夕陽の隣で歩むこと

「な、なんでこんな疲れてるの僕ら…」

『あははー、なんでだろうねぇ!』

「あんたのせいだよ馬鹿!」

なんだか普段より一段と騒がしいポケモンセンターの一室。漣と祐月が必死に足止めしてくれたおかげか、彼方、理央、千紘の援助のおかげか、…それともこのラティアス自身の姿を消す能力のおかげか。ラティオス達を上手く巻いて、なんとかポケモンセンターの一室に入ることができた。ちゃっかりポケモンフーズも頂戴して、すっかりご満悦みたいなラティアスとは対照的に、私達はだいぶぐったりとしていた。漣とか本当に申し訳ない、ただでさえ長い間泳いでもらって疲れてるはずなのに。

本来はご飯だって祐月のお祝いのためにたくさん用意するつもりだったけど、すっかりそれどころじゃない。線が切れたみたいにラティアスに迫る理央が、例えば予定外のひとつ。

「で?シメられる覚悟は勿論できてるよね?あ、言っておくけど逃げられないからね、僕達の連携能力、それから僕の指令能力なめてる?ねえ?分かってる?」

『ひぇー怖っ!すみませーんご迷惑かけましたぁ』

「ごめんで済んだらジュンサーさんなんて要らないんだよ…?ねえ分かる?分かんないかあんたみたいなのには。ほんと馬鹿、馬鹿以外に例えようのない馬鹿、救いようのない馬鹿」

いつもの口の悪さが可愛く思えた。今の理央はなんだかそう、サディスティック…というよりもうただのSだ。罵ることを楽しんでいるようにすら見える。…怖い。
だけどラティアスもラティアスでなかなかのツワモノだ。むすっとした、いかにも怒ってます!という顔も嫌だけど、今の理央みたいにこうも清々しい笑顔で怒られるというのはなかなか抉られるものがあるはずなのに、彼女はケロッと笑っている。まあ理央がその細い足をどんと壁に蹴りつけた時には、さすがに身体をびくんと震わせていたけど。…自業自得である。

『だってぇ、あの兄貴達しつこいんだもん…』

そうぼそっと呟いていじいじと指先(というか爪先)を付き合わせるラティアスに声を掛けたのは漣だった。地面スレスレの低空飛行をするラティアスの元にかったるそうに座り込んで、目線を合わせる。

「…なあ、とりあえず何があったか教えてくれないか?これ以上ヒナリちゃんを引っ張り回して迷惑かけるようだったら、俺もお前を摘まみ出さざるを得ないんだけど」

『うーん、そうだねー。じゃあ次はきみになってみようかなぁ』

漣の質問なんか聞いたこっちゃないというように、ラティアスは一瞬にして姿を変える。漣、の色違いがいた。顔のパーツとか、髪のはね具合とか全く同じなのに、やはり色だけ違う。紫がかった髪と瞳、Yシャツの色は橙色に近い。…何だか、やっぱり変な感じ。真似された本物の漣も目をぱちぱちとさせてしまっていて、さっきの暗黙の脅しに近い雰囲気はどこへやら。漣の顔で、彼女はくいっと私に顔を近づけ、ニシシと笑い、喋り出す。いや、喋り出したというのは正しくない。心臓に直接音が響く感覚。ニューアイランド島でも似たようなことがあったから分かった。多分、テレパシーだ。その証拠に、彼女の口は弧を描いたままで動いていない。どうやら彼女が人型になるのは、彼方達がするようなのとは違うようだ。きっとラティアスという種族が持つらしい「変身」の能力、かもしれない。

――あたし、この通り色違いなのね。変身してもヘタクソなのか、やっぱり色違いになっちゃうし…。それで兄貴共が勝手に過保護になって、空の上のすみかに閉じ込めようとするの、だから逃げてた!以上!

「つまりそれ、あんたの単なる反抗期じゃんか!」

――そう言ってみれば、そうだね!あは!

…底抜けに明るい笑顔が眩しい。理央はそれにも怖気つかずに噛み付くけれど、そんな事情を聞くとちょっと可哀想になってくる。そっか、珍しいから危ないって閉じ込められて、逆らいたくて。まるで以前の私みたいじゃないか、と思ってしまった。私の場合はもう少し入り組んだ事情だったけれど。それに対する反抗の仕方が私の場合地図見たりして旅を空想することで、ラティアスの場合強行突破だっただけ。それだけの違いで、本質的にはなんだかそっくりさんのような気がしてきた。そう思うと、気持ちはあっさりと揺らいでいってしまう。

――ねえだから、一晩だけでいいんですよお、お願いかくまって!

がしっと私の両手を取るのは漣…じゃなくて、漣の姿のラティアス。その姿で瞳を潤ませられると、どうも辛い。それに加えさっき境遇を聞いてしまったばかりで、断れるはずもなく。

「そ、そのくらいなら…」

――!ほんとお、やったああ!

「…はあ、ヒナリが言うなら別にいいけど、僕達に危害は及ばないよね?ねえ?」

――だいじょーぶだいじょーぶ!何とかなるってぇ!えっとねー、…理央くん!

「気安く僕の名前呼ばないでくれる…!」

――ああ名前っていいよねー、あたしも自分だけのオンリーワンの名前欲しいなあ!

珍しい、理央がここまで苦戦するなんて。理央がぐぎぎと歯を食いしばる一方、ラティアスは私にさりげなくチラチラと視線を零す。名前をつけて、ってことなのかな。というか、やっぱり色が違うとはいえ漣の姿でそんな動作をしてるのには何だか変な感じがする。だいぶシュールだ。

「名前、欲しいの?」

――うん!欲しい!超欲しい!

たまたま視界に映ったらしい、今度は彼方の姿に変わると彼女はくるんとターンすると、嬉々と歌うようにそう言った。それにしても茶色っぽい髪とパーカー、瞳も朱色と、色は違うものの姿形は皆彼方そのもの。それについ目を取られるけれど、名前のこと、どうしよう。正直咄嗟にはいいのが思いつかない。でもそんなこと言ったらこの子、傷つくかなあ。だけどラティアスは目の前に迫ってるし。わあ、と思わず身を引くと、同じ分だけ距離を詰められる。

――ねっ、ねっ、ヒナリちゃん!

「ヒナリ!…って、僕になってるし!」

いつの間にか壁際に追いやられ座り込まされ、きらきらした朱色の瞳がほんの数ミリまで迫っている。ち、近い!いくら女の子でポケモンとはいえ、というか今は彼方の姿だし、余計ばくばく心臓が鳴りだす。こんなところでファーストキスを奪われるのは如何なものか。色違い彼方…というか、ラティアスはそんな私の心境なんか知らずにどんどん迫る一方。何か喋ろうにもやっぱり距離が近すぎて戸惑ってしまう。もう、今日は絶対厄日!とうとうだ、目を瞑った瞬間。

「それはだめ!」

――ぐほぉ!

女の子らしからぬ奇声。驚いて目を開けば、そこにラティアスの姿はない。彼方…の本物が、彼方…の偽物のお腹あたりに腕を回し、必死に私から剥がそうと唸りながら引っ張っているのだ。思わぬ腹部への圧迫感に、彼方…の偽物も最初は抵抗できなかったようだけど、状況を把握した途端に両手両足をバタバタさせて彼方…の本物に抗っている。私の顔の横に手をつき、でも足は彼方に持っていかれてて――なんというか、風に吹き飛ばされそうな人、みたいな。彼女(見た目は彼)の鬼のような形相を目の前に、私はとほほと苦笑いするしかなかった。

それにしても変な光景だ。彼方と彼方が必死に格闘しているのである。本人たちからしたら真剣そのものなんだろうけど、漣と理央は呆れ顔だし、祐月は千紘にお菓子を出してあげていて、興味ももうそんなにないようだ。だけどやがてふたりは一緒になって尻餅をつくと、ラティアスのほうがむきー!と彼方に食らいついた。

――ちょっとお!何してくれるのー!

「だって!ヒナリが嫌がってたから!」

――なんでえ!あたしが何しようとしたって言うのー!

「そ、それは、その、」

途端にどもってしまった彼方の頬の温度は急上昇、…うん、確かにそのカタカナ二文字を口にするのが少し恥ずかしいのはちょこっと分かる。私だってなんだか体温がほんのり上がってきた気がするし。かまととぶってるみたいであまりよく思われないのかなあ、とか思うけれど、やっぱり照れ臭いものは照れ臭いのだ。ちなみにそんな曖昧な年頃を超えてしまったらしい彼は、そんな彼方と私を生暖かい目で見ていた。…なんだか複雑。
そんな風に、微妙に顔を逸らす私たちに首を捻ってたラティアスだったけど、ようやく雰囲気を理解したらしい。ぽんと手を打ったかと思うと、今度はにんまりと片方の口角を吊り上げた。普段彼方が絶対にしないような表情だから、ちょっとどきどきする。

ーーなるほどねえ?あたし分かっちゃったよ、ちゅーでしょー!いやあ別にそんな気はなかったんだけどなあ、ごめんごめん!いや、しちゃっても良かったけどね?うふん?

「ヒナリ、やっぱりこの馬鹿ぶっ飛ばしていいよね?腹立つ腹立つ腹立つー!」

ぶっ飛ばすって言うけど、理央はもう既に倒れこんでた色違いのほうの彼方をげしげしと踏んでいる。あふんと気の抜けた悲鳴を上げるラティアスに、つい溜息が出た。

「ヒナリ、…そいつの名前、思いつかない?そいつのこと、よく知らない、し…」

「それもそうですね、とりあえず一晩泊めてあげて、明日にでも名前をあげるっていうのはどうですか、ヒナリさん」

ご飯やお菓子を食べるのに夢中だった千紘と、その千紘をのんびり見守っていた祐月がふとそう提案してくれた。というか千紘、話聞いてたんだね、と少し感心。
実際二人の言う通り、名前は一生もの。そう簡単にほいほいつけられるものじゃない。その子の運命にさえ関わってくるのだから。

「そうだね、それでいい?」

ーーうんー!それがいいなあ!ちゃんとあたしのこと知った上でつけてくれるんでしょお?るんるーん!

「もう十分あんたのマイナス要素は思い知ったけどね!むしろプラス要素あるの?」

ーーひっどいなあ理央くん、あんまりそんなこと言ってるとドラゴンタイプの本気、見せちゃうぞお?

「はあ?こっちには漣がいるし。氷だよ氷」

「戦うの俺かよ」

やかましい。いや、良く言えば賑やか。…やっぱりうるさい!もういいや、早くお風呂入って寝てしまおう。遅くまで起きていた祐月によれば、理央とラティアスの口論は深夜まで続いたという。相性が悪いんだろうか。そのせいで皆なかなか寝付けないし。悪い子じゃないと思うんだけど、フリーダムなこのラティアスに、上手い名前をつけられるんだろうか。不安なまま、その日は眠りについた。
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