刹那を恐れ愛おしむ

それから屋台を巡りきった私達がポケモンセンターに帰ってきたのはすっかり夜中のことだった。お面を買って、皆もはや原型が分からなくなってたり、皆で食べようと買ったわたあめを千紘がいつの間にか食べ尽くして大ブーイングを食らってたり。あとはお化け屋敷でびっくりしてしがみついた先が漣の腕でにんまりされちゃったり、輪投げやら射的やらで四人で競争してたり。たくさんの思い出が生まれることとなった。

そして極めつけは花火大会。赤や青、水色や緑。大輪の花が次々と夜空に咲き乱れる景色は圧巻だった。本やテレビで知るのとは全く違う。ふと隣を見れば、私と同じく空に見惚れる四人の姿があって、月並みな言葉だけど、ああ、美しいなあ、なんて。

そしてポケモンセンターに帰ったら帰ったで、テンションが上がりきって眠れないという漣がどこからかお酒を取り出して、成年してるらしい漣と千紘で飲み会が始まってしまった。酔っぱらってさらにテンションのぶっ壊れた漣は、私や彼方にやたらと抱きついてきて寝かせてくれなくて。ちなみに理央は要領良くそこから逃げ出して、のうのうとベッドを独り占め。千紘はというと、彼はお酒には強いらしく、いつも通りの無言で淡々と飲み続けていた。だけど徐々に目が据わってきて、最終的には私の腕に絡みついたまま眠ってしまい。そのせいで、理央を除いた四人で今夜は雑魚寝をするはめになってしまった。まあでもそんな夜もいいかな、なんて思う私も随分浮かれてるらしい。

翌日、本当はジム戦を挑みたかったんだけど、二日酔いの漣を連れて戦うわけにもいかない。仕方がないから、未だ一緒にバトルした経験のない、千紘の腕試しをすることにした。漣は部屋に放置!飲み過ぎるのが悪い。ポケモンセンターの二階に解放されているバトルフィールドを借りて、練習試合だ。彼方と理央の声援を受けながら、試合が始まる。

「じゃあ、遠慮なく行くからね!ベイリーフ、はっぱカッター!」

ベイリーフくんはコトネちゃんの指示に笑顔で頷くと、その頭を振るって葉を飛ばす。そう、練習試合の相手をしてくれたのは丁度会うことができたコトネちゃん。事情を説明すると、二つ返事で了承してくれた。ちなみに、マリルちゃんは昨日のコンテストで疲れてしまったのか、やはりまだ眠っているという。彼方との再会はまた今度の機会になってしまったけど、この地方は狭い。きっとどこかで出会えるはずだ。

「千紘、リーフブレードではっぱを斬って!」

『…ん!』

戦ってみて分かったのは、千紘はとにかく技のキレと精巧さに秀でている、ということ。特に、額の葉を長く変化させた刃によるリーフブレードの斬れ味は、空気をも切り裂く音がするほどだ。

そして、千紘自身も相当バトルが好きらしいということも。いつもぼんやりとした琥珀色の瞳が、今はぎらぎらと欲に塗れた色をしていて、あの時の…出会ったばかりの時、ベッドの上で見つめられた時の、あの瞳みたいに見えた。今まで、戦いから得られる快感に飢えていたんだろうか。

私は一瞬、その目を怖いと思った。それからすぐにそのことを深く後悔した。自分の大切な仲間を、そんな風に思うだなんて。トレーナー失格、という念が渦巻くけれど、今はとにかくバトル、バトル。

千紘はにやりと口角を上げると、私の指示通り、襲ってくる葉を、その刃で文字通り木っ端微塵にしていく。ベイリーフくんが唖然とした隙に、千紘はベイリーフくんの後ろに回り込んだ。

「千紘!つばめがえし!」

「リフレクター!」

やった、と思った。つばめがえしは、一度相手の目の前で刀を振り下ろし、相手がそれに驚いた隙を使って斬りあげる技。指示に従ってか、反射的にかはわからないけれど、ベイリーフくんが作り出したリフレクターは、飛びかかってきた千紘の、言ってみれば牽制を防御するために、丁度斜め上に貼られている。その真下が、ガラ空きだ。

千紘も、技が気持ち良く決まるということに興奮が抑えきれないようで、斬り上げる瞬間、鈍い眼光を放ち口角を緩ませた表情が見えた。思わず、背筋がぞくりとする。

それから、ざ、という、何かが斬れる音がした。

「ベイリーフ!」

コトネちゃんがはっとしたように叫ぶ。その一瞬の混戦の様子を私達が把握した時には、既にベイリーフくんは地に倒れこんでいた。戦闘不能だ。

そう、戦闘不能、…なのに。千紘はそのベイリーフくんに、鈍い光と鋭い切っ先を持ち合わせた刃を突きつけた。その瞳は濁り、薄暗い何かを内包しているように見えて、まるで、知らない誰かがいるようで。

「ちひ、ろ…?」

『…ねえ、いきる?しぬ?』

『な、何、言ってんの君…!』

『どっち?』

バトルの後だというのに息も切らさず、倒れたベイリーフくんの顔に刃を近づけ、まるで脅すかのように言う千紘に、まずい、と思った。簡単にまとめてしまえば、狂気。もっと言うならば、敵を斬り壊したいという破壊欲。そんなものがあの虚ろな目に浮かんでいた。

背後から聞こえる彼方と理央の制止の声も聞かず、私は千紘の元へと、走る。

「千紘!」

『…っ!ヒナリ…?』

そして、その胴体を持ち上げると、そのまま腕の中に閉じ込めた。困惑した様子の千紘にはお構いなしで、自分の思いを出し尽くすかのように強く、強く。千紘は暴れなかった。むしろ、その心臓の音は徐々に速度を落とし、同じように体重もだんだんと私に預けていく。

『ヒナリ、やっぱり、気持ちい』

「千紘…っ!だめなの、だめだよ!」

『ヒナリ…?』

無我夢中の私の声に何かを感じ取ったのか、千紘は私を見上げた。琥珀色の瞳は澄んでいて、さっきまでの欲望がぎらつくような様子は全くない。どちらかというと、母親に縋る幼子のような、そんな色をしていた。

「だめなの千紘、これはバトルなの」

『…しなさない、の?』

「そう、だからだめ。そんなことをしたら、だめ」

千紘は心底不思議そうだった。彼がこれまでどんな生活をしてきたか、私は完全に知っているわけではない。けれど、自分の仲間が、大切な千紘が、目の前で命を奪うところなんか見たくなかった。

やがて千紘は私の腕の中で、ぽつりと呟く。

『…ヒナリが言うんなら、そうする』

***

「ヒナリ、大丈夫?その…えっと、千紘くん」

「コトネちゃん…!それに、ベイリーフくんも、ほんとにごめんね…!」

ベイリーフくんの応急処置を終え、彼をボールに戻したコトネちゃんは、千紘を抱きかかえたままの私にそう声を掛けてくれた。その表情は笑顔だったけど、千紘を見た一瞬、ぴくりと恐怖が見えた気がして、本当に申し訳ない気持ちが私を責め立てる。私は深く頭を下げた。同じように千紘にも、頭を下げさせた。

「大丈夫だよ、リーフブレード突きつけたままの時はびっくりしたけど、でもすごく強いんだねヒナリ!私全然歯が立たなかった!ああ、あとさ、名前つけるのっていいね!私も今からでもつけてみようかな…、それからね、」

取り繕うように口を動かし続けるコトネちゃんを見て、そうだった、彼女には会話の内容が聞こえていないということを思い出した。ここ最近、人の姿とポケモンの姿が入り混じって会話することが多かったから。彼女があの時の言葉を聞いていたら、一体どう思うんだろうか。いや、言葉が聞こえていなくても千紘の行動は異様だった、真っ直ぐな狂気の片鱗が明確に見えた。

喋り続ける彼女の言葉はほとんど耳に入ってこなくて、私はこのどうすることもできない罪悪感と自責の念に苛まれる他なかった。
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