になるのなら、ちゃんとこの子がお嬢様にばいばいを告げて、ちゃんと自由になってほしいのだ。それが、ポケモンをとっかえひっかえなんていう、あの理不尽なお嬢様に対するちょっとした復讐になってほしい。
精一杯の迫力を込めるけど、この押し倒されてる態勢だから多分そこまでないんだろう。パチリスくんはうーん、としばらく考えた後に、へにゃりと笑って私に告げた。
「うん、いいよ!約束する。…ありがと、ヒナリ」
今までの生意気そうな声から打って変わって、年相応にあどけない、柔らかい声だ。なんだ、この子変にやんちゃだと思っていたけど、ちゃんと少年らしいところもあるんだなあ。そう暖かい気持ちになっていた時、突如鼻梁に柔らかい感触。驚いて目を見開けば、目を瞑って唇を尖らすパチリスくん。え、え、これは。
「どーしたのヒナリ、そんな間抜けな顔して」
「えっ、今何を」
「何って、ちゅー?ねえ次唇ね、いいでしょ?」
「おい、ちょっと調子に乗り過ぎてないかー?てか彼方、お前死ぬなよー」
不意に視界が明るくなる。漣がパチリスくんを片手でひょいと抱き上げてしまったのだ。すごい、さすが大型のポケモンだけあって力も強いんだろう。暴れまくるパチリスくんを物ともしていない。というか、炎タイプではないはずなのに、漣の背後に炎が見えるのはなぜだろう。ちなみに、本当の炎タイプである彼方はというと。…なぜか床に倒れこんでいる。だ、大丈夫、かな?
「ねえ漣、彼方はどうしちゃったの…?」
「あー、まあ、うん。刺激が強すぎたんじゃない?」
「あのくらいで刺激強いって、こいつどんだけウブなの?てか馬鹿だよね?」
パチリスくんの呆れ顔と、漣の苦笑い。なんとなく前途多難な予感はするけども、まあ大丈夫…かな?
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