刹那を恐れ愛おしむ
『な、長かったね、理央…』
『あー疲れた!これだから耐久力ある奴は嫌いだよもう!』
「ねえ理央、さりげなく俺のこと嫌いって言ってない?」
「多分、そういうことじゃない…」
『うわー被害妄想だー、やーい!』
「漣ごめんね、いつも苦労かけちゃってるからだよね」
「千紘もヒナリちゃんも今俺に声かけないで、余計恥ずかしくなるからあ!」
バトルが終わったのは、バトル開始から随分と時間が経ったあとだった。プクリンとピクシー。二匹とも耐久力が高いポケモンだ。いくら彼方の力技で攻撃しても倒れない。しかも相手の技にもなかなかの威力があって、耐久力が低めの二匹としてはそう攻撃を食らうわけにもいかない。そのせいで理央のサポートもひかりのかべなどの防御に徹することとなり、試合のテンポがどうしても遅いのだ。時間をかけてようやく倒すことはできたけど、二匹はその時くたくたになっていた。歩くのもだるいらしく、理央は漣の肩にへばりつくし、彼方も私の腕に抱えられる始末である。二匹ともボールに戻るのは寂しいから嫌だそうで。まあ、そう言われてしまうとちょっと嬉しいから、いいかな。
それにしてもトレーナーは指示を出すだけだからそこまで疲れないけど、戦うポケモン達をここまで疲れさせてしまうのは問題だろう。
「耐久力あるポケモンの対策考えないといけないね」
私が何気無く呟いた言葉に、続々と意見が集まってくる。まず声を上げたのは漣だ。
「はい!ラプラスはぜったいれいど・じわれ・つのドリルの三種の一撃必殺技覚えられるから俺に任せて!耐久なんて関係ないよ!」
『はあ?馬鹿じゃん、そんな確率低いのに任すのは最終手段!僕がうそなき習得したら相手の特防さげられるから、それで何とかする!』
『僕はアタッカーだから、残念だけどあんまりどうすることもできないかな。千紘は?』
「俺…?俺も、攻撃してるほうが好き。一発で倒れてくれるのはもっと好き」
千紘の回答はなんとなく方向性が違うような気もするけど…、でも理央と漣のアイデアは十分実現可能だ。それから、私も一つ思いついたことがある。
「理央に、どくどくを覚えてもらうっていうのはどうかな。じわじわだけど、鋼タイプと毒タイプ以外なら確実に効いていくし」
『なるほど、それなら出来そうだね!』
『問題はどうやって技マシンを手に入れるかだけどね。言っておくけど根性で覚えろとかいうのは、どう足掻いても無理だから』
ぴしゃりと理央に言いのけられる。うーん、いいアイデアだと思うんだけど。考え込んでしまいながらも足を進めるうちに、ようやくエンジュへの関所まで辿り着いた。そこまで長い距離でもないのに、だいぶ歩いた気がするのはなぜだろう。ポケギアを見れば、時刻は昼の一時。やはりそれほど時間は経っていない。
それにしても、さすがジョウトの中央と呼ばれるエンジュシティ。さっきから街の中に入っていく人の多いこと!コガネも凄まじい人の量だったが、コガネよりも多いのではないかと思うくらいだ。迷子にならないか不安だな、と思っていた時、理央があ、と声を上げた。
「どうしたの、理央?」
『見てこれ!タイミング良すぎるでしょ!』
慌てて小さな指を差す先には、壁に貼られたチラシ。エンジュシティ花火大会、と書いてある。こんな微妙な時期に客は集まるのかなと思ったけど、この人の量からすると問題なさそうだ。
『へえー、花火かあ!見てみたいねヒナリ!』
「そうだね!…でも理央、これの何をするの?」
『そっちじゃなくて、こっち!』
「…読めない」
「なんて書いてあるの、ヒナリちゃん」
「え…?"ポケモンコンテスト エンジュ大会"…日にちは明日の昼間みたいだね。"優勝者には豪華景品!進化の石、技マシンetc"…って、!」
皆が顔を見合わす。確かに、素晴らしすぎるタイミングだ。素晴らしすぎる…なんだけど、私はそれどころじゃなかった。コンテスト、なんて。光景が頭に浮かぶだけで、じわりと額に汗が浮かんだ。しかし、私の思いを露とも知らない、知るはずもない理央はふふんと鼻高々、ご機嫌に私のほうに振り返る。
『ねえこれ、僕のためにあるようなもんだよね!』
「まあ確かに、お前可愛こぶるのは大得意だしな」
『ねえ出るでしょヒナリ!』
そりゃあ、もちろん…と言いたいところだけど。コンテスト、その光景はテレビで見たことがある。大きな舞台、スポットライトの下で、大衆の視線が一気に集中する。…怖い。また人前でポケモンと話してたって、やらかしたって、たくさんの人の奇異の視線を持って帰ってきたって、怒られる。おかあさん。ごめんなさい、ごめんなさいって、言わなきゃ。
深く考える前に、頭から血が引いて、思考がシャットアウトして、最終的に真っ白になってしまった。そして、過去の自分が懇願する言葉だけが頭の中に反芻する。出来れば、逃げたい。出来るわけがない。怒られる、怒られる…!彼方がそんな私の隠しきれない表情の変化を察したのか、そっと腕の中から見上げて声をかけてくれた。
『ヒナリ、』
「ごめんね、大丈夫だよ」
『…大丈夫じゃないでしょ?』
彼方の声色は険しかった。気遣いをさせてしまっているという紛れもない事実に、心がじくじく痛む。さすがに漣達も気がついたらしくて、私の様子を覗き込みにきた。
「ヒナリちゃん?…どうしたの、体調悪いとか?」
「ううん、だいじょう」
「それは嘘…ヒナリ、大丈夫な顔してない」
「……」
千紘が俯いていた私の顎をくいと持ち上げた。否が応でも、彼らにこの情けない顔が晒される。ああ、ほんとうにごめんね。そんな不安そうな顔をさせてしまうなんて、トレーナー失格だ。こんなにも囚われる自分が嫌いで嫌いでしょうがない。
そんな不穏な空気が漂うのを取り繕ろうと、彼方がわざとらしいほど明るく提案してくれた。
『ヒナリね、ちょっと体調悪いみたい…だからさ、コンテストは僕らの誰かがトレーナーとして出たらいいでしょ?ね、理央』
『…まあ、別にいいけど。コンテスト出て、ばっちり景品貰ってこれるなら!てか体調悪いならさっさと言いなよ馬鹿!』
「確かに顔真っ白だし、唇も青いよヒナリちゃん、ポケセン行ったら休もうか」
悲しいくらいに甘い彼らの言葉に力なく笑う。というか、本当に体調悪い顔をしてるなんて。彼方が適当に言った仮病だと思ったんだけど。自分の手のひらを見てみると、血の抜けた不気味な白色だった。
『お祭り、出店とかもあるみたいだね。明日元気になったら、一緒に見れるかなあ』
「…彼方、出店って何」
『僕も実際に行ったことないけど、綿あめとか、焼きそばとかいろいろ食べ物売ってたり、射的とか輪投げとかゲームしたり、あとはお化け屋敷とかがあるとこもあるのかな?』
「食べ物…!」
千紘の目が輝く。やっぱり食欲に素直だなあ。いつも通りのわいわいした空気がようやく戻ってきて、私もようやく息苦しさから解放された。あまりにも弱い自分を実感して、じわりと蔓延する痛みは続いていたけれど。
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