とある平日の朝、けたたましく鳴る目覚まし時計を止めて起き上がる。スマホを見てとくに連絡は来ていないのを確認してベッドから出た。
「おはようございます」
リビングへ行くと緋山さんが朝食の準備をしてくれていた。今朝はピザトーストとスクランブルエッグみたいだ。
「おはようございます。ちょうど準備できましたよ…って赤峰さん」
眠い目を擦りながらダイニングテーブルにつくと、コーヒーを持ってきてくれた緋山さんが僕の顔を覗き込む。
「なんか顔色悪いですよ」
心配そうな表情のまま、向かい側の席についた緋山さんの言葉でそういえば昨日は寝るのが少し遅かったかもしれないとぼーっとする頭をすっきりさせたくてコーヒーを一口飲んだ。
「寝不足なだけだと思います。というか僕いつも顔色悪いって言われるし」
自分的には全然体調が良い日でも顔色が悪いと心配されがちなのでいつものやつだろうととくに気にせず、いただきますと手を合わせて朝食を食べ始める。
「たしかにそうですけど…今日は本当に顔色悪いですよ」
「え、そうですか?緋山さんが言うならそうかも…」
毎日顔を合わせている緋山さんが言うなら今日は本当に顔色が悪いのかもしれない。とはいえ自覚がないのでご飯を食べれば顔色も少しは良くなるだろうといつも通り朝の準備をする。
「それではまた来週の火曜日に」
事務所へ打合せに来ていた依頼人を見送り、デスクへ戻るなり突っ伏する。
「体調悪いかもしれません」
「ほら、やっぱり」
先程までは気を張っていたからか、そこまで体調の悪さを感じていなかったが気が抜けた途端体が重くなった。隣まで来た緋山さんが僕のおでこに手を当てる。
「熱はなさそうですね」
そのまま緋山さんはデスクに戻って、今日この後はとくに予定がないことを確認すると部屋に戻って寝るように言う。
「でも明日の準備が…」
「資料なら俺が用意しておきますから」
行きますよ、と手を差し出されたので大人しくその手を握って立ち上がった。
「あとで消化の良いものでも作りますね」
甲斐甲斐しく世話をされてベッドに潜り込むとぽんぽんと優しく頭を撫でられた。
「うどんがいいです…」
「はいはい」
僕のリクエストに笑って頷き、立ち上がって部屋から出て行こうとした緋山さんの手を思わず取ってしまう。
「どうしました?」
咄嗟に引き留めてしまったがとくに用事があるわけではなかったので言葉に詰まる。僕が何も言わないでいると緋山さんはベッドにそっと腰掛けた。
「寝るまで傍にいますから」
「う、そういうつもりじゃ」
「じゃあ俺がもう少し赤峰さんと一緒にいたいので傍にいさせてください」
こういう時、緋山さんは僕の甘やかし方が上手い。素直に甘えられずにいる僕の気持ちを汲み取って、自分がそうしたいだけだと僕の願いを叶えてくれる。
「赤峰さんいつも働きすぎなんですから、こんな時くらいちゃんと休んでください」
優しく手を握って、僕が大好きな少し低くて落ち着く声でそう囁かれて目を閉じた。
目が覚めると、部屋には夕陽が差し込んでいた。ゆっくり休んだからか、体も軽くなっている気がする。起き上がってリビングへ向かうと、緋山さんがダイニングテーブルで仕事をしていた。
「顔色良くなりましたね」
僕が起きてきたことに気がついて近くまで来た緋山さんが今朝とは違って隈も薄くなっているであろう僕の目元を指先で優しくなぞった。
「はい、よく眠れたんでかなり回復した気がします」
「それはよかった。うどん食べます?」
こくりと頷いた僕をソファに座らせて、緋山さんはキッチンへ向かった。
少しして、出汁の良い香りが漂ってくる。下準備を済ませていたのかあっという間に出来上がって二人でテーブルにつく。
「いただきます」
「熱いんで気をつけてくださいね」
甘やかしモードに入ったらしい緋山さんに心配されながらうどんを啜る。口に広がった優しい味にほっとした。
「ん、おいしいです」
「おかわり欲しかったら麺茹でるので言ってくださいね」
いつも面倒を見てもらっている感はあるが、とくに弱っている時にこうやって気にかけてくれる存在が近くにいると安心する。
「お風呂も沸かしますから、今日はゆっくり浸かってください」
至れり尽くせりでこれなら明日にはもう全快だな、と美味しいうどんを食べながら確信する。
「緋山さんに甘やかされすぎて、僕もう一人じゃ生きていけなさそうです」
「何言ってるんですか。まあでも食生活に関してはそうかもしれないですね」
放っておくと菓子パンばかり食べるんだからといつもの小言を言われた。しかし、少し前までの緋山さんだったら赤峰さんなら一人でも大丈夫でしょうとでも言いそうだったので、自分が必要だと自覚してくれたのは良いことだ。
ご飯を食べて少し休んだ後、ゆっくりお風呂にも浸かって身体もほぐれた。今日はよく寝られそうだと思いながらお風呂に入ると言う緋山さんを見送ってリビングでメールのチェックだけをする。とくに急ぎの連絡は来ていなかったのでほっとしてそのままソファに寝転んだ。ぽかぽかと身体も温まったので眠気が襲ってくる。
「…ねさん。赤峰さん!」
肩をとんとんと叩かれて目を開けると心配そうな表情の緋山さんが僕の顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?やっぱりまだ体調が…」
「いえ。お風呂入ったら身体がほぐれてうとうとしてただけです」
慌てて起き上がると緋山さんがため息を吐いた。
「本調子じゃないのにこんなところで寝てたら風邪ひきますよ」
寝室で寝てくださいと手を引かれたので大人しくついていく。昼間と同じようにベッドへ潜り込んだ僕を見て緋山さんは満足そうに頷いた。
「とりあえず明日は時間通りに起こしますけど、体調悪かったら無理しないでくださいね」
そう言って部屋を出ていこうとした緋山さんをまた引き留める。首を傾げた緋山さんから視線を逸らして呟く。
「傍にいてくれないんですか?」
自分でも甘えたことを言っている自覚はあったが、ここまできたらとことん甘えてやろうと緋山さんの手をぐいと引く。腕を引いた勢いでベッドに座った緋山さんが少し驚いたように目をぱちくりとさせたあとくすくすと笑った。
「素直に甘えてくれるなんて珍しいですね」
じゃあ今日は一緒に寝ましょうか、と緋山さんは僕のベッドに横になってそのまま腕枕までしてくれた。普段は僕が疲れさせてしまった緋山さんに腕枕をして寝ることのほうが多いから、いつもとは逆の体勢で少し照れくさい。照れ隠しにちゅ、と軽いキスをすると緋山さんにデコピンをされた。
「いたっ」
「こら、今日はちゃんと休んでください」
思わずおでこを手で押さえるとその手の上に彼がキスを一つ落とす。手をおでこから外すと彼はもう一度優しくそこにキスをしてくれた。
「おやすみなさい。明日には元気になっててくださいね」
おまじないのように呟いて、今度は唇に軽いキスをしてくれた。今日はこれで終わりと言いたげに僕を抱き寄せて背中をぽんぽんと優しく一定のリズムで叩いてくれる。大好きな人の腕の温かさに包まれながら僕の意識はフェードアウトしていった。