薫は雪にうずもれた
翌日。昨日三人で散策している間、ひたすら食い倒れツアーを行ってたみたいだ。彼方念願の三色団子に始まり、みたらし、たい焼きといった和菓子から、バームクーヘン、チーズケーキ、いちごのタルトといった洋菓子まで。私にもお土産、といって何個かお菓子をもらったけど、どれも一級品の美味しさだった。どんだけ甘いもの好きなんだろう、この子達は。人の姿で虫歯にでもなったら、原型に戻ったときでも痛いんだろうか。そんな私の心配をよそに、彼らはアルフの遺跡へ向かう今も、何が一番美味しかったかの話題で大盛り上がりだ。
「絶対あのマカロンが一番だね!あの甘さと食感は絶妙だったよ。見た目も可愛いし」
「えー、カフェに入って食べたプリンが一番かなあ、俺的には。やっぱ魅力はあの生菓子特有の柔らかさ?」
「僕はお団子さえ食べれたら幸せだよ。美味しかったなあ…」
三人ともバラバラすぎて、決着はつかなかったけど。
そんなこんなをしているうちに、アルフの遺跡に到着。石を積んで出来た建築物が立ち並んでいる。どことなく神々しいというか、神秘的な何かがここにある、みたいな、確信には満たないけれどそれに似た勘のようなものが、私達の緊張感を高まらせた。さっきまでぎゃあぎゃあと話していた三人も声のボリュームを落とし、辺りを見回して警戒を怠らない。
「ヒナリっ、ここ中に入れそうだよ!」
彼方が先へ走って行ったかと思うと、そう言って一つの建築物の内部へと案内する。内部に入れてしまうのか、貴重な遺跡なのに大丈夫なのかなと思いつつも、彼方の後を追って私も遺跡内部に入っていく。
薄暗い内部の小部屋から梯子を降りていくと、私は思わずごくりと息を飲んだ。
「何ここ、不気味…」
理央の呟きは、遺跡内に反射し響いて減衰して、そして消える。奇妙な形をしたポケモン…恐らくは、古代のポケモンの姿なんだろう。その像が一定間隔に並んでいる。壁にはひたすら文字のようなものが書き記されているが、それが祈りを捧げるものか、それとも呪いの言葉なのか、はたまた別の意味なのかすら、分からない。分からないからこそ怖い。原型になった彼方の炎を頼りに進むけれど、一体どこへ繋がっているのかも、どこに出るのかも分からないまま来てしまっている。背後を見ても真っ暗で、もう梯子の姿は見えないし。そんなびくついた私の様子に気がついたのか、漣が小声で囁いてくれた。
「ヒナリちゃん、大丈夫?…手でも繋ぐ?」
「れーん抜け駆けずるーい。僕も手ぇ繋ぐ」
『それで僕は懐中電灯代わりかあ…』
あれよあれよと言う間に私の両手は二人に包まれ、両方から暖かさが伝わってくる。何だか妙に二人の手が熱いような気がするけど、気のせいかな。私がそう思うということは、漣と理央にとったら逆らしい。
「ヒナリ、手ぇすごい冷たいけど…大丈夫?」
「うん。冷え性…なのかな?」
「わー、なんか女の子って感じだよな冷え性って」
『…うわあ、漣それすごい変態っぽいよ』
彼方のドン引きした、と言わんばかりの口調にくすりと笑う。でも手を暖めてくれてたせいか、空気が和んだせいか、自然と私の這うような恐怖も薄まっていったような気がする。本当に、助けられっぱなしだ。ありがたいなあ、その気持ちを込めてぎゅう、と両手を握ると、同じくらいの力で、でも大切に握り返された。ああ、安心する。その穏やかな気持ちのまま、しばらく足を進めていた時だった。
思わず目を瞑る。真っ暗だった遺跡で、急に眩しい光が私達を包んだからだ。驚いて、つい繋いだ手を離してしまう。その瞬間、さっきまで薄らいできていた恐怖が舞い戻ってくる。
「!…何、!」
「やあ、こんにちは。正しい心を持つトレーナー。久しぶり、と言ったほうがいいのかな?僕のこと覚えてる?まあ忘れてても構わないや。だってあれ、君に見つかっちゃったほうが予想外だったんだからね!事故だもん、事故!やり直そうかと思ったけど、それもまた一興というか。面白いでしょ?不確定なものほど面白いものはないってのが僕の持論だからね。これテストに出るよ。マーカー引いとけー。なーんちゃってね!あはは!学校かあ、君もきっと行ってみたかったんじゃない?」
三人ともがそれぞれに小さく叫んで、だんだん白い光に目が慣れてきたころ。目の前に、一体いつからなのか、…少年が現れた。長台詞をぺらぺらと、息もつかずに喋り続ける少年。気持ち悪い。怖い。にんまり、おもちゃみたいに口角を上げる彼に浮かび上がってくるのはそんな感情だけ。そのせいか、手先からどんどん冷たさが全身に広がる。
「ヒナリっ!危ない…っ!」
彼方が叫ぶが、身体を動かすことができないらしい。手足に鎖をつけられたみたいに、じたばたと奮闘している。私も同じで、一歩身を引いたこの体制から動くことができない。まるで、時間を止められてしまったように。
「大丈夫!怪しいものなんかじゃないよ。それに上手くここに来てくれて本当によかった!今日君たちをこんな目にあわせているのはね、ちょっとお願いがあるからなんだ。ほんとに、ちょっとだけだから聞いていってよ。ね、そんなに睨まないで。特にそこのマグマラシ!君のこと僕だあいすきだからさ、あんまり嫌われたくないなあ。…うーん、とは言ったけど嫌われたほうが面白いかな。うん、好きにしていいよ!」
毛先だけが若草色に染まった金髪をさらりとなびかせる。その笑顔はとても無邪気だった。ただ、その無邪気さの奥には何かどす黒いものをはらんでいるのは確かなように思える。そしてそこまで考えて、私は思い当たる節があった。…ワカバを出る日、一瞬だけ視界に現れた、あの子供!
怖い。目を合わせたくない。顔を背けたいのに、背けることができない。なのに少年は目の前に現れる。そう、まさに目の、前に。
「普段僕は、僕だけのために行動する。だってそうでもしないと退屈だもん!だけど今回だけは違う。…大事な僕のガールフレンドのお願いなんだ!でもそれだって結局は僕の欲望のため?ああ、そうだねえ!その通りだ!ふふふ、ははは!そんなこと言ったら全部、君達の行動や考えは全部自分のためだよ。考えてみてよ、誰かのために動くって、結局その誰かの笑顔が見たいっていう君の欲望でしょ?それか、誰かのために動いている自分ってステキだっていう自己満?それを味わいたい欲望だよね。でしょ?でしょでしょ?だからね、結局はどこかでキリをつけなきゃいけないんだよ」
少年は、ひたすら自分の世界に陶酔してるらしい。物語を即興で紡ぐように、詩を詠むように、ゆらゆらと不気味に彼は言葉を並べ続ける。
「と・いうわけで。今から使う力は僕のものじゃなくて、彼女のものなんだけど、まあ大丈夫!…そんな怯えた表情しないでよ。面白いなあ!本当に君たちは面白い!ああ、この世に生まれてよかった!君たちは僕の生き甲斐だよ、本当に!君たちがいなくなったら僕はひょっとして死んでしまうかもしれないよ、ふふふ!まあ冗談だよ、死ぬ気はないよ。もし君達がいなくなったら、また自分で面白いこと起こすから。たぁのしいよ?いかにも番狂わせー!てことをするのは本当に楽しい!だから死にたくないし、死ねないんだよね。この気持ち分かる?分かんないよね君達揃いも揃って馬鹿みたいだし。そこのパチリスだったら、ちょっとくらい分かってくれると思うんだけどな」
『ヒナリっ!そいつから離れて!』
彼方が、動いた。動けないはずなのにどうして?少年のもとに駆け、みるみるうちに炎を全身に纏いそのまま転がって、少年に火炎車をくらわそうとしている。それを見て、漣と理央と、そして私が大きく動揺した。
「彼方っ!やめろ、そいつにはやめろ!」
「彼方、そいつにだけは駄目。僕の言う意味、分かる?」
『そんなの知らない!…知りたくもない!僕が知ってるのは、ヒナリがそいつのことを嫌だって思ってること!』
「彼方、大丈夫、大丈夫だから…!」
漣が本能で、理央が理性で彼方を押さえつけ、そして私が気持ちを宥める。彼方はそれを聞き、ふ、とその動きを止めてその場に降り立つと、そのまま少年に対して警戒態勢をとった。よかった。多分、逆らってはいけない何かがこの少年にはある。それはポケモンではない私にも分かる。それはこの心臓のうるさい鼓動が証明している。
「ふぅん、すごいねえ君!愛は世界を変えるんだ、改めて感動したよ僕!そうだよ、君は彼女の運命を変えたくらいだからね。君の思いは強い!とても強すぎる!僕は君に敬意を払おう!だけれど、今からすることは止められないんだ。申し訳ない、本当に申し訳ないと思っているんだよ?だって僕は反対したんだから。だけどどうしてもって、語尾にハートマーク付けられちゃったら断れないよね。こんなのに一々付き合っているほど優しくないんだから僕。でもしょうがないね。彼女の怒ったところなんてずぅっと見たことないから、逆に怖いんだ。…何?怖じ気付いちゃった?大丈夫、まあそこまで大変なことでもないから。多分ね。安心して行っておいで!いくよ?3、2、1!」
ぜろ。
そう、いやらしく口元を動かした少年を見たが最後。私達は、意識を飛ばした。
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