夕陽の隣で歩むこと

朝から気が重い。夕方頃にはこのアルトマーレを出て、完全に暗くなる前にアサギシティに着くという見込みだから、彼女の名前は夕方までに付けなければならない。なぜそこまで私にこだわるのかもわからないけれど、約束は約束。私はちゃんとした名付け親にならなくてはならないのだ。名前は、そのひとが生きる中で一番多く触れる言葉。大切にしなくちゃいけない。…ちょっと今は諦めそうになっているけれど、だめだめ自分、正気に戻れ!

で、問題の彼女はというと。私が起きたときには既にステキなお兄様方に捕まっていた。ううう、と(わざとらしく)瞳を潤ませるラティアスとは対照的に、彼女の兄であるラティオスたちはふよふよ宙に浮かび、ぺこぺこ首を上げ下げ。ちなみに彼らは皆通常色、青と白のコントラストの効いた色合いの身体。並んでみると、確かに彼女の身体の色合いの奇抜さが浮き出てくる。鮮やかで明るい黄の色は、確かに人の目を引くのだ。だからといって彼女が空の上に閉じ込められていいというわけではないのだけれど。

『すみません、ほんとうちの妹が…!本当に何と申し上げたらいいのか…』

『ほらお前も謝れ!』

『むううう!だってえ!いいじゃんかあ、ずっと空で暮らすの嫌だもんん!まるであんなの牢屋じゃん!あたし何も悪いことしてないのに!あたしはもっと自由に、この地上のことも、人間のことも、他のポケモンのことも、』

『あ、や、ま、れ!』

『……。ごめんなさあい』

一語一語を弾丸にしてぶつけるみたいだ。ラティアスはしぶしぶその弾丸に撃たれ、しょぼんと頭を垂れた。…けれど、なんだか複雑な気分。私は彼女のほうに近い立ち位置だからか、どうしても彼女の肩を持ちたくなってしまう。空なんて、どこよりも自由で限りのない世界だと思っていた。けれど、彼女にとってはそこが牢屋。重力に縛られているはずの、この地上こそが自由の世界。なんだか矛盾しているようだけど、彼女のことを思うと確かにそうなのだなあと納得できる。その牢屋を作り上げているのは目の前の、このお兄さんたちで。彼らにも彼らなりに色違いである彼女を考えてのことなんだろうけれど、やっぱり私は、私は、自分に近いこころのほうを先に考えてしまう。

「あの、ラティオスさん。あなたの妹さんを、数時間だけでいいんです…少しお借りしたらだめですか?」

きょとんと、彼らの瞳が丸くなる。それはラティオスだけじゃなくて彼方たちも同じで、え?とあからさまなほどに首を傾げられる。ちょっと唐突すぎたかなとは思うけど、こっちは真面目なのに。ちょっと拗ねたくなりそうな中、唯一瞳をぱあっと輝かせたのは彼女だけだった。両方の若葉色がキラキラと光り、私の手を取ってまた急接近。

『え!ヒナリちゃん!ヒナリちゃん!何する!何するの!?』

「あなたのこと、あまりよく知らないから。知っているのは、けっこう押しが強いことと、地上に憧れていることだけ。それだけで、適当な名前をつけたくないなあって思って…。だから少しだけ、ふたりで遊ばない?そうしたら、あなたを知れるかなあって」

『ほんとう!?あたし、ヒナリちゃんを連れて行きたい場所があるの!あのね、あのね!』

私がぎこちなくはにかむと、ラティアスはくるりと宙を一回転、そして頬をすり寄せ甘えた風に鳴く。こうしていると、なんだか可愛いばかりなんだけどなあ。多分、距離感の取り方が私たちとは違うのだと思う。言うならば、少し前までの彼方に似ているのかもしれない。近いのだ。距離が、何かと。…いや、でも女の子同士だし、当たり前なのかな?よくわからないや。
一方の男の子たち――彼方たちはというと、ものすごーく怪訝な顔をしてラティアスを見ている。昨日の出来事もあるのはわかるけれど、これじゃあまるで男の子たちのほうが女子っぽくネチネチしているみたい。

「……、ヒナリちゃん、俺たちも付いていっていい?邪魔しないから、」

「だめ」

「…ハイ」

だから男らしく、斬り捨ててあげた。ちょっと気分がスッキリした。だって、女の子同士のお出掛けに水を差すのはだめなんだって、どこかで読んだ記憶がある。それに、ちょっとした憧れもあった。考えてみれば、女の子同士でどこかへ出かけるなんて初めて。本や漫画で見るような、休日の女の子同士のお出掛け。それを邪魔されてしまうのは、なんだかくやしいのだ。爽やかな笑顔の漣は、このまま風に吹かれたら砂になって飛んで行ってしまうんだろうなあと、なぜか思った。対照的に、その一言にもっと気分が高揚したらしいラティアスは、またくるりと宙を一回転。するとたちまち姿は変化、私のそっくりさんとなった彼女はスカートをふわりと翻してニシシと笑い、私の両手を掴んでぐっと引っ張って駆け出した。

――そうと決まったら早く行こ、理央クンや兄ちゃんたちが何か言いだす前に!あたしこれでヒナリちゃんの双子の妹ってことで!はいれっつごー!

『ああ!?こらちょっと待て、そうやってすぐ逃げるお前はー!』

「ちょっとあんた勝手にヒナリ連れてくなー!ヒナリもなんで乗り気になってるの馬鹿ー!」

手を引かれるままに駆け出して、ポケモンセンターの廊下を疾走する。物珍しそうに通りすがる人々がラティアスと私を見ているが、あまりの猛スピードに目がついていかずそんなのも気にならない。最初はされるがままだったけど、理央たちの声が遠くなるうちにだんだんと楽しくなってきて、いつのまにか私も一緒になって全力で走り出していた。それに驚いたらしいラティアスは少し目をぱちくりさせていたけれど、私がふと笑いかけると、にんまりゆるゆる口角を上げていく。やがて似た者同士、そっくりさんのふたりは、笑い声をあげながらアルトマーレの石畳を駆けていったという。
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