刹那を恐れ愛おしむ

「そういえばさ、千紘は最初から人型になれること知ってたんだよな」

キキョウを出て、ウソッキーさんをいじめたあの道路を戻り、エンジュへ向かう。ちなみに今日は珍しく理央が野生戦をしてくれている。そろそろちゃんとレベル上げしようかな、だそうだ。それにしても、私達の足元を小さな歩幅でちょこちょこ駆ける理央を見ていると、その本性を忘れてしまいそうになる。くるんと巻いた尻尾をふりふり、時々振り返ってはこちらを見上げ、にやっと笑う。…つくづく可愛いなあ、なんて。

しかし彼らの話題はそんなことではなく、新しく仲間に加わったばかりである千紘の話だ。本人はまあ、きょとんとしているけれど。漣が不意にそう呟いたのを聞いて、そういえばと思い立った。

「確かに、どこかで目覚めたってこと?なら僕と同じだね」

『てか彼方も、どこで人型取れるって気付いたわけ?僕と漣は彼方の見て初めて知って、真似してみようとしたら出来ちゃっただけだし』

「僕は…、ヒナリのこと考えてたら、なんとなく出来ちゃって。それで、びっくりしすぎて漣のいた洞窟の池に落ちたんだっけ…」

「まじかよ、それ初耳だよ俺」

『てか人の姿になれちゃうようなこと考えるって…一体どんなこと考えてたの?』

理央が途端に悪戯っ子の顔になったのを見て、彼方が肩を震わせる。多分何も分かっていない千紘が首を捻って彼方を見つめると、余計彼方は言いにくそうな顔をした。ちょっと可哀想かなとも思うけど、私も一番最初の話は興味があるし、フォローに回るのもちょっと…という感じだ。いつもだいたい彼方に味方している漣も今は私と同じみたいで、ニヤニヤとこの状況を楽しんでいる。

『かーなったくーん、どうなのその辺』

「え、…えっと。ヒナリともっかいちゃんと会えたら、何しよっかなって」

逃れられないと思ったのか、彼方はお茶を濁しつつも何とか話し出す。だけどさすがは我らが頭脳派理央様、誤魔化そうだなんて許すはずがなかった。瞳をきらんと光らせれば、その威圧感に勝てるはずもなく。

『で、何を?』

「…まずどこでもいいからどこか遠くに旅に出て、一緒にいれなかった時間の分めいいっぱい傍にいようって」

『うんうん、それでそれで?』

「えっと、だからいっぱい引っ付いてたいなーって。ヒノアラシの頃みたいに抱っこされるのもいいけど、出来たら今度は僕からぎゅってしたいなーだとか、傍で寝るときも髪の毛さらさらしてみたいとか、見上げられるのって憧れるなーとか、僕が人間だったらそんな風だったのかなって思ってたらなんとなーく。…ってあれ、何喋ってるの僕!」

『要するにイチャイチャしたかっただけじゃんこのむっつりー!』

…顔がぽかぽかしてくる。彼方の顔を横目でちらりと見ると、やはり私とお揃いでぽかぽか、頬を抑えて唸っていた。それを見て理央が余計けらけら笑う。もう、なんでこんなことになっちゃったんだろう、私のことを思ってくれてるのはすごく嬉しいけれど、でもなんだかその内容がその、まるで、恋人、のような。でもきっと、彼方にはそういう気持ちはなくて、単に私をトレーナーとして、幼馴染として慕ってくれてるってだけで、だから多分私が変に意識してるだけなんだ。それに彼方といえば、ヒノアラシの頃から腕の中にいきなり飛び込んできたり一緒に寝たり、何かとスキンシップ過多じゃないか。その延長線上ってだけなのに、何を意識してるんだろう。うう、恥ずかしい。というか、なんでこんなに私は一生懸命取り繕ってるんだ!ばかばか!

「漣、…むっつりって何?」

「何て説明すればいいんだろ、うーん。異性には知られたくない秘密的な?てかまた後でちゃんと教えてやるから千紘、今は勘弁して!ヒナリちゃんに軽蔑されるのやだよ俺」

「ててて、ていうか!元々僕じゃなくて千紘の話じゃんか!千紘!」

彼方があたふたしながらも話を変えて、私と漣がああそうだった、と乗っかる。でも理央がチッと軽く舌打ちでもしてそうな顔をしたのを見てしまって、若干怖い。せっかくの可愛い容姿が台無しである。

そして話を振られた千紘はというと、名前を呼ばれてびくんとした後しばらく返答を考えていたみたいだけど、やがてぽつんと口を開く。

「俺は…、忘れた」

「わ、忘れちゃった…?」

「うん。そこだけ、ぽっかり」

至って平然とした顔で述べる千紘に、全員ががくっとする。そ、そうきたか。まだ何かと謎のままの千紘なのに、これじゃあ謎は増える一方だ。そのうち千紘の七不思議が出来上がったりして。沈んでいくテンションを上げるため、私は慌ててフォローに回った。

「じゃあっ、千紘、いつか思い出したら教えて?私すごく興味あるよ」

「…わかった。思い出したら、ヒナリにちゃんと伝える」

「え、俺らには教えてくれないの千紘?」

「…漣は、どうしよっかな」

「何で!」

「千紘、漣の扱い方分かってきたみたいじゃん。漣なんか雑でいいんだよ雑で」

「理央お前俺を何だと思ってるの」

漣がノリよく乗っかってくれたせいか、自然とまた会話が回り出した。一瞬の危機はなんとか脱却である。よかったよかった。

ふと進行方向を見れば、大人のお姉さん二人組が待ち構えていた。バトルしろ、ということだろうか、それも、ダブルバトル?私達の前に立ち塞がって、彼女達はモンスターボールを差し向ける。

「そこの素敵なお兄さん達とお嬢さん、お姉さん達と勝負しましょ?」

「勝…負?」

勝負の言葉に千紘がぴくりと反応する。…好きなのかな、バトル。でも、とりあえずまず千紘には、トレーナー戦というものを見て学んでほしい。人間の指示でポケモンが戦う、というのを千紘はどうも知らないみたいだから。戦うのは、パチリスの姿になっている理央と、それから彼方にお願いしよう。そう思って目配せすると、彼方はこっそり物陰に隠れてマグマラシの姿になると、さりげなく私の傍に戻ってきてくれた。

「俺も戦いたい…」

「あら、お兄さん達はトレーナーじゃないの?残念だわ」

「はは、それはどうも。千紘、お前は俺と見てような」

首根っこをぐいっと引っ張って、不満げな千紘を止めてくれる漣はすごく頼りになる。千紘、普通に人前でリーフィアの姿に戻りそうだったから。そんなこんなしているうちに、相手のお姉さん達もポケモンを繰り出した。赤い光の中から飛び出したのは、ピクシーとプクリン。二匹とも女の子に人気のある、可愛いポケモンだ。ぽよんと跳ね返されてしまいそうなピンクのボディ、確かに乙女心をくすぐられる。だけど私の仲間達だって負けてない。理央と彼方の背姿を見つめ、そんなことを思っていると二匹の会話が聞こえた。

『あんなのより、ぜーったい僕らのほうが強いし、可愛いんだから!』

『え、理央、僕もなの?』

『彼方はその格好でヒナリに引っ付いてニコニコしてる時は、悔しいけど可愛いよ』

いつでも可愛いし頼りになるよ、と思う私も大概だ。…最近人のかたちになった時はどきっとさせられることも多いけど。

というか、そろそろバトルを始めなくちゃ。お姉さん達を待たせてしまっている。審判をしてくれるという漣にオッケーの合図を送ると、漣はにこりと微笑んだ。

「使用ポケモンは2匹、制限時間なし。…試合開始!」
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