薫は雪にうずもれた
キキョウシティにただいま。最初にここに来た時は、彼方と一緒にマダツボミの塔にすごく興奮して、煌輝くんと瑞芭ちゃんに驚かれたんだっけ。それから煌輝くんとずっと観光して、その後彼方が嫉妬して甘えてきてちょっとどきどきしたっけ。それで、瑞芭ちゃんがくれた技マシンのおかげでジム戦にも勝てて…。ついこの前のことなのに、それからの日々が濃すぎたせいか、随分昔のことのように思えて、不思議だ。
あの時とは違って、隣に歩いているのは彼方と漣と理央。三人とも人型になって、思い思いにこの街を楽しんでいる。彼方はやっぱり高い塔に見とれているし、漣は街中に座り込んでいるストリートミュージシャンの歌が気になるようだ。理央は立ち並ぶお洒落な服屋さんに私を連れ込んで、マネキン代わりにしている。
そこで気がついたのだけど、理央は何事においてもプロデュース能力に長けているようだ。店員さん顔負けのお洒落なコーディネートを選んでくる。その上、値段も最小限に抑えるからすごい。そんなこんなですっかり可愛らしい格好に着せ替えられた私は、のんびりとポケモンセンターを目指し歩いていた。
「ん、ヒナリ…か?」
不意に名前を呼ばれた気がして、辺りを見回す。けれど特に見知った顔は見当たらない。気のせいかと思ってまた歩き出そうとした時、ぽんと肩を掴まれた。
「やっぱり、ヒナリじゃないか」
「瑞芭ちゃん…!」
これまた久しぶりに見る藤色の緩やかな髪を靡かせる、きりりとした美少女。瑞芭ちゃんだ。
彼方が気付いて、にへらーっと気の抜けた笑みを向ける一方、漣と理央はぎょっとしたように顔を見合わせている。まさか知り合いだったり?
「煌輝くんや悠焔さんは一緒じゃないんですか?」
「ああ。今日は夕方まで自由行動だ。…折角また会えたんだ、何なら座って話でもするか?」
「じゃあ、ぜひ!」
断る理由なんてない。旅の話を色々聞いてほしい。それから煌輝くんと悠焔さんをたしなめられる瑞芭ちゃんから、悪戯っ子理央のたしなめ方を学びたい。
「ヒナリ、僕達じゃあ三人でふらふらしてるね?」
「女の子二人で楽しんでおいで、ヒナリちゃん」
気を利かせたのか、彼らはすっと私にそう言ってから人混みの中に消えていく。せっかくなら漣と理央も紹介したかったんだけれど、まあ三人で観光するのも悪くはないだろう。
***
「…というわけで、とっても苦労してるわけなんですよ」
「ふむ…、私だってそんなに奴らの扱いが上手い訳でもないのだが」
「少なくとも私よりかは上手です!」
お洒落なカフェにでも入るのか…と思ったらその真逆だった。瑞芭ちゃんに行こう、と言われたのは茶屋。赤い布のかかった縁台でのんびりと抹茶と葛餅を味わう。
そこで私は初めて見た、一緒に旅していた時ですら見たことのない、瑞芭ちゃんの気の抜けた笑顔を。まさかこんなにお餅系の甘味が好きだとは。普段のきりりとしたクールビューティーは崩れ去り、口元は緩みきって、幸せを噛み締めていた。それでも様になっているようで、度々通りすがる男の人が瑞芭ちゃんをちら見している。
「というか、そのまだまだ子供のパチリスと煌輝達が同じレベルというのが私は恥ずかしいがな…」
「まあ、童心を忘れないということで、いいじゃないですか」
「そうなのか…?まあでも、言うことを聞かせたい時はとりあえず睨むくらいだな。そうすれば二人とも察してくれる」
「なるほどー…」
確かに瑞芭ちゃんに睨まれるのはだいぶ怖い。冷ややかというか、まるでれいとうビームを放っているみたいな、そんな威力がある。
「それはそうと、これからヒナリはどこへ行くんだ?」
「えっと…、三色団子食べたいって言って戻ってきたんで、この後はエンジュに行くつもりですよ」
「そうか。ちなみに、ここの南にあるアルフの遺跡には行ったことがあるか?」
「ああ、そういえばないです!」
アルフの遺跡。1500年ほど前に作られたという遺跡だけど、誰が何の為に作ったのかは依然として謎のままだ。それは多くの考古学者を惹きつけ、今でも発掘が進められている。ヒワダに行く時はスルーしてしまったけれど、とても興味深い場所だし、行ってみたい。
「きっと興味を持ってくれるだろうと思って。聞いて正解だったな」
「ありがとうございます!…早速明日行ってみようかなあ」
考えただけでわくわくする。人の手がまだ完全に侵入していないような、未知の場所。ときめかないわけがない!にやけを抑えきれずにいると、瑞芭ちゃんはいつだかのようにまた私の頭を撫でて、立ち上がった。
「では、私はそろそろ行くよ。…頑張れよ、ヒナリ」
「はい、じゃあまた」
後で気がついたことだけど、瑞芭ちゃんはさりげなく二人分のお勘定をしてくれていたらしい。…まるで紳士だ。
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