刹那を恐れ愛おしむ
「面白かったよ、バトル」
「あ、ありがとうございます」
握手を求められ、素直にそれに応じる。それからマツバさんは、独り言でも言うみたいに訥々と喋り出した。正直、私はこの人が苦手みたいだ。顔の筋肉に上手く力が入れられなくて、ぎこちない笑みを浮かべている自分がいた。
「僕にも探し物があるんだ。ホウオウ、というポケモンでね、火事で焼けたポケモンを蘇らせたとか、正しい心を持つトレーナーの前に現れるとか、そんな言い伝えがある、伝説のポケモン。知ってる?」
「ええ、まあ…伝説として、なら」
実在するのかも分からない、伝説のポケモン。想像の絵でしか見たことがないけれど、それはとても神々しいものだと思った記憶がある。七色の羽を持つその姿に魅了され、探し求める人も多いというけれど、マツバさんもその一人なんだろう。
「バトルが始まる前に、君を探してる人がいるって言ったでしょ?…その人は、僕にホウオウの居場所も訪ねに来たんだ。そんなの、こっちが知りたいくらいなのにね」
そう言って苦笑したマツバさんの気持ちは上手く測れないけれど、…一体、誰のことなんだろう。そんなに人付き合いが幅広くないけど、思い当たる人はいない。ホウオウと私を探して、何がしたいのかも分からない。何だか気味が悪いな、そんな思いが顔に出ていたのか、マツバさんはごめんね、と小さく謝り、それから私にバッジを手渡した。
「ファントムバッジ。僕に勝った証。これがあれば、なみのりで海の上をポケモンに乗って進むことが許可されるよ。…そのラプラスにでも乗ったらいいと思う」
マツバさんはそう言い残すと、手をひらひら振りながらジムの奥へと消えていった。飄々とした、捉えどころのない人…ゴーストタイプ使いと聞いて、とても納得できる人だったな、でもやはり苦手だ。それは普段感情そのままに生きている皆といるせいなのかもしれないけど。
それにしても形容しがたい不思議な形のバッジだ。バッジケースに嵌め込むと、ちょうどケースの上段が埋まった。ジョウトで集めるバッジは、残り半分。半分まで辿り着いたことは嬉しいけれど、少し寂しかった。でもカントーでもバッジは集めないといけないから、まだ旅は続けられる、そのことに一抹の安心を覚える。まだ、皆で一緒にいたい。
*****
「順路通りに行くと、次はアサギシティだね。鋼タイプなら、彼方が活躍しそうか…うーん、僕の出番はー?」
「俺の出番もない…」
「えへへ、千紘と理央の分も頑張るからね、任せといて!」
漣をジョーイさんに預けている間、ポケモンセンターの一室でのんびりと過ごす。一昨日はコンテストとお祭り、昨日はたくさんバトル、となかなか疲れることばかりだったから、たまには息抜きだ。
だけど私は、一つ彼らに伝えなければならないことがある。こんなこと言って、何て言われるか分からない。それでも私は、行きたいんだ。
「そのことなんだけどね、」
少し声を張ったからか、三人はおや、と私の顔を覗き込んでくる。服の裾を握りしめて、私は彼らに告げた。
「アサギの前に行きたいところがあるんだ。漣に乗って、すごく遠いところなんだけど、」
私の大切な故郷、思い出の場所。色んな世界を思い描いて、一緒に夢を見た、私の出発点。今やもう、私の知る景色は消え失せてしまったけど。
彼方は悟ったように唇を噛み締めた。理央や千紘はさすがに分からないだろうから、その名前を口にすると、二人はふーん、と言って、特に何も語らなかった。私もそのほうが嬉しい。語ることは、まだ辛かったから。
「それで、海に行くにはまず南のほうに行かないといけないんだ。それをどうしようかな、て思って」
少なくとも、ヒワダタウン辺りに戻らなくちゃいけない。だけど歩きで行こうとすると、なかなかの距離がある。時間制限のある旅じゃないから、ゆっくりでいいんだけれども。
「飛行タイプとか、それかギャロップでも仲間にいたら、速攻でいろんなところに行けたのにねー。はーあ…」
理央が気だるそうに腕を伸ばしながらそう呟くのを聞いて、ぴょこんと丸まった背筋を伸ばしたのは彼方だ。
「…彼方、どしたの」
「いるよ!…多分ギャロップにも勝てるくらい、速いの!」
目を輝かせた彼方は、立ち上がって私の腕を引いた。ギャロップより速いとなると、時速240km、最近出来たリニアモーターより速いということになるけど…そんなの、私の身体がついていけるんだろうか。理央も同じようなことを考えたのか、私と目が合うとやはり首を捻って苦笑している。多分そんなことを特に考えていない千紘は、速いということに興味があるらしく、きらきらと期待の視線を彼方に寄せていた。
それから、彼方の案内のままに連れて来られたのは37番道路。大人のお姉さん二人組と長期戦を繰り広げた、あの場所だ。でも今は普通の道を外れて、森の茂みの中を歩いていく。彼方に何か耳打ちされていた千紘だけが原型に戻り、その後を追いながら突き進むけど、一体どこに向かっているというのか。進むにつれ、緑豊かな様子だった景色が、岩山が目立つようになってきた。多分、スリバチ山の山脈の一部だろう。
「ねえ彼方、千紘に何させたの?」
「千紘はほら、ずっと野生で暮らしてきただけあって、匂いに敏感みたいだったから。多分、僕や理央より敏感だよ。それに野生の勘?みたいなのも優れてるみたいだし。それで辿ってもらったんだ、あの匂い」
何を、とは教えてくれない彼方に意地悪と文句を垂れると、彼方はちょっと得意げに笑った。…やっぱり意地悪。理央はというと、やはり私と同じでよく分かってないらしく、彼方のくせに生意気!とぷりぷりしている。
『…彼方、あの辺』
不意に千紘が立ち止まったかと思うと、とある方向を指差した。そこには、岩山の断面にある洞穴。野生のポケモンの住処みたいだけど、ここに何があるというのか。彼方は千紘にありがと!と言ってからマグマラシの姿に戻り、洞穴の中へと入っていった。代わりに、千紘が足元に帰ってくる。
「千紘、何を探してたの?」
『…、えっと、名前忘れた』
「ほんと、なんで僕らってみんな馬鹿ばっかなのかな、やっぱり類は友を呼ぶってやつ?」
「じゃああたしもその馬鹿の一人かしら?」
飛び込んできた声は、女性のもの。そして聞き覚えがある、この声は一昨日会った、
「いろりさん?」
「ふふ、また会えて嬉しいわ、ヒナリちゃん」
朱色の髪と一緒に、あの印象的なかんざしも揺れる。余裕のある笑みを私に向けるいろりさんの隣には、やはりさっきから得意げなままの彼方。いろりさんがここにいる理由も、彼方の笑顔の理由も、分からない。ひたすらおろおろとする私だったけど、次の瞬間、目を見開くこととなった。
「え…え?」
『驚いた?…なんて、聞くまでもないわね』
いろりさんの姿が消える。…そして、もう一度現れた。黄金のたてがみ、緋の胴体を持つ、ウインディの姿で。全く違う容姿でも、その声が、雰囲気が、確かにいろりさんだった。彼女がポケモンだったなんて。彼方の笑顔の理由がようやく分かった。気付いていたのに黙っていた彼方と千紘が憎たらしい。その一方、何も知らない理央は私の服の袖を引っ張る。
「知り合い?このウインディ」
「う、うん。いろりさんって言って、彼方の知り合いみたい。一昨日、着物貸してくれたんだよ」
「ふーん、で、このウィンディさんに乗ってくと?」
『話は彼方から聞いてる。乗せるくらいなら全然、いくらでもするわよ』
威厳たっぷりのウインディがお座りをして小首を傾げるなんてなんだか不思議だけれど、いろりさんがするとなぜか可愛らしく見えた。『ありがとう!』と彼方がいろりさんのふわふわの毛並みに飛び込むのを見て、少し羨ましく思う。気持ち良さそうだ。すかさず彼方に倣って飛び込み、毛並みを満足げに味わっている千紘に、理央が呆れ果てた視線を浴びせていた。
「い、いろりさん、でも、なんで?」
『なんで…って言われるとわかんないけど、私が好きでやってるだけ。気ままにこのジョウトを走って、たまには友達を助けたり。全部、私の自由よ』
ああ、それこそ私の憧れる在り方なのに。いろりさんの口調は威張るようではなく、だけど少し誇らしげだった。どこまでも行ける力を、私も早く手に入れたい。いろりさんのような、絶対的な自由。そのためには早くジムバッジを集めて、四天王もチャンピオンも倒して、早く早く、あの山の頂上へ!考えるだけでも胸が高鳴る。そんな私の様子をおかしく思ったらしい理央に名前を呼ばれて、ようやく我に返った。
「ヒナリ、まだ貧血残ってんじゃないの?」
「…理央、心配してくれてる?」
「馬鹿にしてんの、ばーか」
まあどうせそんなことだと思ってましたけどね、なんて。
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