刹那を恐れ愛おしむ

コンテストのエントリーは昨日のうちに漣達が済ませておいてくれたらしい。ちなみにトレーナー役に任命されたのは漣だ。千紘は到底普通のトレーナーを演じられそうにないのでまず却下。漣と彼方の二択となったわけだけど、年齢も上だし、なんだかんだ理央をストップさせられるという理由で漣になったらしい。私も体調は戻ったものの、エントリーした以上漣にやってもらう他ないのだ。それに、やはり、…。

屋外会場には人、人、人。とにかく人、時々ポケモン。この大衆の前に立てる漣と理央は本当にすごいと思う。エンジュ訛りが飛び交う中、私達はまるで異国に来たような心地だった。
何とか立ち見できそうな場所を見つけたはいいものの、後ろから押し寄せる人の波にどんどん潰される。苦しいなあ、なんて一瞬ぼーっとしたのが駄目だった。隣にいたはずの彼方と千紘がいない。…そんなまさか、はぐれた?そう思った瞬間焦りがどっと押し寄せる。どうしよう、きょろきょろしてみても知らない顔ばかり、というかまず身長が足りなくて何も見えない。思えば彼方達はポケギアとか何も持っているはずないから、連絡手段もないじゃないか。こんなところでお別れなんて…というのはさすがに大袈裟だろうけど、こんな状況なら現実味が増してくる。

ざわざわと騒がしい人々の中、胸の内をざわつかせる私が一人。焦りと孤独が最高潮まで達した時、ぐらりと手を引かれた。

「…ヒナリ、いた」

深く考える間もなく、手を引かれるままに人混みの外へ飛び出す。途端に息を吸い込むけど、…酸素がこんなにも美味しいだなんて知らなかった。て、そうじゃなくて、この訥々とした喋り方、くるくるの髪の毛は。

「千紘?」

「ん。…彼方、ヒナリ、いたよ?」

千紘の連れていってくれた先には見慣れたパーカーの彼もいて、私を見つけるとすぐに駆け寄ってきてくれた。二人の顔を前にした瞬間不安や何かは消え失せて、はあ、と溜息が出る。こ、怖かった。でも会えて本当に良かった。

「よかった、ヒナリと一生会えなかったらどうしようって、僕…大袈裟かな」

…なんというか、似たようなことを考えていたようで。照れ臭そうにはにかむ彼方に、私も一緒だよって言うのは恥ずかしくて出来なかったけど、それでもつい視線が合えば何となしに笑い出してしまう。

「それにしても千紘、見つけてくれてありがとう…って、」

千紘の方に振り向いた私の言葉が止まる。どうしたの、と振り向いた彼方の言葉も止まる。それもそのはず、何てことなさそうに佇む千紘だけど、その手に持っているのは、…昨日いつの間にか理央が焼いてくれてて、今朝渡してくれたクッキー…じゃないかな。確か鞄の中に入れておいたはずなんだけど?間違いない、あの可愛らしいピンクのラッピングの袋は理央がくれた、理央がくれた…。

「ん。いい、よ。ヒナリの匂いなら、すぐ分かるから…、簡単だった、けど」

「いや、えっと…千紘、何食べてるの…?」

「理央がくれた、クッキー、?」

「…それはもしかして、この鞄の中にあった?」

「いい匂い、したから…、だめ?」

「だめー!!」

彼方がわーっと喚いて、その後すぐにしょぼんとする。千紘の持ってるクッキーの入ってた袋の中を確認すると、もちろんそこには粉状になった欠片しか無くて。それを見たら、私もつい彼方と一緒にしょんぼり。ひどい、昨日寝てる時からほんのりいい香りがしてきてて、明日あげるから今は我慢だよって言われて楽しみにしてたのに…!また頼んだら焼いてくれるかな、なんて考える前に、ちゃんとこういうのは教えてあげなくちゃ。千紘はだいぶ常識が抜けがちなのは分かってるんだから。だいぶ身長差はあるけれど、少し背伸びして頑張って目線を合わせようとする。

「千紘、あのね!他の人の鞄の中に入ってるものを勝手に持ってったら駄目!ね?」

「…?」

「えっと…、"ひとのものをとったら、どろぼう!"なの!」

どこかで聞いたような台詞を引用してそう説明すると、千紘はしばらく首を捻った後、はっと閃いたみたいに大きく頷いた。危なっかしいというか、何というか。

そんなこんなをしているうちに、陽気な音楽と司会者の声がスピーカーから鳴りだす。何とか人と人の間から舞台の様子を覗いて、さあ、コンテストの始まりだ。エントリーしたトレーナーは10人。
漣の番号は…5番だったはず。

「エントリーナンバー5番!漣さんです!」

わあっと歓声が上がる。漣はなんでもないように軽く微笑みを浮かべながら手を振っているけど、絶対あれは心の中で調子乗ってるんだろう。それにしても女性の歓声が大きいような気がしたけど、気のせいだろうか。まあ容姿は整っているし、分からない気もしないけれど。何でもなさそうにしてるけど、あの人内心相当にやにやしてるよ、って教えてあげたい。

彼方と千紘と一緒に手を振っていると、気がついてくれたらしい、さりげなくウインクをしてくれた。舞台上だからか、なかなかさまになっている。そうやってのほほんとしていたのも束の間。

「続きまして、エントリーナンバー6番!煌輝さんです!」

こうき?…こうきって、煌輝くん?

「ヒナリ、煌輝って…!」

「な、なんでここに煌輝くんが…」

目を凝らして舞台上を見ると、何を考えているのかわからない垂れ目に、金の短髪、それからジャージ。完璧に煌輝くんだ。やはり漣と同じように、こちらに気付いてウインクをばちこーんと送り込んでくる。…なんとなく複雑な心境。

「…煌輝って、あいつ?」

「そうだよ、ちょっとだけ一緒に旅してたんだよ」

「ふうん…」

訝しげに首を捻る千紘だけど、それも無理はない、知らない人なわけだし。というか、煌輝くんが出てるということは、ぴーくんがエントリーしているんだろうか…、このかわいさコンテストに?多分煌輝くんが無理矢理参加させたんだろうな。ぴーくん、お疲れ様です。

「そしてエントリーナンバー7番!コトネさんです!」

「…なんで知り合いばっかなの、この大会」

私の溜息に、また千紘が首を捻る。いつもの帽子を被ったコトネちゃんがスポットライトを浴びていた。そしてやっぱり私に気がついたのか、可愛らしいウインクを一つ。ウインクをしろという規定でもあるんだろうか。というか、私そこまで存在感ないはずなんだけど…!

「次はビジュアル審査です!出場者の皆さんは一度舞台裏に戻ってくださーい!」

司会者の言葉で、ぞろぞろと出場者達が退場していく。コトネちゃんとはワカバ以来一度も会っていないし、話もしたいなあ。ポケモンセンターに泊まっていれば、会えるかもしれない。あのマリルちゃんも元気かな、と懐かしさを募らせていた時。

「…ん?彼方?」

聞きなれない女の人の声だった。だけど彼方には覚えがあるらしく、ばっと勢いよく振り向く。

「いろりねーさん!」

「ふふ、元気で何よりよ。…その子が、例の?」

「うん、ヒナリだよ!」

一瞬、目を疑ってしまった。彼方は背後にいた女性にわあっと抱きついたのだ。…知り合いみたいだけど、それにしても女性にいきなり抱きつくとは如何なものか、でも…うーん。
そんな彼方にも慌てず動じず、よしよしと大人な対応の女性。落ち着いた赤のロングコートを着た、…いろりねーさん、って言ってたかな。

「初めまして、ヒナリちゃん。いろり、と言います。彼方とは、以前キキョウの辺りで会ったかしらね、それで友達になったの」

手を伸ばして、握手。笑ったときに、アップにした朱色の髪がふわりと揺れて、同性だけど少しどきっとした。それにしたって、彼方がこんな綺麗な女性、しかも人間とも知り合いになってただなんて。

「いろりねーさん、今はエンジュにいるの?」

「そうよ。今日はコンテストもお祭りもあるからね、折角なら楽しんじゃおうかなって。ヒナリちゃん達も、今日は夜までいる?」

「え、えっと、花火とかまではいたいなって」

「なら丁度いいわ!おいで、いいところに連れていってあげる」

いろりさんは私の手を引いて、人混みの中を潜り抜けていく。一体どこへ行くというんだろう。1次審査まではまだ時間があるからいいけども…。彼方は絶大の信頼を寄せているようで、嬉々としながらいろりさんのあとを追う。隣を歩く千紘は深く考えていないらしく、ただ私のジャケットの袖を掴んで無表情。…漣と理央の二人がいないと私達はどうものんびりしてしまう。二人の存在のありがたみを改めて実感した。

走る度、いろりさんの朱色の髪をとめるかんざしの飾りがきらりと揺らめく。服装は洋服でモダンな感じなのに、不思議だ。そのきらめきを追いかけるように、私は再び足を進めた。

***

「どーうもっ、漣くん…だっけ?」

ぞくりと鳥肌が立った。呑気そうな声が逆に不気味だ。肩に手を回されて、こがね色の短髪が目に入る。いきなり馴れ馴れしすぎないか、この人。

「どうも…、お初にお目にかかります、ってとこかな」

「そんな改まらなくていいよー。煌輝でいいよ、煌輝で」

出来るだけ目を合わせないように、俺は足を進める。それでもついて来るこの人、なかなかハイレベルな不審者だ。それに、煌輝という名前。いつだか彼方がそんな名前を口にしていた気がする。よりにもよってこいつか、何かとヒナリちゃんと彼方の関係をややこしくしてくれた一因は!そう思うとなんだか憎しみが湧いてくる。

「ヒナリちゃんも彼方くんも元気そうでよかった、舞台上からよく見えるとこにいたよねー。てか仲間増えたみたいでよかった!君とあのパチリス、それから客席でぼーっとしてたリーフィアか。いやー、瑞芭が頑張った甲斐あるね」

「なんで、そこまで」

ヒナリちゃんに、何の用なんだ。俺達の知らないところで何かが動いている。朱色の瞳孔が猫みたいに細まって、それが余計に気味悪い。一筋の汗が頬を伝った。

「そんな怖い顔しないでよ、れーんくん?あっ、ぴーくんただいまー」

彼の視線の先には一匹のピカチュウ。ぴーくん、なんという安直なネーミングだろう。ピカチュウことぴーくんは、丁度理央と話していたところみたいで、煌輝に気がつくと彼の足元に寄ってきた。同じように理央も「あ、」と気がつくと、俺の肩にぴょんと飛び乗る。

『聞いてくださいよ煌輝さま!あのマリル、まりりんと違ってすごい大人しくて可愛いんですよ、もういかにも女の子〜みたいな!僕の知ってるマリルじゃない!』

『あんなんより絶対僕のほうが可愛いの!もちろんあんたよりもね!』

『その点は大丈夫、僕だってこの大会出るの不服だから。早く帰りたいもん』

『じゃあさっさと帰れー!』

『うん、そういう文句全部うちの主人に言ってよ理央くん』

なんだこいつら。ぎゃいぎゃい騒ぐ理央をぴーくんはさらりと受け流す。そんな様子を見て煌輝はひたすらけらけらと笑っていた。さすがの俺も困ってしまって、引きつった笑みを浮かべるしかない。

そんな状況を救ってくれたのは、とある女の子だった。赤いリボンのついた帽子のつばの奥から俺を見上げて、あのう、と緊張した面持ちで声を発する。

「ヒナリちゃんの知り合い…なんですか?」

「へ?…あ、ああ。そうだよ」

「本当ですか!私コトネって言って、ワカバタウンでヒナリちゃんと彼方くんに仲良くしてもらって、ね!マリル」

ぱあっと表情が輝く女の子ーーコトネちゃん。悪い子じゃなさそうだ。彼女の腕の中のマリルも少し恥ずかしそうに笑っていて、…もしかしてこのマリルが、さっきぴーくんとやらが言っていた子か?その疑問を裏付けるように、ああーっという元気な声が聞こえた。

『煌輝さま!この子ですよこの子!かっわいい!まじかわいい!絶対優勝!』

『絶対そんなのさせないからー!』

「理央ー、そろそろ大人しくしような?…ごめんね、騒がしくて。えっと、コトネちゃん」

他の出場者達にもさすがに怪訝な目で見られるようになってきたし。理央の尻尾を鷲掴みにすると、離せ離せとだいぶ反抗されたけど、知るか。そんなふとした瞬間、俺は微かな呟きを耳にした。

『かなにぃの匂い…』

「…はい?」

『かなにぃの匂いが、移ってる』

かなにぃ?マリルちゃんの言葉にはっとする。かなにぃって、彼方のことか?俺のジャケットの匂いをマリルちゃんはくんくんと嗅ぐと、頬を赤らめ、幸せを噛み締めたような笑みを見せた。俺はこういった類の笑顔に少し覚えがある。まさかこの子、彼方に…。いや、それはないか。真相を突き止めたいけど、この姿と状況で彼女に話を聞くわけにはいかない。

ちょうどいい具合に、ビジュアル審査用のアクセサリも配布され、それと同時に、テーマも発表される。今回のテーマは、…あかるいもの!

『漣、比較的色が明るめのもの選んでね。僕の体はこの通り白と水色だから、寒色系のものでまとめること、それから一個差し色になるようなビビットカラーのものいれること、それから…』

「あーもう分かった!俺のセンスを信じろ!」

それでもああだこうだと喋り続ける理央の口を指で塞ぐ。辺りを見渡せば、コトネちゃんもあの煌輝も準備は万端なようだ。…よし、負けられないな。俺もつい気合が入る。なんてったって、ヒナリちゃんのためだ!

「制限時間は60秒!3、2、1、…開始!」

『その白い綿毛!それつけて漣!』

「お、おう!」

「ぴーくん、リボンまみれにしよー!あとこのティアラもつけよっかー、あははー!」

『ちょ、煌輝さまあんた一体何考えてるんですかぁ!キモい!』

「マリル、恥ずかしがったら駄目だよ!マリルは可愛いから、私が保証する!」

『コトネちゃん…ううう…』

あちこちから歓声と悲鳴が沸き起こる会場内だけど、耳を傾ける暇はない。結局理央の指示のまま、俺は子分のように働き続けた。あっという間の、60秒だった。
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