とある休日の昼下がり、買い物で歩き疲れて休憩に入ったカフェで注文した飲み物が来るのを待つ間、スマホを眺めている恋人を向かいの席から観察する。
今日は外出前に頼み込んだので、僕が以前プレゼントした伊達メガネをかけてくれている。日差しが少し差し込むおしゃれなカフェで、静かにスマホを見つめる姿は大変絵になる。こっそりと手に持っていたスマホを彼に向けて写真を撮ろうとした瞬間、彼がテーブルに置かれた水を手に取って飲んだ。目が合う。
「なに撮ってるんですか」
少し呆れた表情で彼は水の入ったグラスをテーブルに置いた。僕のスマホにはちょうどタイミング良くカメラを見た彼が撮られていて、思ったのとは違った絵だがこれはこれで良いと満足する。
「あまりにも絵になっていたので」
「はぁ」
いまいち納得していない彼に撮った写真を見せる。
「それに貴重なメガネ姿なので」
「…好きですねメガネ」
好きなのはメガネじゃなくて緋山さんだけど。と言いたかったが外なので我慢した。
「カメラ持ってくれば良かったなぁ」
しばらく弄っていない一眼レフ。たまには手入れをしてやらないと。
「やっぱりスマホで撮るのとは違うんですか?」
手に持っていたスマホを裏返してテーブルに置くと、彼は僕の方を見た。そのまま水の入ったグラスを手にとって一口。ごくりと動く喉に視線が奪われる。
「そうですね…綺麗に撮れるのはもちろんなんですけど」
僕も一口、グラスを手に取って水を飲む。ほのかにレモンの味がして美味しい。
「カメラを持ち歩いているときって、普段気付かないことに気付けたりするんですよね」
意識して周りを見るからか、普段気付かないような小さな変化に気が付くこともある。カメラで切り取った日常の些細なことが実はとても尊いものなのだと気付くこともできる。
「たとえばメガネをかけた緋山さんがとても素敵ってこととか」
両手の人差し指と親指で四角を作ってファインダーに見立ててそこから彼を覗く。あえて軽い口調で言うと彼は肩を竦めた。
「それは見慣れないから珍しいだけでしょう。かける習慣がないから言われないと思いつかないんですよね」
視力の良い緋山さんはメガネに馴染みがなくて、僕が頼まないとプレゼントした伊達メガネをかけてくれない。
「でもサングラスはたまにしてますよね」
「ああ、まあ。サングラスは外出た時に眩しくて気付くから」
彼の場合はおしゃれというより実用性重視らしい。服だって着られればいいといつも言うから僕好みの服を定期的にプレゼントしている。それをそのまま着てくれるあたり、あまりファッションには興味がないようだ。なんだって似合ってしまうから気にしないだけかもしれないけど。
頼んだ飲み物が運ばれてきていったん会話を中断する。
秋だというのにまだまだ暑くて二人ともアイスコーヒーを頼んだ。ブラックでも良いが気分で今日はミルクだけ入れることにする。向かいを見ると同じく緋山さんもミルクだけをアイスコーヒーに入れてストローでかき混ぜていて、そんな些細なお揃いにも嬉しくなってしまう。僕の舌は完全に緋山さんの手料理によって教育されているから、好みやその味を欲するタイミングが似てきたのかもしれない。
一緒に運ばれてきたフルーツサンドを一口食べると中のフルーツとクリームが絶妙にマッチして美味しい。
「ん、おいしい」
思わず呟くと緋山さんが優しく笑った。飲み物しか頼まなかった彼に食べかけのそれを差し出すと珍しく何も言わずにぱくりと一口かぶりついた。いつもは外だからとか、甘いものはいらないだとか言うのに。
「本当だ。ぶどうが美味しい」
「ですよね。やっぱ旬だからかな」
けっこうボリュームのあるフルーツサンドだったが思ったよりクリームがあっさりとしていたのであっという間に平らげる。
「この後どうしますか?」
残りのコーヒーを飲みながら次の予定を考える。
「んー僕はもうとくに行きたいところはないですね」
散々買い物に付き合ってもらったので満足だ。
「じゃあ最後にスーパー寄って帰りますか」
「そうですね。今日の晩御飯はなんですか?」
「今食べたばかりでしょう」
伝票を持って立ち上がりながら質問すると呆れた表情の緋山さんに小突かれた。今日の緋山さんはなんだかいつもより距離が近い。外で尚且つ人の目がある昼間はとくに一定の距離を保ちたがるのに今日は自分から距離を詰めてくれる。
「ふふ」
なんだか嬉しくて思わず笑うと彼は不思議そうに首を傾げた。
「いえ、なんでもありません。ここは僕のおごりで」
「そう言っていつも払わせてくれないじゃないですか」
「こういうところくらいかっこつけさせてください」
初めの頃は自分も払うと聞かなかった彼も最近はすっかり慣れて諦めてくれている。会計を済ませて先に外に出ていた彼の隣に並ぶ。
「じゃあ帰りますか」
さすがに手は繋がなかったけど、少しだけ触れた指先に愛しさが募った。