煙は消えて

都内にあるおしゃれなガラス張りの高層ビル。とある事件の調査で赤峰さんと一緒にこのテナントビルへ潜入していた。今日で2日目だが、いまいち成果が得られていない。
「やっぱり執務エリアはセキュリティが厳しいですね」
目的の会社が入っているフロアを張っていた赤峰さんが戻ってきて項垂れる。社員一人一人がIDをかざして入室するタイプの出入口らしく、誰かが入った時に一緒にというわけにはいかないらしい。
「こっちもこれと言った成果はないですね」
俺は共有の休憩スペースで仕事をしているフリでパソコンを開きながら周囲の会話に聞き耳を立てていたがこれといった情報は得られなかった。
「ただ一つだけわかったんですが」
「なんですか?」
「一階に喫煙室があるんです」
声を落として、赤峰さんにパソコンの画面を見せる。そこにはハッキングした防犯カメラの映像が映し出されている。警備室で見られるものを少し覗き見させてもらっているだけだ。
「あの会社の専務が喫煙所に入り浸ってるみたいなのでもしかしたら何か情報が得られるかもしれません」
「喫煙所か〜…タバコ吸わないと不自然ですよね」
赤峰さんが難しい顔をしている。たしかに赤峰さんはタバコと縁がなさそうだ。明墨先生のところの皆さんも吸っていなさそうだったし。
「そういうことなら……」

「緋山さんって喫煙者だったんですね」
結果的に俺があのビルの喫煙所に潜入して欲しい情報は得られた。今の時代も喫煙所での裏会議が横行しているみたいで助かった。無事調査も終わって帰宅し、夕飯も食べ終わったのでソファで二人並んで休憩中だ。
「まあでもやめてしばらく経つんで」
もともと周りに合わせて吸い始めただけだった。大学時代につるんでいた先輩や友達が喫煙者だったし、前職も圧倒的に喫煙者が多く、休憩と言えばタバコだった。逮捕された時に強制的に吸えなくなったのでそれ以降吸っていなかった。
「一回吸ったらまた吸いたくならないんですか?」
「うーんどうなんでしょう。今のところはとくに」
それでも今回の為に買った一箱を吸いきってしまったら、また吸い続けるハメになってしまいそうで少し怖い。残りはライターと一緒にそっとデスクの引き出しに仕舞っておいた。
「僕一度も吸ったことないんですよね」
「やめたほうがいいですよ、身体に悪いだけですし」
興味津々な赤峰さんを一蹴する。
「吸ってるときはあまり気にしてなかったですけど、やめてから咳出なくなりましたからね」
「うわ〜やっぱそうなんだ……」
嫌そうな顔をした赤峰さんにこれならもう吸ってみたいなどと言わないだろうと安堵する。彼には健康で長生きしてほしい。
そんなことを考えていると、何かを思いついたような表情で赤峰さんが俺の方を見た。
「緋山さん、タバコ吸いたくなったら僕に言ってくださいね」
「え?なんでですか」
話が読めずに首を傾げると、赤峰さんが俺の腰に手を回して顔を近づけてくるので咄嗟に手のひらで彼の口を押さえた。
「むぐ、口寂しいならキスすればいいかなと思って」
すぐに俺の手を剥がして赤峰さんは不満げに唇を尖らせる。
「はぁ…今は別に大丈夫です」
そう返すと拗ねた彼はぼすりと寄りかかってくる。
「だいたい仕事中はどうするんですか」
「そこはこっそり…というかほとんど二人きりなんで大丈夫じゃないですか?」
それもそうかと納得しかけているとこちらを見上げた赤峰さんが隙をついてキスしてきた。ちゅ、と軽く唇に触れて離れていく。
「そんなんじゃニコチン中毒に勝てませんよ」
あまりにもかわいいキスだったのでわざと煽るようにそう返せば、肩を掴まれてソファに押し倒された。そのままもう一度キスされて今度は舌をねじ込まれる。しつこく舌を絡め取られてお互いの唾液が混ざり合う。
「ん、」
「煽ったの緋山さんですからね」
責任取ってください。そう言って舌舐めずりした赤峰さんが完全に捕食者の顔をしていて、ぞくりとする。
頬に添えられた手で顔を固定され、逃げられない状態で何度も深く口付けられる。酸欠で頭がぼーっとしてきたところで赤峰さんが耳元で囁いた。
「タバコはもう、いらないですよね?」
少し掠れた、いつもより低い声。頷く代わりに今度は自分から彼の唇に噛みついた。