花の輪のひとつずつ

「ヒナリ!気をつけてね!何かあったら呼んでね、絶対!」

「そうだよヒナリちゃん、もしものことがあったらこいつ殴り飛ばしていいからね!」

「千紘くんも、変なことしたら駄目ですよ。彼方くんと漣さんに酷い目に合わされますからね」

まるで嫁に行くみたいな送り出され方をして寝室に向かう。さすがにこれだけ大人数だから、ポケモンセンターでも大部屋、寝室やリビングのように部屋が分かれている部屋を貸してくれるようになった。ポケモンの姿で寝れば最悪一人部屋でも平気なんだけど、個々のボールで眠るより皆の気配を感じて眠ったほうが安心するらしい。

不安げに眉を下げた彼方に肩を掴まれて、思い切り揺さぶられる。大丈夫だと思うんだけどな…というか、彼らに対してそういったやましい感情を持ちたくないのが本音だ。漣も祐月も心配そうだけど、当の千紘はというといつも通りぼんやり、きょとんとしているし。

「あれ、そういえば理央くんはどこですか?言い出しっぺは理央くんなのに」

「そういえば見てないね…」

「あいつならまあ、心配しなくても大丈夫だろ。どうせそのうち帰ってくる」

確かに心配は心配だけど、漣の言うとおり理央なら大丈夫だろう。私達の中で一番年少だけど、一番しっかり者だから。そんなのをしていたら待ちくたびれたのか、千紘がちょんちょんと袖を引っ張る。

「ヒナリ、…はやく」

「うん、ちょっと待ってね千紘。…というわけで、行ってきます…?」

自分で言っておきながら変な台詞だな、と思いつつも扉を開ける。ああ、なんだか緊張してか心臓がどきどきしてきてしまう。別に何もないと分かっているけれど、そう大袈裟にされると、なんだか。だけど扉を開けた先を見て、私はまたびっくりすることとなった。三つ分くっつけてキングサイズみたいになったベッドに寝っ転がり腕を広げ、王様のように足を組む……理央。妙ににやにやして、私達の驚く顔を見て心底可笑しそうに笑っている。

「何馬鹿みたいな顔してんの、ヒナリ?早くおいでよ」

「な、何やってるの理央…?」

「だって僕だってジム戦頑張ったんだから、功労賞として僕も、そ、い、ね!いいでしょ?」

いいでしょ…って、呆れた。もしかして、ジム戦で添い寝だの何だの叫んだのは、千紘に乗じて理央自身も一緒にベッドに入るため…?あのぼろぼろの状態でそんなことを思いつくなんて。彼方達ももう突っ込む気力がないらしい。

「心配して損しました…」

「だね…」

こんな調子である。千紘もちょっと拗ねている様子だったけど、まあいいかと開き直ったらしい。「じゃあ、おやすみ」と呟くと彼方達を部屋から締め出し、そのまま真正面からがばっと抱きついてきたのだ。

「ちょっと、千紘…!」

「待った千紘、ずるいずるい!僕も引っ付きたいの、ヒナリこっち来て!」

もうてんやわんやだ。千紘に負けじと理央も背中から抱きついてくるし、そのままバランスを崩して三人ベッドに倒れこんだかと思うと、今度は私を挟んで空中足喧嘩を始めた。全く、二人とも子供すぎる…、というか、私も一緒に蹴られて痛いんだけどなあ。

結局喧嘩の勝者は理央だったらしく、首元に細腕を絡ませてきた。滅多とないチャンスと甘えているのか、頬擦りまでしてくるし。…まあ、可愛いから許そうかな。普段は年に合わないほどのしっかり者だけど、なんだかんだまだ甘えん坊なところを見せてくるあたり、やっぱり私より年下の可愛い少年なんだと思う。よしよしと頭を撫でると、擽ったそうに身をよじる。か、可愛い。普段の口の悪さを忘れてしまいそうだ。

「ねえヒナリー、僕が可愛いのはわかるけど、僕だってちゃんと男なんだからね?」

じとっとした目でそう問われると、つい黙ってしまう。だって、女として悔しいけれど、理央は私なんかよりもずっと可愛いもの。なんでばれたの、と聞くと、

「だってヒナリの目が完璧に、可愛いものを見る目なんだもん。まあ可愛がられるのも嫌いじゃないんだけど…僕は真剣だからね!」

「理央。…ひとりじめはだめ」

「なにもう千紘ー!今いいところだったのに」

今度は何だ、理央が右から抱きついてきたというなら千紘は左からか。腕にしがみついて、甘えたようにこちらを見上げる千紘に心臓が跳ね上がる。だいぶ年は上だろうに、こうやって子供みたいな動作をされると逆にどきどきするのだ。理央と真逆。だけどどちらとも心臓に悪いのには変わりない。恥ずかしくなって目線を逸らした先には理央がいるし、どうやら私に逃げ場はなさそうだ。

「ヒナリの腕、柔らかい…」

「あーそういえばさ、二の腕の柔らかさって胸の柔らかさと一緒だって、よく言うよね」

「そ、そうなの…!てことは千紘…?」

「ん?…何?」

どうやら話を聞いていなかったみたいだけど、私としては大問題である。だって、む、胸を触られてるのと一緒だなんて言われたら、変な気分しかしない。千紘の腕から抜け出して、自分で自分の腕を抱いた。それに不満げな千紘は、今度は私の髪を弄ってクルクルと指に巻きつけては遊んでいるから、もうどうしていいのか分からず頬を染めるしかない。

「というか、寝るだけでしょ?早く寝かせて…」

「やだよお寝かせないー…って言いたいところだけど、千紘もいるもんね。そろそろ寝よっか」

理央の言葉に救われたようで、ほっと胸を撫で下ろす。千紘はやっぱり満足いかないようだけど、理央が電気を消すと眠気のほうが勝ったらしい。ぱたんとベッドに倒れこむ。三人で川の字になって同じ毛布と布団を被ると、恥ずかしいというよりなんだか兄弟でも出来た気分だ。一人っ子にとってこれほど嬉しいものはない。ふふ、と笑みを漏らすと、両隣の二人も同じみたいだった。

「ヒナリも千紘も、なんかきょうだいみたいとか思ったでしょ」

「さすが理央、なんでもお見通しだね」

「…なんで分かるの」

「そりゃあ、ふたりとも顔に書いてあるし。…じゃあそろそろおやすみだね。千紘、僕が寝てる間にヒナリに何かしたら、絶対隣の部屋から馬鹿どもが飛んでくるからね。分かってる?」

「…ん。分かってる」

千紘がこくりと頷いたのを確認した後、理央はあ、と声を上げた。そしてその表情を見て、私は身震いする。絶対これは、何か悪戯を考えついた時の顔だ。事実その通りで、理央が意地悪そうに言ったことに私はまた顔を赤らめることになった。

「ねえヒナリ、おやすみのちゅーは?」

「え、ええ…!?」

「ヒナリ、ちゅー、してくれる…?」

「百歩譲って頬っぺたでいいからいいから!ちゅー!」

そう言って二人のキラキラした期待の視線を向けられて、…しないと寝させてくれなさそうな勢いだ。何でそんな、私をいじめるみたいなことをするんだろう。主人にじゃれつくにしても、少し度を超えすぎているような気がする。いやでも、普通のトレーナーだったら自分のポケモンに軽く口付けとかしてしまうんだろうか。大好きクラブ所属の人とかだったら、普通にしていそうだけど。もしトレーナー友達がいたら、情報交換とか出来たのにな。こういう時、自分の人見知り癖を恨みたくなる。何はともあれ、今は覚悟を決める時らしい。分かった、と自分でも驚くくらいか細い声でそう呟くと、両隣から喜びの声が上がった。

「じゃ、じゃあ理央から、ね?」

予想以上に至近距離だった理央の顔に、一度は顔を逸らしてしまった。けれどそうしたらまたにやにやされるから、出来るだけ早く、さっさと済ませてしまおう。少し上体を起こして、小さな顔に手を添える。そして思い切って、ちょん、と触れるだけ。その後の理央の表情なんか絶対見てられないから、出来るだけ早く千紘のほうに振り向く。キラキラした視線が刺さる中、心を決める。ぐっとシーツを握り締めて、緊張したまま、一瞬で終わらせた。そしてとうとう羞恥心に耐えきれなくなって、ばっと毛布に潜り込んで顔を埋める。ああ、なんて恥ずかしいことをしてしまったんだ。後悔の念が襲えど時既に遅し。

「…はーあ、いいもん見れちゃったね、千紘」

「ん、…ヒナリの目ぇ閉じてる顔、いい」

いいって何が、っていう質問は胸に秘めておく。あんまり聞きたくない答えしか返ってこなさそうだから。まだ顔を見せたくないから二人の表情は分からなかったけど、おやすみ、と言い放つと照れ臭そうな理央のおやすみと、幸せそうな千紘の寝息が聞こえた。
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