ねぐせ

朝ごはんを作っていると赤峰さんが珍しく早く起きてきた。
「おはようございます。早いですね…って、くっ、どうやったらそんなふうになるんですか、ふふ」
目に入ってきたのが、芸術的な寝癖をこさえた寝ぼけ眼の赤峰さんで思わず笑ってしまう。
「え、なんですか」
「寝癖、ひどいですよ」
指差すと赤峰さんは自分の頭を押さえた。
「あ〜昨日乾かさないで寝たからかな」
「ちゃんと乾かしてから寝てくださいよ。風邪引きますよ」
「はーい。顔洗ってきます」
赤峰さんは意外と自分のこととなると無頓着で平気で髪を乾かさないで寝たりする。俺が起きていれば強制的に乾かすのだが、あいにく昨日は先に寝てしまった。わかっているのかいないのか、適当な返事をして赤峰さんは洗面所へ行ってしまった。

「やった!ホットケーキだ」
顔を洗って、寝癖も綺麗に直してきた赤峰さんが食卓に並べた朝ごはんを見て目を輝かせる。
「ホットケーキミックスそろそろ使い切らないとだったんで」
「メープルシロップこの間買いましたよね」
「そこの棚に入ってると思います」
ウキウキで棚を覗く赤峰さんを横目にコーヒーが入ったマグカップを二つ準備する。
「「いただきます」」
向かい合って座り手を合わせる。愛犬には先にご飯をあげておいたから、すでに食後の二度寝中だ。
「ふかふかだ〜」
「そういう粉みたいですよ」
「緋山さんが焼くの上手いんですよ」
「はぁ。誰がやっても同じだと思いますけど」
「いーえ!僕がやったら焦げます!」
「自信満々に言わないでください」
少し前、一緒にスーパーへ買い出しに行った時ふわもちと書かれたそのホットケーキミックスを手に取り焼いてくれと赤峰さんにせがまれたのも記憶に新しい。子供か、と思いつつも昔母さんが焼いてくれたのを食べたきりだったので懐かしさを感じてカゴに入れるのを了承した。
「おいしい〜やっぱりメープルシロップですね」
一度目に焼いた時は、ホットケーキそのものは今日と同じく綺麗に焼けたが上からかけるものを用意しておらず、しばらく使ってなかった結晶化したはちみつを慌てて溶かしてかけた。それはそれで美味しかったが赤峰さん的には不完全燃焼だったらしい。後日メープルシロップだけ仕事帰りに買ってきたので少し引いた。
今日はいつもより早く目が覚めたからホットケーキを焼いてみたが、たまたま赤峰さんも早く起きてくれたので優雅な朝食になった。
「そういえば今日先生のところに行かないといけないんでした」
「それなら俺もついていきます。青山さんに聞きたいことがあって」
「じゃあメールチェックだけして、とくに急ぎのやつがなければさっさと行きましょう」
「そうですね」
仕事の話をしながらあっという間にホットケーキを食べ終える。食器を洗うのは赤峰さん担当なので流しでスポンジを手に取る彼の元へ皿を持っていくと、まだ直っていなかった寝癖が一房ぴょこんと跳ねているのを見つけた。
「ふふ、ここ跳ねてますよ」
跳ねた髪を撫でると赤峰さんがびくりと肩を震わせた。
「ん、全部直したと思ったんですけど」
「真後ろだから見えなかったんじゃないですか?」
ぴょこんと跳ねているそれを指先で弄んでいると手が泡まみれで抵抗できない赤峰さんが振り返った。
「ちょっと、僕の髪で遊ばないでください」
「だってなんかかわいくて」
「嬉しくない!」
いつもきっちりとしている彼の気の抜けた姿が愛しくて思わず出た言葉だったが、どうやらお気に召さなかったらしい。皿を洗いながらぷりぷりと怒っている姿もかわいいがそれを口に出すと拗ねそうなので心の中に留めておく。
「すみません、あとで直してあげますから」
ぽんぽんと頭を撫でて、着替えるために自室へ向かう。身支度を整えてリビングに戻るとドライヤーをスタンバイさせた赤峰さんがソファに座っていた。俺の手を引いてソファに座らせると、自分はラグの上に直接座ってドライヤーを手渡してくる。
「濡らしてきたんで、あとはよろしくお願いします」
「はいはい」
そこまでやったなら自分で直せばいいのに、と思わなくもないが甘えてくる年下の恋人がかわいいのでブラシを手に取ってドライヤーをかけてやる。ブローしてやればあっという間に直った寝癖をなんとなく名残惜しく思いつつドライヤーを片付ける。
「ありがとうございます!じゃあいってくるねモカ」
カバンを手に取った赤峰さんを見て出かけると気づいたモカが駆け寄ってくる。ドライヤーを片付けて戻ると何故か床に転がった赤峰さんの上にモカがのしかかっていた。
「うわっダメだって、スーツが毛だらけ…!」
その光景がまるで大型犬同士じゃれあっているように見えてしまい思わずスマホで写真を撮る。パシャという音に気づいた赤峰さんがこっちを見た。
「ちょっと、撮ってないで助けてくださいよー」
モカに頬を舐められながら言う彼を見て、最初と比べるとかなり懐いたななんてしみじみ思う。どちらかというとその役目は俺の方だったから仲間はずれに少し寂しくなって俺も混ざりにいく。
「うわっ、え、緋山さん?!」
「モカも赤峰さんも楽しそうなんですもん」
赤峰さんの上に乗っかったモカに抱きつくと赤峰さんが驚いていた。俺が撫でてやるとモカは今度、俺にのしかかってきた。
「うわっ、俺はいいって」
「ははっ、そうはいきませんよ」
床に寝転んだ俺とモカを赤峰さんがまとめて抱きしめてくる。
「仕事行きたくなくなってきたー…」
「重いんですけど」
「だって、モカ」
「赤峰さんに言ってます」
「ちぇっ」
渋々俺たちの上から退いた赤峰さんが立ち上がってスーツを整える。モカを俺の上から退けると赤峰さんが手を差し出した。その手を掴むとぐい、と引っ張られてそのまま後頭部にもう片方の手が添えられてキスされる。
「そういえばしてなかったなって」
「昨日も散々したじゃないですか」
「そうじゃなくておはようのキスです!」
だいたい起きてきた赤峰さんにまずキスされるから、そういえば今日はしてなかったななんて、もう一度キスをしてきた彼の唇を受け入れながら思う。誰かに聞かれたら羞恥で死にそうな会話だが、そんな俺たちの会話を聞いているのは愛犬のみである。さっきまで一緒にじゃれていたのに俺たちがそうしているとまた始まったと言わんばかりモカはいそいそと自分の寝床へ戻っていった。
「ほら、もう始業時間です。下行きますよ!」
またキスしようとしてくる赤峰さんの肩を押して腕の中から脱出し、玄関へ向かう。
「あ、ちょっと待ってください!」
ばたばたと追いかけてくる足音を聞きながら、事務所へ繋がる階段を駆け下りた。