朔月をも照らす灯火

厳かな雰囲気に圧倒される。ゴシック様式特有の尖った屋根の形からして溜息が出るけれど、中はそれ以上に豪華絢爛としていた。特に、ステンドグラスの鮮やかな色彩には目を見張らずを得ない。ちょうど夕陽が眩しい時間帯だったから、色とりどりのガラスを通した柔らかい夕方の光が大聖堂の中を照らすのだ。息が止まりそうなほど、うつくしい。

あの後私たちが向かったのは、アルトマーレのシンボルとも言われているらしい大聖堂。行きたい、とリクエストをしたのは意外にも祐月だった。パンフレットを見ると、なんでもここは古代にアルトマーレを危機から救ったというポケモンを讃えているんだとか。写真にはステンドグラスなんかも載っていて、確かに行ってみる価値はありそう。そうして閉館間際のところを何とか訪ねてみたけれど、予想以上のものを目の前に、ああこれは祐月に感謝しなければいけないな、と思った。

中心部に祀られているのは"心の雫"というもので、ラティオスが姿を変えたものなんですよ、と帰り際だったガイドの女の子が教えてくれた。一見ありふれた水晶みたいだけど、ただの綺麗な石ではなくきっと何かのエネルギーが篭っているんだろう、というのは人間の私にもなんとなく分かった。第六感、とかいうやつなのかもしれない。

「でも祐月、どうして祐月はここに来たがっていたの?」

『あ、それ、僕も気になるな』

素朴な疑問をマグマラシの姿の彼方と(祐月と一緒に原型でいるのを気に入っていたのだ)一緒にぶつけてみると、祐月の耳がぴょこんと立ち上がった。でもそれは束の間、祐月は少し言いにくそうに視線を逸らし、耳もしんなり垂れ下がる。そうして変に照れてしまうものだから、余計に理央や漣たちまでも祐月をじっと見つめだして、さらにあわあわとしてしまっている祐月にちょっと笑った。

『ええと…やっぱり、人の姿になってみたい、と思ってしまっていて、それをお祈りしたいなと思って』

『そっか、それはもう半分神頼みだもんね』

いくらそのポケモンが頑張ったとしても、体質的にできないポケモンはいると、瑞芭ちゃんや煌輝くんと話した記憶がある。彼方は気持ち面での補いもあるかもしれないけれど、まあ出来る体質みたいだし、漣と理央は人の姿になれることを知らなかっただけで、知ってしまえば感覚でなんとなく出来てしまったらしい。千紘の場合はきっかけを本人すらも忘れている。そんな感じで、奇妙にも人の姿になれる子が揃いすぎてしまったのだ。祐月もそうであるかどうかは、本当にどうなるか分からない。まさに、神頼み。

でも、人の姿になれるとか、なれないとかの問題じゃないんだよ。祐月が祐月であることは、どんな姿であろうと変わらない。そういう風にもう一度彼に説くけれど、それでも彼は譲らなかった。はい、分かっています、と微笑みながら小首を傾げると、金色の毛並みもさらりと流れる。

『この姿でもヒナリさんや皆さんが僕によくしてくれることは、もう十分なほどに分かっています。貴女たちはきっと、そんな簡単に僕を手放しはしないんでしょう』

「…そう、だね」

『ふふ。でも、だからこそ…永く一緒にいたいと思う貴女たちだからこそ、僕はもっと近づきたいんです。そう祈ることは、だめでしょうか』

…もう、この子はそうやってすぐに私を喜ばせる。屈みこんで抱き締めることで、その返事のかわりをした。ちょっと苦しそうにしてたけど、彼には苦しいくらいでちょうどいいのだろう。そのうち彼方や理央や千紘も腕の中に割り込んできて、残された漣が困ったように微笑んでいた。

「ヒナリちゃん、でもそろそろいい時間だよ。お祈りするんならしてしまおうよ」

『何漣、ひとり人の姿のままだからヒナリにぎゅってしてもらえないのが寂しい?』

「はあ?…まあちょっとは思わないこともないけど、」

「漣、漣はまた後でね。この街は水路もいっぱいあるし、それに明日にはまた乗せてもらうんだから、そのときに、たくさん」

複雑そうに眉をひそめながら笑っていた漣を見上げ、悪戯っぽく笑いかける。…流石に、変なこと言っちゃったかな。固まってしまった漣に少しどぎまぎしていたけれど、やがて口元を腕で隠して「…ヒナリちゃん、それはずるい…」と独り言を呟いていたみたいだったから、引かれてはないようだ。引かれてはいない。きっと。

そのうちなんだかんだ彼方たちも人の姿に戻って、五人と一匹が横に並ぶ。手を合わせてたり、ただ無言で俯いていたり。私はというと、両手を握りしめて、祈る。彼が、祐月が人の姿になれるとかなれないとか、…ああ、でも彼のために、なれたらいいなと思う。私の本当の願いは、ただ彼を劣等感や疎外感から解放させてあげたいということだけだ。その手段が人の姿になれることだというのなら、私もそう願おう。どうか彼が今以上に笑って、幸せでいられるように。

ぎゅっと閉じていた瞼を開ける。それは皆がタイミングを見計らっていた頃のようで、開いた先の視界は彼らの照れ臭そうな笑顔に満ちていた。なんとはなしに、ステンドグラスに背を向けて歩き出す。

「これで叶う、といいな…」

「叶うよ、きっと!信じてたらどうにかなるかもしれないよ」

「なんというか、彼方らしい考えだよね…というかそもそも、この大聖堂ってラティオスを祀ってるんでしょ?ラティオスって願い叶えてくれるの?」

「いいんだよ理央、この際お願いできるなら神でも仏でもなんでもいーの」

「…ごはん…まだ…」

「もう少しですから待っていてくださいね、千紘くん」

そのとき、歩み出した五人の足が止まった――ただひとりを残して。ギギギとブリキの兵隊みたいに揃って回れ右をして、”彼”を見つめる。途端に集まった視線に彼はびっくり、おろおろと視線の行き場を無くしていたようだけど、やがて気がついたようだ――その視野が数秒前より随分と高いことに。五本の指をじいっと見つめてばらばらに動かしてみたり、首を左右に捻ってみたりして、自分の変化をようやく理解したらしい。ぱちぱちと瞬きをして、私たちと目が合う。

「ゆ、祐月、その姿…!」

「ええ…と。ここに眠るラティオスに謝らないといけませんね…」

ステンドグラスを透かした夕陽の色彩。光の中、彼が小首を傾げて微笑む。優しい月のような、長い髪がさらりと揺れた。
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