また、選考内容についての……
「……やっぱりか、」
ぼんやり呟いてから、やっぱり、と呟けるほどの努力だったんだなと気付いて、自分の言葉に一番傷ついた。
届く封筒が薄い。とはいえ最近はネットで確認できるものも多いので、然程冊数はないのだが。ネットでの合否確認はつらい。厚さよりも一発でぱっと分かるからだ。不合格。不合格。それだけ続いていたら、さっきの台詞もまあ、許せるような気がする。
センター利用で予め受かっていた大学への入学届けを出したはいいけれど、どこだよ、この大学。まず、どこにあるのかを知らない。てか、何学部があって、どういう特色なのかもよく分かっていない。それくらい、行く気の全くない大学だった。まあ分野的には志望してたとことさして変わらないし、いっかあ。私は、よく頑張ったと思う。みんなそう言ってくれるし、そうだと信じたい。私は、よく、頑張った。私なりのベストを尽くした。お疲れ様、私。
その頑張りの反動か、受験が終わってから、燃え尽き症候群というやつ? 何もかものやる気を失ってしまった。ぼんやり寝て起きてを繰り返す、ニートみたいな生活。親もあれだけ頑張ったんだから、と私が好き勝手しているのを放置しておいてくれて、それが自堕落に拍車をかけた。寝て食って起きるのみの生活。ベッドに沈んでいると、自分が客観性を失って、生きてるのか死んでるのかもわからなくなる。
彼のことも、あれだけ夢見て頑張っていたのが馬鹿みたいだ。だって、結果このザマで、なんか、色々現実に引き戻された。なんで彼と私が同棲してんだ、意味わかんない。彼がそんなことを望むものか、てか、自分で自分の妄想が気持ち悪くてドン引きした。目を覚ませよ私。ばかやろう。
今日もぼんやり二度寝を繰り返して、太陽も随分高くなった昼過ぎにようやくベッドから起きた。二月下旬、まだ季節は冬。背中に毛布を羽織ったまま、ラップのかけられた朝ごはんのお皿を一人で平らげ(父は仕事に、母はパートに出掛けた)、リビングの炬燵に潜り込む。側から見たら甲羅を背負った亀のような状態で、充電したままだった3DSに手を伸ばし、電源をつける。しばらくぼちぼちとAボタンを連打して、起動したのはちょっと懐かしいポケモンのソフト、ポケットモンスター、ソウルシルバー。受験が終わってから無性にやりたくなって、中古で買ってきたのだ。相棒はチコリータのちこちゃん。今じゃベイリーフになったけど、やっぱり可愛い。ヒノアラシやワニノコも可愛いけど、個人的にはジョウト御三家の中で一番だと思う。他はメリープ、ヌオー、ネイティ、あとアブソル。わざわざ他のソフトから送ってきた。あれだけアブソルアブソル言ってきたからか、一緒に旅がしたかったのだ。
そんな五匹のパーティだけど、今から六匹目を迎えに行くところだ。エンジュでマサキと話した後、コガネに戻ってマサキの家に行く。可愛いぼくらのアイドルポケモン、イーブイである。何に進化させるかはまだ決めていないけど、何でも可愛いし悩む猶予はたくさんある。そんなこんなでマサキの家に辿り着き、セーブをした。♀が出るまで粘るのだ。五分の一絶対速攻で引いてやる。ぴこん、とセーブを書き終えたところで、いざ話しかけようとAボタンに親指を乗せようとしたけど、やめた。せっかくだし、ツイッターで宣言してからやろうと思ったのだ。炬燵布団の中に埋もれたスマホを探し出し、慣れたポイントのツイッターアプリを起動し、趣味アカウントのほうを開く。
随分と長いことタイムラインを更新していなかったようだ。DSの横にスマホを置いて、肘をつきながら上から下に指を滑らせる。最新のツイートのほうが、何やら賑わっているようだった。とある人へのリプライが色んな人から飛んで来ていて、どうやらその人が何かおめでたいらしい。お互い無言フォローで繋がって、話したこともない人だけど、興味本位で覗いてみて、覗かなければ良かったと思った。
覗いてから、思い出したのだ。この人同い年で、やっぱりこの前まで受験生だった人だと。どうやらおめでたいことに、第一志望、受かったそうで。いやあ、めでたい。だってそれだけの努力をこの人はしたってことだ。私が必死にやってもどこか気の抜けてしまう時間を、この人はずーっと真面目に勉強して力をつける時間に費やしたってことで、すごく、尊敬すべきってことで、それは皆に褒め称えられるべきことであって、自慢して良いことで。皆に倣って、私も心から祝福の意を抱かなければならないところであって。
初めてだけど、こっそりリプライを送ってみようかな。送るべきだ、だって、祝わなきゃいけない。たくさんの祝福の言葉を受けて段々とその人の返事も簡素なものになっていくのを見ながらも、アットマークから候補に出てきたその人のIDに触れる。「突然失礼します、受験お疲れ様でした、おめでとうございます」打つところまではうまく出来た。でも送信は出来なかった。涙でぬかるんだ画面の上で、上手く画面が反応してくれなかった。
その一粒をきっかけに、喉が締め付けられるみたいに苦しくなる。鼻の奥がつんとする。震える喉の奥が熱くなって、唇を噛み締める。とうとう最後には、炬燵布団に顔を押し付けて、大声で叫んだ。絶叫だった。まるでV系バンドの滅茶苦茶な叫び声だと、私のうちの誰かが私を見下ろし、嘲笑した。
初めて、自分は落ちたのだと自覚した。受験戦争の負け組なんだと自覚した。どれだけ不合格通知を受け取っても泣かなかったのに、他人と比べた瞬間に自覚した。だって、この優しすぎる家にいれば、受験生は私一人だ、お父さんもお母さんも、私一人の努力しか知らない。私は十二分に頑張ったと言って褒めてくれるから、私もそうなんだと思って、絶対評価で、自分で自分を褒めてあげることが出来た。でもね、世界はね、残酷なまでに広いんだ。家族なんて、そんな安寧の中じゃ見えないことがいっぱいあるんだ。相対評価になった途端、私が誰かを比較した途端、私は「だめなほう」になるんだ。もちろん私が十分頑張ったことも事実だし、これ以上ない最上級を尽くしたという自信もある。それは、確かに自分を褒めてもいいところだと思う。でも、それは主観。勉強によって養われた、客観という、科学的で、残酷な目で見てごらん。あの子と私を比べてごらん。私はできない子。ただ、落ちぶれたできない子だ。今まで、小学生の頃から優等生ぶって真面目に勉強してたとしても、結果は決して変わらない。
こんなことなら、もう最初から不良になれたら良かったとさえ思ってしまう。中途半端に出来る子だから期待をさせてしまって、できなくなると、「おまえらしくない」なんて私を否定されるのだ。きっと不良の痛みは、不良なりにあるのだろう。隣の芝が青いだけなのだろう。でも今はそれが羨ましくてたまらない。最初から堕ちていれば、こんな落下の痛みはなかったのに。私は、もうだめだ。ただのできない子なのだ。がっかりさせてごめんなさい。私は落ちたの、堕ちたの、だめなほうの子なんです。誰に謝っているのかも分からない、強いて言えば、私に期待してくれたひとたちへ。同時に、私を否定して、おまえらしくないと言ってくれたひとたちへ。
もうしわけありませんでした。私は、だめです。ごめんなさい。ごめんなさい。
ずっと噛み付いていた布団が、私の唾液と涙と鼻水でぬるく湿っていた。反射的に、生理的に、気持ち悪いと感じた。その後に自分の手を見たら、また気持ち悪いと感じた。自分を構成する要素全てが気持ち悪いと感じた。そのくらい、私の中に、私の味方はいなかった。私を助けて、肯定してくれる気持ちがひとつたりとも存在しなかった。ひとりぼっち、いや、ひとつ、ただの肉塊が喚いているだけ。そう思ったら、さらに自分が惨めに感じて、歯を食いしばって泣いた。連鎖する負の感情にブレーキが効かない。自分の悪いところしか見当たらない。
(誰か止めて、助けて、私を肯定して、そのままの私を抱き締めて!)
飢餓寸前のこころが、醜い欲望有りの侭を吐き出す。普段なら、そんなこと思っちゃだめだ、恥ずかしいとセーブのかかる欲望のリミッターが外れてしまって、破裂した水風船のように溢れ出す。誰か、誰か助けて、このひとりぼっちから、誰か掬い上げてくれるひとを、誰に頼んだら良いのだろう。家族は、つらい。友達も、つらい。でも、そんな消去法じゃなくても、一番に思いつくひとが私はいる。
幻覚のあのひとが、淡い紫のひかりを浴びて、振り返る。薄く開いた唇が、私の名前のかたちをちいさく形作る。はっと、息が止まった。心臓がぽっかり抜かれたみたいになくなって、全ての思考が奪い取られた。絶望も、何もかも。
ゆづきくん。
それが浮かんでから、あと、彼のことしか考えられなくなった。